Daily conduct 3 - 2/7


「ねえ、ボク。ちょっと良いかな?」
「うん?」
「迷子だよね?おじさんはお母さんの友達なんだ。お母さんの所に連れていってあげるから、帰ろうね?」
「そうなの?」

違う。
と大人なら誰でも分かるであろう常套句であるが、大人の常識が備わっていない存在を世間では子供と称するのだからして。

「ちょっと。」

千百合が声をかけると、千百合を見上げる左助の後ろで、その男はあからさまに嫌そうな顔をした。
そんな露骨な態度でバレないと思ってるのだろうか。こっちが未だ中学生だからと言って舐めてるのか。

「その子は迷子よ。センターに連れて行くから、同行して下さい。」
「・・・いや、それには及ばないよお嬢さん。おじさんが連れて行こう。」
「良いから。」
「おねーちゃん、誰?」
「私?真田・・・あー。」

皆真田だった。

「真田弦一郎、の友達。」
「・・・ゲンイチロー?」
「そう。」
「ゲンイチロー友達居たの?」
「少ないけどね。」
「あんなに怒ってばっかりだから、皆ゲンイチローの事嫌いかもと思ってた。」
「確かにすぐでかい声出すけど、そんな言うほど嫌われてないかもよ。まあ私も好きかって言われると微妙な所あるけど。」

本人が居ないのを良い事にクッソ失礼な応酬を繰り広げる千百合と左助。

「兎に角、真田・・・弦一郎も心配してるし、お母さん迷子センターで待ってるから。」
「・・・・・・」
「私と行きましょう。」
「・・・うん。」

「待った。」

止めて来たか。
千百合はじりじりと左助に近づきつつ、男に神経を払った。
これは不審者だ。しかも引く気がないと来ている。

(本物の知り合いが居るんだから、諦めてどっか行けば良いのに・・・)

諦めないのは千百合の推測通り、千百合を舐めているからだ。
たかだか中1の女子1人、どうとでもなると思っているのだろう。

しかし此処で大声を出して、左助に何かあると事だ。
みだりに刺激は出来ない。

(落ち着け、落ち着け、先ず左助君にこっちに来てもらわない事には・・・)

などと思っていたら、左助はクルリと男の方を振り向いた。

「おじさん。」
「・・・何かな?」
「僕、このおねーちゃんと行くね。」

お母さんの友達だ、としか言わない男と、真田の名前や性格の知識のある少女。
意見が食い違ったらどっちを信じるかと言われると、そりゃあ根拠のある方だろう。

「・・・そうか。」

言いながら男は、ちら、と後ろを見た。

公園の出口である。

(ーーーまずい!)

「左助く・・・」
「うるせえ!」

左助は未だ4才である。
その気になったら、大人は平気な顔をして左助を持ち上げることが出来る。
男も御多分に漏れず、千百合に駆け寄ろうとした左助をひょいっと抱え上げてしまった。

「おい、何するんだよおっちゃん!」
「左助!」
「おねーちゃん!」
「お前もうるせえんだよ!」

大の大人の男が自分に向かって拳を振り上げるのが、千百合にはスローモーションで見えた気がした。

(どうしよう・・・!)

なんて事だ。

力ではおそらく敵うまい。
折角見つけたのに、みすみす連れて行かれてしまうなんて。

千百合は思わず絶望しかけてしまった。

が。


「動かないで!」


思わず動きの止まった千百合の後ろから、何かが高速で千百合の真横を通過した。

ピンク色のそれは、真っ直ぐ真っ直ぐ、男の額に痛烈な一撃を加え。
バチュ!という音を立てて破裂した。

「・・・精市、」
「千百合!」

背後にはラケットを持った幸村がいた。
左助も、真田がテニスをしている事は知っている。
制服とラケットバッグの姿で歩く事で、真田の友達と判断してくれないかと考えて持ち歩いたラケットだったが、まさかこんな風に使う事になるとは。

「大丈夫!?怪我は!?」
「私は平気!でも、」

左助が、と思い千百合が左助と男の方を見やると、男はペイント弾をモロに食らった事で倒れ、左助を手放していた。

「く、くそ・・・・」
「あてて・・・」


「左助!」


低い。鋭い。
聞き間違えようもない声。

「ゲンイチロー!」
「その男から離れろ!向こうに行け!」

向こう、と指差した先には、真田と同じ制服を着た人達。

「おーい!左助くーん、こっちこっちー!」
「あ!」

左助は紀伊梨と丸井、桑原が居る所に駆けて行った。

「大丈夫か?怪我してないか?」
「うん!」
「君が左助くんかー!」
「うん!おねーちゃんさっき、お星さマン・マーチ歌ってたよね?」
「あ、聞いてた?聞いてた?やーっふう!」
「腹減ってねえ?飴食べるか?」
「あ、食べる!」
「私も食べるー!」
「お前は遠慮しろい。」
「おい・・・」

今この場でその行いは誘拐犯染みているから止めろ、と桑原が制止する前に、真田の激が飛んだ。

「おい!夕飯前に子供に菓子を与えるな!」
「えー?」

やっぱりゲンイチローはケチだなあ、などと思いながら左助が真田の方を向くと。

「・・・ゲンイチロー!後ろ!」

ペイント弾から立ち直ったらしい男は、そっと、そっと、その場から逃れようとしていた。

しかし残念だが見逃してくれる手合いではない。

「おい。貴様何処へ行く気だ。」
「・・・・・・・」
「返事をせんか!」
「・・・うるせえ、ちくしょうが!」

もうやけくそ、とばかりに殴り掛かってくる男。
幾ら運動しているとは言ったって、中学生になったばかりの子供と良い年した大人では体躯が違う。
しかも、この不審者もなかなか良い体格をしていて、本気で来られたら1対1では勝ち目はあるまい。

普通は。

「たわけが・・・脇が甘いわあああ!

突っ込んで行った男は、グン、と視界がひっくり返った。
あれ?お空が見える。
そう思った次の瞬間には、背中に走る激痛。

「ぐ・・・!うお!?」

綺麗な一本背負いを決められ、大の字になって倒れ・・・られると思わない方が良い。
何故なら相手は真田弦一郎だから。
例え相手が大人であろうと容赦はしない。
痛みと混乱で呻いている男の首元をガッと掴みあげると、半ば引きずるようにして上体を無理矢理起こさせる。

「言え!お前は何処の何者で、俺の甥と友人に何をしていたのだ!」
「い、いや、」
「キリキリ答えんか!返答によっては只では済まさんぞ!」


「おうおう、お怒りだろい。」
「ま、そりゃあそうだろうな。」

「・・・どうして?」

「うん?にゃにが?」

丸井から飴を貰えなかった紀伊梨は、左助の呟きにしゃがんで顔を覗き込んだ。

「ゲンイチロー、僕の事嫌いじゃないの?」
「およ?誰がそんな事言ったんだい、ユー?真田っちは、左助君の事大好きだよ?めーっちゃ心配してたんだかんね!」
「・・・そうなの?」



「ご、ごめんなさ、あてーーーーっ!」

真田から良いビンタを食らった男は、涙目だったのがさらに涙目になった。

「大の大人がめそめそするな見苦しい!」
「す、す、すみません、許してくださ・・・」
「謝って済むなら警察は要らんわあああ!」

超怖い。
男は年甲斐もなく、中学生相手に本気で恐ろしいと今思っている。

そして、もう1人。
実は公園前の入口で逃走用の車を用意していた仲間も、今同じ事を思っている。



(何あれ・・・)

育ちの良さそうな子供でちょっと身代金でも貰って遊ぼうとか思って居たのに。

怖い。
逃げよう、あくまで自然に。

そう思い、車を発進させた途端。


パン!


「・・・!?」

ガクン、と揺れて傾く車内。

「パ・・・パンク!?」

よりにもよってこんな時に、と思いながら車外へ出ると、傍にある車止めに凭れ掛かりながら満足そうに微笑む仁王が居る。

「プリッ。」

(・・・何此奴。)

まさか此奴がやったのか、と思う間もなく、車後方から鳴るパシャ、と言う音。

「な・・・!?」

今度こそ顔面蒼白になった。
其処には車のナンバーを撮影する紫希と、警察に目下電話中の柳が居る。

「・・・はい。はい。臨海公園東ゲート前です。ええ・・・車はパンクしてるようです。」
「ちょっ・・・!」
「ナンバーは・・・」
「此れです。」
「ああ、すまない。横浜、き、××ー○○・・・はい。後15分、ですか。」
「ちょっとあんた達!何人の車に悪戯してるのよ、この悪ガキどもーーー」


「誘拐犯が偉そうな口を叩くなあああ!」


ビク!と体を跳ねさせる仲間の女。

「この男が終わったら次はお前だ!女とて容赦はせんぞ、其処に直れ!!そのひん曲がった人間性を叩き直してやる!」

真田はまだまだ男を解放しないで、胸倉を掴みながらガミガミやっている。
犯人の方はもうすっかりべそをかいているが、恐怖のままに泣くと、泣くな!と怒鳴られて又ビンタを食らうから必死に耐えている。
女の方もこうなるのは時間の問題であろう。

「後15分ですね・・・」
「ふむ。という事は、15分はあのままか。」
「不憫じゃのう、同情するぜよ。」

心にもない発言に定評のある男、仁王。
彼が白々しい事この上ない事を言いながら、ふいと真田の方を見やった時だった。

真田と犯人の男の、更にその向こう。

遠く遠くの方から、棗が誰かを連れてやってくる。


「「左助!」」
「・・・おとーさん!おかーさん!」


左助は一も二も無く駆け出した。

「おかーさん!」
「左助!左助、左助!もう、何処に居たの!勝手にうろうろしちゃあ駄目じゃないの!」
「左助。皆お前の事探していたんだぞ。」
「うん・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。」


ごめんなさい。
左助は久方ぶりに、心から悪いと思ってそう言った。