Daily conduct 3 - 4/7


「ぷくしゅ!」
「大丈夫かい?流石にちょっと涼しいね。」
「あー・・・まあね。こんな時間になるとは思ってなかったし。」

そもそも中学生は遅い時間まで保護者抜きでふらふらしてはいけない。
15時には部活を終わりにして、横浜で18時辺りまで遊んで、ぼちぼち帰って家で夕飯食べよう。

全員がそう思っていたのに、この騒動でご覧の有様である。
もう19時を回っているし、そろそろ風が冷たくなってきた。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?ごめんね、寒いね。」
「あ、いや。大丈夫です。」
「そう?もう少しでパトカー来るからね、待ってて。」

警官はそう言うと、千百合の肩をお疲れ様というようにポンポンと叩いた。

これから一行はパトカーに分乗して帰る。
この成り行きで子供だけで返して帰路で何かあったりしたら、警察としては情けなさ過ぎてお天道さんに顔向けできない。

「快適な温度じゃのう。」
「お!ニオニオはもしや、暑がりですかな?」
「暑がりというか、暑いのに弱いんだ。」
「桑原、あんまり此奴に余計な事言うんじゃなか。」
「へー!ニオニオ肌も白いし、女の子みたーい!」
「心外ぜよ。」
「ひょっほー!ほっぺちゅまむのやめれー!」

確かに暑いの弱いし肌も白いが、仁王に向かって女子のようだとか言うのは紀伊梨位のものだろう。
皆悪いと思いつつ笑ってしまう。

「ふふ・・・でも千百合、本当になんともない?」
「いやだから、」
「風邪とかもそうだけど、怪我やなんかの話だよ。本当に、どこも痛かったりしないね?」
「あー・・・」

そっちか。

「でもでも、千百合っち凄いよねー!悪者に1人で立ち向かうなんて、なかなか出来る事ではありませんぞ!」
「ああ、肝が据わっとるぜよ。」
「別に何もしてないから。片付けてくれたのはあんた達じゃない。」
「いや、俺達こそさして何もしてはいない。」
「柳の言う通りだぜ。大体、真田と幸村君でなんとかしちまったろい。」
「まあ確かにねw」
「あの犯人の人、おでこピンクになってたけどゆっきーがやったんだよね?」
「うん。念の為と思って持って行ったペイント球だったけど、役に立ったよ。」

フィーリングとは馬鹿に出来ないもので、幸村はセンターから出る時に不意と不審者用のペイント球を見つけた時、持って行こうかなとなんとなく思ったのだ。
普段だったらペイント球なんて、あるとは認識していても一応持って行くなんて気にはならないのだが。

「部活帰りでラッキーだったかな。ラケットが無ければ、ちゃんと当てられたか分からないから。」
「ラケットがあればどうにかなるのが凄いですよね・・・」
「眉間にピンポイント狙撃してたからなあw」


「おーい、君達。ちょっと良いかな?」


警官が1人、一同に近づいてきた。
やれやれ、やっとお迎え来たのかと思ったのも束の間。

「あのね、非常に申し訳ないんだけど・・・今日はGWで警察も色々出払ってるから、なかなかパトカーの手配が思うようにいかなくてね。取り敢えずミニパトが一台来たから、誰か2人先に乗ってくれないかな。」

通常、パトカーというのは普通車で、後部座席に3人は座れる。
しかしミニパトカーは軽車両なので、定員が4人になってしまうのだ。

「・・・という事は、千百合っちですな!」
「それに、幸村だな。先に乗ると良い。」
「ちょっと。」

紀伊梨に手を引かれてミニパトに促される千百合だが、何故自分なのだ。解せない。

「なんで私なのよ。」
「まあ良いんじゃないか?真田がまだ戻って無いし、その次に頑張ったのは黒崎と幸村だろ?」
「桑原まで・・・」
「待って。千百合は良いとしても、2人なら家が同じなんだから俺が乗るより棗の方が、」
「冗談言うなしw」
「幸村君、乗りましょうよ。ね?頑張った千百合ちゃんの為に。」
「・・・春日。」

紫希は偶にこういうずるい言い方を選ぶ。

「・・・分かった。じゃあ、お言葉に甘えるよ。」
「おう、そうしろい。」
「有難う。行こうか、千百合。」
「えー・・・」

えー、とか言いながらも千百合は然程抵抗せずついて行った。
もう良いか面倒だし、というのもあるし、疲れてるから早く帰れるのは有り難いし。

それに。

「ラケットバッグ、後ろに入れて良いかな?」
「はい、お願いします。」
「忘れ物はないね?もう1人が来たら、直ぐ出発するからね。」

そう言って警官は束の間離れて行き、千百合と幸村はパトカーの後部座席に乗った。

「・・・・・」
「パトカーってこうなっているんだね。」
「普通乗らないしね。」
「そうだね、貴重な経験かな。」
「喜んで良いのかは微妙だけど。」

実際に、未遂とはいえ犯罪者が出るような事件に巻き込まれる事になろうとは。

人生何が起こるか、本当に分かったものじゃないなと千百合が思った時だった。

「千百合。」
「何ーーー・・・」

肩をぐ、と掴まれる感覚。

無理矢理体ごと幸村の方を向かせられた、と思った時にはもう、千百合は幸村の腕の中にいた。

「ーーーちょ、」

幾ら暗いとはいえ、此処はパトカーだ。
人に見られたらどうする。
警官が戻ってきたら。

そんな反論は、幸村の囁きの前ではまるで無意味だった。

「千百合・・・」

ぎゅ、と強くなる腕の力。
その加減出来ない必死さが、名前を呼ぶ声音の切なさが、幸村の心を千百合に伝えてくる。

「・・・良かった。」
「・・・うん。」
「心臓が止まるかと思ったよ。」
「うん・・・」
「本当に良かった・・・」

千百合が殴られる寸前だったことを幸村は見ていた。

見通しが良いおかげで視認は出来ていたがまだまだ距離があって、合流する迄何もありませんようにと思っていたけれどその願いは叶わず、犯人は左助を連れてあっさり暴力を行使しようとした。
もし相手が武器など持っていたら、或いは自分に遠距離攻撃が出来ない状況だったらと思うとゾッとしない。

「・・・実は結構怖かった。」
「当たり前だよ、本物の人攫いなんだから。」
「そーね。不審者には注意とか散々言われて育って来たけど、会った事は無かったからね。珍しい事もあるもんよ。」
「千百合・・・怖かったんだよね?なんだかのんびり聞こえるけど。」
「今はもう怖くないし。」

そう。今はもう怖くない。

「精市が来てくれたから。」

そう言うと、何時もの微笑みではなくて苦笑のような溜息が返ってきた。

「・・・なんとか、今回はね。でも結局左助君も連れて行かれかけたし、」
「そんな事無い。言っておくけど精市が思ってるよりそんな事無いわよ。私、あの時精市が其処まで来てるなんて知らなかったから、本当に色々絶望してた。」

完全に敗北したと思った。
相手が手を出してくると分かっていても対抗手段を何も持っていなくて、怖いわ悔しいわ情けないわで、もうどうしたら良いのか分からなかった。左助は連れていかれ自分は痛めつけられ、何もやり返せないまま終わってしまうと分かってしまっていたのだ。

幸村が来てくれるまでは。

「助けてくれたじゃない。私の事も、左助君の事もさ。」

何時もそう。
幸村は自分や皆を助けてくれる。
幸村のテニスにかける情熱とか多忙さを思えば、良くもそんなに抜かりなく手助けが出来るなと舌を巻く程だ。

有り難いと思うし、頼りにしてる。
幸村は多分、自分が居る事が皆をーーー千百合をどれだけ安心させるかあんまり良く分かっていない。

「・・・そうかな。」
「そうなの。」
「それなら、もし次があっても同じようにするよ。約束する。」
「分かったなら・・・”次”?」

分かってくれたんじゃなかったんですかねえ、な視線を千百合が向けると、幸村は漸く何時もの微笑みを取り戻していた。

「うん。俺はやっぱり助けるよりも守りたいから。」

何かあったら勿論助けてあげたい。でも欲を言えば何かあってから助けるより、その何かが起きる前に守ってあげたい。

今回のGWで幸村はつくづくそう思った。
千百合がヘリに乗ったり不審者に遭ったり、色々あったからこそ。
中学に上がったとか、テニス忙しいとか関係ない。そんなの、千百合に何かあった時後悔しない言い訳にならない。

「・・・別に良いわよそんなの。守って貰うような性格じゃないし。」
「関係ないさ。俺が千百合を守りたいんだ、例え要らないって言われても。これから先、ずっと。全部の事からだ。」

物好きめ、と千百合が言いかけたのが分かったかのように、幸村は腕の位置を変えて、右腕で千百合の頭ごと抱え込むようにして抱きしめなおした。

「・・・!」
「ごめんね。」
「・・・あ、の、」
「もう少しでいいんだ。もう少し、こうさせて。千百合が今、無事で俺の腕の中に居るんだって・・・俺が分かるまで。」

離したくない。離したくない。
そう言いたげにより一層の力で抱きしめられて、両肩も背中も腰も何処もかしこも動けなくなってしまう。

でも、身じろぎしたら。
ちょっとでも動いたら、幸村が腕を解いてしまうかもしれない。
そう思うと、その内警官たちが戻ってくると分かっていても、千百合は動けないのだった。