「未知ーなるーせかーいはー♪プーリーズムーのーよーでー♪」
ご機嫌そのもののオーラをダダ漏れさせながら、紀伊梨はひっきりなしにルーズリーフに何事か書いている。
無論勉強ではない。
「紀伊梨何書いてるのー?」
「あのねー、夏にやりたい事のリスト!」
「こ・・・これ、全部?マジ?」
クラスの友人達は、丸文字がびっしりと書かれているのを見て顔を引き攣らせる。
「確かに夏は長いけどさあ・・・」
「ってゆーか、クリアのハードルたっか!」
「えー?そんな難しい事書いてなくない?」
「いや、幸村君と海水浴とか当たり前みたいに書けるのあんた位よ。」
幸村の名は、今年度のレギュラー選抜が終わった日以降本格的に立海に轟き出した。
この体育特化型学園の立海で、1年生にしてテニス部の頂点に立つ男。
おまけにテニスの実力のみならず、頭は良いわ見目も麗しいわ序に家は金持ちだわ、もう突く隙もない。
だもんで幸村の学校での扱いは、入学して一月にして早くも学校のアイドル扱いに近づきつつある。
「えー!?そーお?」
「そーよ。」
「紀伊梨っていうか、紀伊梨“達”よね。」
「まーねー。ビードロズもこないだの歓迎会以降いっぺんに名前広まってるし?」
「うお!マジかやったー!」
そう、一気に学校で名が広まったのは幸村だけではない。
歓迎会で大立ち回りをやらかし、ライブを成功させた紀伊梨率いるビードロズも又、俄かに注目を集め出していた。
ただ、此方は幸村よりはずっと生徒達に身近なイメージがあった。
リーダーが人懐っこくて仕方がないので、どうも高嶺の花だとかそういう感じがしないのだ。
「ねー、ライブは夏はやらないの?」
「やるよー!8月にフェスタがあるかんねっ!皆で東京行って、めーいっぱい演奏して楽しんできます!」
「あー、東京かー。」
「8月ね・・・」
「忙しい8月になりそうだな。」
「やっ・・・!」
「柳、君・・・!」
「あ!やなぎー、やっほー!」
柳蓮二。立海テニス部で、幸村と同じく1年生レギュラーを勝ち取っている有名人。
紀伊梨の友人達はどうしても「あの柳君だ」という思いからたじろいでしまうが、紀伊梨は何処吹く風である。
「其処に書いてある事は、全部行うつもりなのか?」
「もっちろーん!」
「俺はフリーフォールに乗りたいなどと言った覚えはないのだが。」
紀伊梨のやりたい事リストには
ビードロズとテニス部の皆とやる事
・遊園地に行く(フリーフォールとジェットコースターは絶対乗る!)
としっかり書かれている。
他にも、
・水族館に行く(ジンベエザメのぬいぐるみを忘れない事!)
・夏祭りに行く(たこ焼きとかき氷、浴衣とうちあげ花火!)
・手でやる花火をする(ロケット花火はやる!)
・海に行く(新しい水着買いに行く!)
・山に行く(バーベキューする時はマシュマロ!)
・合宿行く(ドラムはどうやって運ぶかな?)
・誰かのおうちにお泊り会!(マリカー!マリパ!スマブラ!)
等等、ずらーーーー・・・と書き連ねている。
成程、本気でこれ全部こなす気か、と突っ込まれるのも頷けると言うもの。
「行っておくが、俺達はこれ全部には付き合う事は出来ないぞ。」
「えー!?どう「どうしてとお前は言うが、そもそも部活の無い日がこの項目より少ない。最大限同行したとしても無理がある。皆各々個人的な用もある事を考慮に入れれば、土台不可能だ。」
(言ってる事は最もだけど・・・)
(さらっと部活休みの日なんて殆ど無いって言ってない?)
ちらちら顔を覗かせる立海テニス部の部活動馬鹿事情に、紀伊梨はただ一人気づく事無くしょんぼりと肩を落とした。
「むー・・・」
「どれかは削れ。」
「でもどれも諦められないよう・・・」
口を尖らす紀伊梨。
目は柳に促されて渋々ながら真剣に削る項目を探して居るが、口角が下がるのは全然我慢出来ない。
ああ。やっぱりこの友達は放っておけない。
「・・・此処に全部書いておいて。」
「・・・うん。」
「出来なかった事は、来年の夏に預ければ良い。」
「え?」
紀伊梨がパッと顔を上げると、柳は楽しそうに微笑んでいた。
細い指が、ルーズリーフの上を優雅に滑って行く。
「これも。これと、これと、これも。これも。」
「うん・・・」
「今年を逃すと二度と出来ないわけじゃない。水族館は逃げないし、夏祭りは毎年やっている。海はすぐ其処だ。花火だって、8月が終わった途端に湿気るわけでもないから、夏休みが終わった後でも、或いは構わないさ。」
「・・・本当?」
「この柳蓮二が、友人に向かって嘘を吐くと思うのか?」
空が急速に晴れ渡って行くように、加速度的に紀伊梨の笑顔が輝いて行く。
「本当だよ!絶対だよ!約束ね!」
「ああ。」
小学生か、と思えるような言動が微笑ましいのは、紀伊梨だからこそ。
「柳、此処に居たのか。」
「真田。」
「あー!真田っちだー!」
(真田君だ・・・)
(威圧感凄い・・・)
このピシッとした2人の前で、一向に自分のペースを崩さず騒ぐ紀伊梨は大物なんだろう。
友人達はそう思えてならない。
「来週の予定について聞きたいのだが・・・なんだこれは?」
「夏にやりたい事のリストだそうだ。」
「今年に全部は諦めるけどー!でも来年とか再来年とかに、絶対ぜーったい!やるんだかんね!」
「・・・たるんどる!遊ぶ事しか書いていないではないか!」
「夏休みは遊ぶものだよ!」
「開き直るな!ビードロズの全員から聞いているが、お前はもう少し自分の成績を気にしろ!勉学に時間を割かんか!」
「いーやーだー!聞きたくないもーん!」
わあわあ言い合いだす紀伊梨と真田に、柳はくつくつ笑ってしまう。
結局真田だって、皆と過ごしたい気持ちがあるのだ。
だから心置きなく息抜きする為に、紀伊梨には勉強して欲しい。
まあ、それと関係なく大真面目に成績ヤバい、という気配を感じ取っているのもあるだろうが。
「そもそも授業中に居眠りなどしている方がおかしいのだ!学び舎をなんと心得ている!」
「まなびやってなんなのかも分かんないもーん!真田っちの侍ー!成績優秀ー!」
「五十嵐、それは褒め言葉だ。」