千百合は屋上で1人手摺に寄りかかり、ぼうっと空を眺めていた。
昼食はとっくに食べ終えて、さっきから微動だにしない。
「・・・・・・」
千百合の心を占めているのは、ビードロズの事。
いや、正確に言うと、ビードロズに於ける自分の事だ。
「・・・あー。」
考えても考えても答えが出る気配が無い。
どうしたもんかな、と思い出した時、千百合の耳にコーン、という音が聞こえた。
硬くて軽い音。
隣を見ると、緑色の小さいスーパーボールが、コーン、コーン、と跳ね返りながら千百合の元へ転がってきた。
「何これ。」
「すまん、手が滑った。」
給水塔の方を見上げると、仁王が千百合を見下ろしていた。
涼しい顔で降りてくる仁王だが、突っ込みどころしかない。
「あんた、居るなら居るって言うとか、そういう気遣い無いの?」
「何を言うちょる、他人の観察は一方的にするもんぜよ。」
「趣味が悪い。趣味が、悪い。」
「プリッ。傷つくナリ。」
嘘吐けよ、と言うだけ無駄なのは知ってるのでもう良い。面倒くさい。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
仁王雅治という人間はこういう時とても楽だと千百合は思う。
みだりに何も聞いてこない。
何も答えてもくれないけど。
「・・・聞いて良い?」
「何をくれる?」
「何もやらないけど。」
「なら断る。秘密をただでやるのはごめんじゃ。」
ほれみろ。こういう男だ。
「・・・と、言いたい所じゃが、スーパーボール拾って貰った恩があるきに。答えられる事なら答えてやっても良いぜよ。」
「マジ?じゃあ遠慮なく。」
聞きたい事はもう決まっている。
「あんた、そのイリュージョンってどうやって腕上げたの?」
仁王はキョトン、とした顔をした。
「・・・どうやって、腕を上げたか?」
「そう。」
「始めたきっかけとかじゃないんか。」
「それは心底どうでも良い。上達方法が聞きたいの。」
「・・・残念じゃが秘密じゃな。」
「ならボール返せ。」
「返せってなんじゃ、俺のもんぜよ。」
2人があれこれ言い合っていると、ガチャ、と屋上扉の開く音が聞こえて見慣れた・・・というかムカつく顔が。
「やあ妹w」
「よお馬鹿。用事無いなら帰れ。」
「酷くないw知らないぞそんな事言ってw」
「は?」
「やあ千百合。仁王も。」
棗の後ろから幸村が覗いた。
「・・・・」
「おい投げるな、俺のボールじゃ。」
「分かってるわよ。」
それでもあのヘラヘラ笑った兄の顔にぶち込んでやりたいのは山々だが。
「で?何の用よ。」
「俺はニオニオをお借りしたいw」
「俺か。」
「良い?w」
「おう、構わん。」
仁王はスッと千百合の隣から離れて、あっさり棗の元へ行った。
どうも仁王は棗の事を気に入ってるらしく、結構ちゃんと友達らしい対応をしている。
「じゃあ俺達、ちょっと外すんでw」
「此処じゃ駄目なんか?」
「俺は駄目じゃないけど、お前が駄目と思われるwまあ兎に角w後は若いお二人でw」
後で脛を蹴ってやろう。
放課後音楽室で集まるのが楽しみだなー、と思ってる間に、棗と仁王は何処かへと消えてしまった。
「・・・・・・」
「行っちゃったね。」
「・・・精市はなんで此処に来たの?」
「俺は千百合に会いたくてね。時間が出来たから。」
「・・・・・・」
あっ、そう。
とか可愛くない事を照れ隠しに呟きたくなるのをぐううっと堪える。
手摺に寄りかかる千百合の隣に、幸村は歩いて来て落ち着いた。
「教室に行ったら、1人で屋上に行ったって言われてね。」
「うん。」
「1人で考え事かい?」
「・・・どうして?」
「特にこうだからっていう理由はないんだけどね。なんとなくだよ。」
鋭い。流石だ。
「だから、邪魔なら出て行くけど。」
「・・・・・」
「そうじゃないなら、此処に居るよ。」
「・・・ん。」
ふわ、と風が吹いて、千百合と幸村の髪を巻き上げる。
今はまだ涼しいけれど、じきにこの風さえも熱くなるだろう。
「・・・さっきね。」
「うん。」
「仁王に、どうやって変装の腕磨いたのって聞いたら答えてくれなかった。」
「ふうん・・・お前さんはどう思う?みたく返事したのかな。仁王なら。」
「ううん。言えないって。」
「・・・そう、ふふふっ。そうか、そうなんだね。」
いきなりクスクス笑い出す幸村。
「何よ。」
「千百合、知ってるかい?」
「?」
「仁王はね、自分の事を知られるのが損だと思ってるんだよ。謎は多ければ多い程良いと考えてるんだ。」
「ああ・・・」
それは如何にも納得がいく話だ。
仁王ならそうだろう。
「だから、ストレートに言えないって言う時は、転じて狼狽えてる時だと思うよ。」
「狼狽えてる?彼奴が?」
「そう。ふふっ。答えに辿りつかれそうだから焦るんだ。つまり、そんなに難しい話じゃない。」
「・・・っていうと。」
「トライアル・アンド・エラー。納得いくまで、色んな事を試してきたんじゃないかな。」
それは、誰もが試す事。
仁王もきっとそうだったんじゃないかと幸村は思う。
「・・・やってみる事ね。」
「そうさ。やってみなくちゃ、始まらないよ。どんな事でも。」
「・・・うん。」
そうだ。
やっぱりそれに尽きるんだ。
近道なんて探そうとするからいけない。
「ありがと。なんか解決した。」
「ベースの事かな?」
「そ。どうやったらもっとやれるんだろうと思って。」
自分には紀伊梨のような才能はない。
確かに要領は比較的良いからある程度は苦労せずやれるけど、その先へは行けない。
その要領だって棗程化け物染みて良いわけじゃないし。
でももっと出来るようになりたい。
その為には、ルーチンの練習に+αが必要だ。
「フェスも控えてるしね。普段通りの練習以外で、何か上達方法探さないと、足引っ張っちゃう。」
「そうだね。でも、無理はいけないよ?」
「紫希じゃあるまいし。」
「ふふふっ。」
確かに紫希は努力家だが、千百合だってなかなかのものである。
面倒くさがりだから基本努力はしないけど、一度やると決めたらキッチリやり切るのが千百合の性格。
(後でLINE入れとこう・・・)
柳に力を借りたい。
先ずはそこからだ。
「有難う、精市。」
「何が?」
「何も。」
変な千百合、と言いながら笑う幸村の笑顔は、やっぱり綺麗だと思った。