網代はアールグレイ、と教えてくれたが、教えてくれなくても分かっただろう。
そのくらい濃い、高級感溢れるアールグレイの香りが、跡部の指定した生徒会室には広がりきっていた。
「・・・・・」
「おい。何チョロチョロしてやがるんだ、アーン?窓から面白え物でも見えるか。」
「違うよっ!グラウンド確かめないと、此処が学校だって信じられなくなるのっ!」
「何時来ても凄いわあ。」
「私此処の絨毯好きよ♪ふかふかで。」
絨毯。革張りソファ。ティーセット。
そう、此処は豪邸、ではない。ではないのだ。吃驚な事に。
慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる跡部を見ながら、3人はそれぞれ適当な位置に座った。
「4日後からの話だが。」
カチャ、と微かに食器の音を立てて跡部がティーカップを目の前に置いてくれる。
もうその音さえも上品な気がするのは、気の所為としていいものかどうか。
「一先ず、ここに居るメンバーは講師役として立ち回って貰う。来れない日がある奴は俺に言え。基本的には自学自習で、お前らは聞かれたら対応して貰う方針にする。勿論、お前らも何も聞かれない間は自分の勉強をやって貰って良い。」
「そやな。それがシンプルでええわ。」
「うん!私もそれで良いと思うなっ!」
「ふふっ。人数が結構居たし、ね?」
「ああ、頭が痛いぜ。」
氷帝学園テニス部の人口は多い。
それに伴って、「これはこのままだと赤点コースですねえ・・・」な人の絶対数も増える。
少数ならかっちり計画立ててやるか、というのも現実的な話だが、生徒側と講師側の割合に差が付くとそれも非現実的になってしまう。
「でも、それでも講師側が若干少ないんじゃないかしら?全体の人数を考えると、ね。」
「其処は他の奴等でカバーさせる。何も今日名前の上がった奴以外、来るなというわけじゃねえんだ。成績が良くても、教えあいが出来る環境を求めて参加する奴は居るだろう。」
「成る程。其奴らもあてにしつつ、っちゅうわけやな。」
「ああ。強制はしねえから、いつでも人数が揃う保証はねえが・・・まあ、其処まで上手く回らねえ確率も低いだろう。」
(成績が良くて、参加する人、かあ・・・)
可憐はちょっと記憶を巡らせてみたが、例えばと言われるとパッと出て来ない。
普段の様子を見ていても、個人個人の成績が良いかどうかなんて分からないし。
「クッキー頂くわね♪」
「あ!私も頂きますっ!」
「ああ、好きに食え。」
一口齧ると、濃厚な卵とバターの風味。
ああ、やっぱり高いものは美味しいな・・・と可憐が幸せを噛み締めている隣で、忍足がクッキーに手を伸ばしながら言った。
「もう1つええ?」
「アーン?なんだ?」
「そもそも自分がヤバい事に気付いとらへん奴はどないする気や?」
ピシ。
と空気が固まった音がした。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・居るやろ。誰とは言わへんけど、居るやろ。」
跡部は深いーーーふかーい溜息を吐いた。
「僅かではあるが、明るい材料もある。」
「明るい材料っ?」
「ああ。今日岳人と宍戸に聞いたが、ジローは地頭という意味ではあの2人より上だそうだ。」
「そうなのっ?」
「なんや、納得いくようないかんような話やなあ。」
「ううん、勿体ないわね。普段から起きていれば、こんなに悩まなくて済むかもしれないのに。」
幾ら地頭が良くたって本人が一切何もしないのでは宝の持ち腐れである。元が100だろうが1000だろうが、0をかけたら結果は0だ。
「まあ、補習になったらその分部活の時間は削られる。部としても痛いが、本人としてもそれは避けたい展開の筈だ。それで起こす方向でいこう。」
「上手く行くやろか。」
「きっと大丈夫だよっ!芥川君、テニスの事は大好きだもん。」
「そうね。芥川君、テニスが絡んでる時は楽しそうだもの。」
「・・・・・・・」
可憐と網代の意見は最もなのだが、それはそれとして芥川は今一歩何かが足りない。跡部はそう思っていた。
向日や宍戸にはある、あの上へ行きたいというハングリー精神が決定的に欠けている。
今は良いが、おいおい其処を埋める何かを見つけられるだろうか・・・などと跡部は少し思案した。
尚僅かに半年後、それが見つかる事を未だ誰も知らない。
「ところで、ジローの事は兎も角。お前ら、自分の成績は本当に問題無いだろうな?アーン?」
「あら、このメンバーに向かって何をお言いかしら、部長様?」
「頑張るよっ!皆の役に立てるようにっ!」
「科目数もそんなに多くあらへんしな。安心しといてもろてええで?」
「・・・そうか。」
助かる。
頼もしい奴等。
「あ!」
「なんだ、でけえ声出すな。」
「あ、ごめんねっ!」
「なあに、可憐ちゃん?」
「あの、大した事じゃないんだけどっ!さっき忍足君からクイズ出されてたの、答え考えるの忘れてたなあって。」
「「クイズ?」」
「さっき言うとってん。俺の得意な科目なんやと思う、言うて。」
「3つあるんだよっ!」
可憐がそう言うとほぼ同時に、跡部と網代は不敵に笑った。
「数学、ね?」
「科学だな。」
おお。
と内心で忍足は呟いた。
「よう分かったな。」
「正解なのっ!?」
「うふふっ。実はクラスに行った時、数学なら忍足に聞いたら、って誰かが話してるの聞いちゃったのよね♪」
「俺の所には生徒の個人データが集まるからな。入試のテストじゃ、科学が一番良く取れていた。」
「なんかそれはズルない?」
「持てる情報を使うのがズルいとは言わねえだろ、アーン?」
そうかもしれないが、忍足的にはちょっと不服だ。
「ほら、可憐ちゃん!後1科目残ってるし、当てちゃお?」
「ううん、ううん・・・」
そんな事言われても、今しがた出たような情報源が自分には無い。なんとなくイメージ的に理数系かな、とか思っていたが、それはあっさり挙げられてしまったし。
「・・・あ!英語!英語じゃないかなっ?」
「ほう?」
「どうして英語なの?」
「この前忍足君、海外交流委員に興味あるって言ってたよねっ?だから外国とか、そういうのが好きなんじゃないかなーって!」
「・・・・・!」
忍足はちょっと目を見開いた。
「・・・よう覚えてたな、そんな事。」
「えへへっ!」
「それで、正解なのかしら?」
「いや、残念やけど。」
「違うのっ!?」
「正解は何だ?」
「技術やな。」
忍足本人はどちらかというとインドア派だが、忍足の両親は実は割とアウトドア派であり、キャンプなども何度も連れていかれた。その影響で、工具だのなんだのの扱いが忍足は得意だった。
2年後、そのスキルは無人島にてバッチリ活かされる事になるが、それも又別の話。
「そっか、外しちゃった・・・残念・・・」
「侑士君、空気を読んで?」
「俺かいな。」
「ヒントくらいやっても良かっただろ。」
「そうやって後々になってから言うの止めへん?」
網代も跡部もお父さんだの心配性だの人に向かって良く言うが、自分達だって大概過保護なのにどうして自分ばかり言われるのか忍足は釈然としない。
「可憐ちゃんも、当たってはなかったけどええ線いっとったで?」
「有難う、慰めてくれて・・・」
「適当言うてるわけやないて。」
フォロー有難う御座います、お気になさらず、と書いてあるような可憐の顔に忍足は苦笑する。
そしてちょっと、右手を浮かしかけて。
「よしよし可憐ちゃん、気にしないで良いわ!本人がこんなインドアオーラの塊なんだもの、技術が得意なんて誰も思わないわよ!」
「そう?かな?有難う茉奈花ちゃん。」
「・・・・・・・」
サッと可憐の頭に手を伸ばし、よしよしする可憐に、忍足の右手は行き場を失った。膝の上に再着地。
「・・・・はあ。」
「?どないしたん、跡部。」
「いや、なんでもない。」
ちょっと疲れただけ。
口に出して言うのは止めておいた。