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ところで、氷帝学園が広いと言うのは既に何度かこの話で語られている。
敷地は広く建物は大きく、おかげで慣れた慣れたと思っても迷子は度々発生する。

「・・・あれ?」

今日可憐は昼休み、忍足とは別行動。
先生に資料を運ぶのと、良かったら整理も手伝ってと言われ、快く引き受けたのは良いのだが。

(え、え?ちょ、ちょっと待って、国語資料室・・・)

一応地図を確かめて来たのに、あると思っていた所に資料室は無かった。

(ど、どうしよう、何処で間違えたんだろう!戻らなきゃ、引き返さなきゃ・・・!)

下手を打つと資料整理の手伝いどころか、昼休みいっぱい彷徨う事になる。それがあり得る規模なのだ、この氷帝学園は。

「ええと、ええと、取り敢えずこっちに、」


「桐生さん?」


柔らかい声音。
振り返って顔を見れば、部員なら可憐は直ぐ思い出せる。

「滝君!」
「や。」

ひら、と優雅に手を振るのは、滝萩之助。

「どうしたの、おろおろして。」
「あの、滝君!国語資料室って何処だか分かるっ!?」
「国語資料室?」

きょと、とした顔で滝は可憐を見る。

「逆方向だけど。」
「ええええっ!?み、見間違えた・・・!」

泣きそうな声音の可憐に、滝は思わずクスクスと笑ってしまう。

「俺、場所分かるから。良かったら、ついて行こうか?」
「本当っ!?」
「うん。時間もあるし。」

思わぬ助け舟に、可憐の顔がぱあっと華やいだ。

「有難う!」





「ごめんね滝君、持たせちゃって・・・」
「全然。マネージャーさんには日頃お世話になってるんだし、これくらいなんでも無いよ。」

滝に資料を半分、いや半分以上持ってもらって、可憐は漸く正規ルートで国語資料室を目指す。

「それに男としてはレディファーストは当たり前だからね。ってこれは、親父の受け売りだけど。」
「そうなの?滝君のお父さん紳士なんだねっ!」
「紳士というか、まあ・・・本来は当たり前の話なんだけどね。社交界に居れば。」

社交界に居れば。
当たり前の話。
レディファーストが。

「当たり前・・・?」
「ぷっ。分かるよ、景吾君を見てると、とてもそうは思えないよね。会った時から変わらないからなあ、やるねー彼も。」
「・・・滝君って、昔から跡部君と友達なの?」
「友達という程話した事があったわけじゃなかったかな。お互いに育ちが育ちだから、パーティーやなんかで顔や名前は知ってたんだ。」
「社交界!わあ、なんか華やかだねっ!」
「そうだね、華はあるね。でも、景吾君はそんな中でも、いつでも一番目立つんだ。やるよねー。」

凄く納得のいく話である。
あの王が誰かの影に隠れて霞んでいるところなんて想像がつかない。例え周りに居るのが庶民じゃなくて同じく財閥の人達であっても、だ。

「凄いなあ、跡部君は・・・何時も頑張り屋さんだよねっ!それに、優秀だしっ!」
「それは桐生さんもでしょ?」
「へっ!?」
「俺、正直吃驚したんだよ。声をかけた時、滝君!って呼ばれて。」

可憐の書いた虎の巻の事を知らない滝は、可憐が部員全員の顔と名前を一致させているなんて思っていなかった。
部員側はマネージャーの事を知っていても、マネージャー側が200人を超す部員の事は知るまいと思っていて、だから声をかけた時も「俺の事分かる?テニス部1年の滝萩之助だよ」と続ける気でいた。

でも可憐は滝を認めた瞬間、迷いなく「滝君」と名を呼んだ。

「俺の事まで知ってるんだ、優秀なマネージャーさんだなって。やるねー。」
「そっ、そんな事無いよっ!マネージャーさんなら皆出来るし、」
「相対評価じゃなくて、絶対評価の話をしてるんだって。ま、それも嬉しいけどね。我が部のマネージャーさんは、皆優秀って事だ。」
「そ、そう・・・?」
「そう。だから、こういう時くらいは頼って貰わないとね。」

頼る。
その単語ではたと可憐は思い出した。

「あ、あのっ!滝君!」
「ん?」
「実はその、滝君さえ良ければ頼みたい事があって・・・あ!無理なら全然良いんだけどっ!」
「うん。何?出来る事なら、喜んでやるよ。」
「・・・実は部の勉強会に、なるべく顔出して欲しいなあ、なんて・・・」

成績の事を聞いた事は無いが、滝が所謂良い育ちだという事は分かった。
そしていつかヘリで紀伊梨と向日が話していたように、良い育ちというのは苦労が多いが、その分身につくものも多いのである。

その事を踏まえてそんなに成績は悪く無いはず、あわよくば教える側に回って貰えないかなあ、と思いつつ可憐が言うと、滝は可笑しそうに笑みを浮かべた。

「先生役が足りない?」
「うえっ!?どうして分かるのっ!?」
「景吾君に名前呼ばれていた人、結構な人数だったからね。そうかなって。」
「うう、御察しの通りです・・・」
「あはは。良いよ、行くよ。」
「良いのっ!?」
「俺も勉強はしたいしね。それに・・・」
「それに?」

「そろそろ改めて、景吾君や桐生さんと友達になっても良いかな、と思って。」

「・・・うん!」

可憐はご機嫌で返事をした。
楽しい勉強会になりそうだ。