主教科、という奴がある。
英語、数学、理科、社会、国語がそれに当たる。これが細分化して英I英IIに別れたり、化学生物物理と別れたりしても、主教科である事には変わりない。それの対義語として副教科があり、特徴として実技が多い事。ペーパーテストは主教科より頻度が低い事が挙げられる。
中学上がって最初の定期テスト、副教科のテストとかないだろう多分・・・とか思っている氷帝の生徒に容赦無くテストのお知らせを告げる科目が此処に1つ。
音楽。
「ごめん、私ちょっと先に音楽室行くねっ!」
「可憐、どしたの~?」
「実は音楽、ちょっと先生に聞きたい事があって・・・早めに行って、聞いちゃおっかなって!」
「あ!私も行く!丁度聞きたかったの!」
「本当?じゃあ瑠璃も一緒に行こっ!」
「私ら後からユックリ行くねー。」
「真美、音楽大丈夫なの~?」
いやあ、まあ、なんてしどろもどろになる内川に、可憐は苦笑気味伊丹は溜息だ。
「もう、真美はー。」
「あはは・・・でも瑠璃、音楽分からない所とかあるのっ?」
「そりゃあこれでも吹奏楽部だから譜面とかは分かるけどさ。この曲の作曲者は誰ですか、いつの時代の人ですかー、とかはさーっぱり。」
「あ、そっか。」
学校に寄ってカラーが大きく違うのも副教科の特徴である。学校、教科、担当の教師の性格でどんどんばらつきが出て来る副教科は、分からないからといって他所のクラスの生徒などに聞いてもどうにもならないのが痛い所。
「今日此処だっけ?」
「うんっ!第一音楽室だよっ!先生、居ますかー・・・?」
そっと扉を開けると、可憐達は一番乗りで誰も来ていなかった。目当ての先生さえも。
「まだ来て無いのかなー。・・・可憐?」
「な、何?」
「いや、何じゃなくて。なんでそんな縮こまってるのよ・・・」
可憐はまるで悪い事でもして怒られに来たかのように、小さく小さくなって入室した。
「だって、楽器がいっぱいなの怖いんだもんっ!転んだりぶつけちゃったりしたら、私のお小遣いじゃどうにもならないよう・・・!」
「はあ・・・」
分からんでも無いが。
「・・・あら、バイオリンだ。」
「あっ!本当だ!」
「ケース開いて置いてある。」
「授業で使うのかなあっ?」
「えー・・・」
何故伊丹はえー、と言ったのか。
それはそのバイオリンが、ケースといいボディといい、如何にも高級感溢れる代物だからだ。
この古めかしい塗りが又怖い。アンティーク丸出しで、それこそ幾らする物やら。
「瑠璃、バイオリン弾いた事あるっ?」
「私ピアノとホルンしか経験無いなー。」
「そっかー・・・」
照明と陽の光を浴びて、教壇の上で艶々と輝くバイオリン。
「かっこいいなあ・・・」
「弾いてみたまえ。」
バッ!
と音がする勢いで可憐と伊丹が振り向くと、探していたシルエットが背後に居た。
「「榊先生!」」
「うむ。」
榊太郎。
どんな天候でも如何なる場合でもスーツを決して着崩さない、音楽教師にして氷帝テニス部の顧問。
「構わない。」
「へっ?」
「弾いてみたまえ、桐生君。伊丹君も。」
「「ええええっ!?」」
これには2人とも目を剥いた。
「いや!あの、私達バイオリンなんて触った事無くて!」
「経験のない事を教えるのが学び舎だ。」
「いやそうですけど・・・」
「そ、それにっ!もし壊しちゃったりしたら、こんな高価そうなもの・・・」
楽器というのは。
いや、芸術というものは概ね可憐にとって畏怖の対象であった。高価で繊細で、もし破損したらと思うと楽器だの工芸品だのの類には迂闊に触れない。
「・・・・・・」
榊は慄く2人を他所に、バイオリンをケースの蓋を開けたまま、2人に見やすいように傾けた。
「これは幾らだと思うね?」
「えっ?」
「えー・・・」
楽器はピンキリである。
可憐はチンプンカンプンでも、伊丹はまだ当たりをつけられはするが。
「・・・2000万、位ですか?」
「不正解。これは時価にして1億になる。」
「「いっ・・・・!?!?!?」」
サラリーマンの平均生涯収入の半分なんですがそれは。
空いた口の塞がらない2人だが、榊は涼しい表情を崩さない。
「価格とは1つの価値の指標だ。それそのものに対し、客観的に価値をつけると幾らになるか?という事を推し量れる。バイオリンは楽器の中でも高級なものが多いが、その中でも1億というとまずまずだ。」
((まずまずってなんでしたっけ?))
どうやら「まずまず」の指標の差の擦り合わせからする必要がありそうだが。
「そのまずまずの価値のあるものを。」
「「ものを?」」
「こうして、そのままにすると、どうなる?」
榊はケースを閉めた。
バイオリンは見えなくなった。
「・・・どうなるって、どうも何も。」
「変わらないんじゃないですかっ?」
「いいや、このバイオリンの価値は0だ。」
「「えええっ!?」」
榊は再びケースを開けると、今度は慣れた手つきでそれを取り出した。
「良いかね、これは楽器に限らない。どんな高価な物も、ずっと大切にケースに入れられて誰にも触れられない、使われない状態ではそれは「死んで」しまう。良い物であるならば、使われるべきなのだ。勿論然るべき持ち主に、場合にという制約はあるが、そうやって人に何かを与えるから、価値ある物は「生きる」。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「バイオリンなどはその最たる例の1つだ。これは人の為に、人が手をかけて生み出した。だから人に触れられて初めてこれは・・・」
1億の価値ある物となる。
榊の奏で出した音色は、可憐と伊丹にはっきりそう言った。
「綺麗な音・・・・」
「・・・・・・」
ケースに仕舞われていては。
大切に守られているだけでは。
(そのものの価値は「死んで」しまう・・・)
ああ。
ああ、ああ、ああ。
分かった。
どうしてあの傍若無人な我等が王が、この顧問にはいつも丁寧な態度だったのか。
(榊先生がこういう人だったからだ・・・)
跡部財閥の御曹司たる自分を、遠慮なく指導して叩き上げる事の出来る人材。
それこそが、跡部が求めていた顧問の姿。
御曹司だからと好きにさせるのではなくて。
当たり障りない対応に終始するのではなくて。
御曹司たる自分だからより厳しくしてくれるこの人に。
「・・・さて、こんなものか。」
「先生凄ーい!上手ーい!」
「・・・先生。」
「?」
「有難う御座いますっ!テニス部の顧問で居てくれてっ!」
何急に、と言いながら伊丹は笑った。
榊は何も言わなかったが、フッと微笑んだ。
良いんだ、良く分からなくても。
言いたくなっただけだから。
「では話を戻すか。」
「?」
「桐生君、弾いてみたm「良いですっ!」・・・」
「可憐・・・」
明日からは勉強会。
大丈夫だろうか。