物を殴ったって、殴った手の方が痛い。
それは分かっているけれど、でも殴りたいと思う時がある。
そう。
例えば、今。
(もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌)
姿見の前で固まる千百合は、真面に正面が見られない。
今日は。
デートである。
中学に上がってから初めてのデート。
もう小学生じゃない。
飯は家で食えとか、校区から出るなとか、そういう縛りはもう無い。
そういう、デート。
今千百合は、着替えたくて着替えたくて仕方がない。
スカート履いてるんだぞ。スカート。制服じゃない、私服のスカート。
色だって黒とか青じゃないんだ。季節柄どうしてもパステルカラーになりがちなんだ。
普段そんな事一切気にしないのに、今日は色んな事が気になる。
アクセサリーとか持ってなかったかなとか。ハンカチもうちょっと可愛いのないかなとか。
靴はあれで本当に良いかなとか、ヘアスタイル何時もと同じで良いかなとか。
幸村と2人で過ごす。
そう思っただけで、もう。
(どうしよ・・・これで良いかな・・・良いの?本当に?)
待ち合わせの店の前までの移動時間を含めると、そろそろ家を出発しても良い頃。
でも腹を括りきれない。
ピンポーン♪
呼び鈴が鳴った。誰か来客が来たらしい。
それは良い。
それは良いのだが。
「妹ー!出てー!」
「はああ!?」
壁の向こうから聞こえる兄の声。
何言ってるんだろうか、あのおたんこなす。
こっちはこれから間もなくデートだと言っとろうが。
もうすぐ待ち合わせ場所に向かうんだぞ。
「ふざけんな、お前が出ろ!」
「手ー離せないのー!俺だって行けるもんなら行くわいなー!」
(くっそ!)
千百合は鞄を引っ掴んだ。
「私、応対終わったらそのまま出るからね!」
「いてらー!」
ええい、ままよ。
こうなったら、勢いで外へ出てやる。
もう知らないぞ、あの兄が悪いんだ。
用意しておいたサンダルを履いて、千百合は玄関の鍵を開けた。
「はい、どちら様・・・」
「おはよう、千百合。」
ずりり・・・と鞄のベルトが右肩から落ちた。
幸村はくす、と優しく笑うと、固まったままの千百合の肩に丁寧にかけ直して。
そしてそのまま、千百合の右手をそっと、花を扱うような優しい手つきで幸村は攫う。
「あんまり見ない服だね。でも、可愛いよ。凄く素敵だ。」
可愛いじゃないから。
何を当たり前みたいな顔して迎えに来てるんだ。
待ち合わせの予定だったから、こっちは心の準備とかしてないんだぞ。
有難う棗、じゃない、2人して何謀ってくれてる。
クソ兄貴、どういたしましてじゃねえんだよ。聞こえてるから、それ。
ああ、でも。
でも、でも、でも。
「行こうか。」
そう言って、指を絡めてくれるから。
「・・・・うん。」
やっぱり抗えない。