基本のフォームを教えて貰って、素振り。
サーブ、スマッシュ等の基本の動きをちょっとだけ。
借りてきたゴム紐付ボールで少し練習したら、後は、はい。
ラリー。
「よっ!」
「あ、あ、あ、」
「ほっ!」
「わ、わ、わ!」
「てりゃ。」
「えええと、ええと、えい!」
紫希の打ったボールを丸井は軽くいなして、ラケットの上に乗せた。
「よし!ちょっと休憩しようぜ?」
「は、はい・・・!」
紫希は俯いた。
しんどい。
分かってはいたが、インドアには辛い。
体力が足りない。
持久力が足りない。
握力が足りない。
何もかも足りなさすぎて、お話にならない。
丸井に続いてヨロヨロとコートから出て、ベンチに座ると温いと思っていた座面がひんやりする。
ああ、体温が上がってる。上着なんてとっくのとうに脱いだのに。
(難しい・・・何時も見ていましたけれど、やってみると皆がどんなに凄いのかよく分かります・・・)
いや、自分が人並み以上に出来ないのは自覚しているのだが、それを差し引いてもだ。
ただ。
「おーい、大丈夫か?」
「はい・・・はあ・・・大丈夫です・・・」
全然大丈夫じゃなさそうな声音に丸井は苦笑した。
「ごめんなさい・・・」
「ん?何が?」
「私、下手くそで・・・」
「ああ。まあ、筋が良いとはお世辞にも言えねえけど。」
この、そうでしょうね感。
紫希は丸井のこういう所も好きだった。
下手な建前を使わないで、駄目なものは駄目と言ってくれるところが。
「本当に申し訳ありません・・・・付き合わせてしまって・・・」
(あ、また。)
いつの間にか、自分が紫希に「仕方なく」付き合って「あげて」る事になってる。
そのかっこの部分、丸々外して良いのに。
「あのな、」
「私ばっかり・・・」
「へ?」
「私ばっかり楽しんでしまってすみません・・・」
丸井の目がちょっと見開いたのを、俯いている紫希は見ていない。
「・・・お前、楽しいの?」
「え?はい・・・」
「しんどいんじゃねえの?」
「しんどいです。」
それはもうはっきり言い切る。
「思うように体が動きませんし、暑いし疲れます・・・」
「だよな。」
でも。
「でも、楽しいです。ラケット振って、ボールを打って。上手くは出来ないですけど・・・失敗しても楽しいです。もう一度やりたいって、何度も思ってしまいます。」
誰もが一度は絶対に開ける事を許される扉。
天衣無縫の扉を、紫希は今開けている。
楽しい。
例えサーブ練習で空ぶっても、ゴム紐の勢いに負けてラケットが吹っ飛んでも、ラリーで思い切り接待プレイされていても。
良い天気に頭はクラクラするし、足は縺れそうだし、ラケットもボールも時間が経つにつれ重くなっていくし、隣のコートの小さい子から「あのお姉ちゃん下手ー。」とか指差して言われるけども。
でも、楽しい。
とっても楽しい。
やった事なかった事。
親友が楽しんでいる事を、今正に自分がやっているのだという事。
「・・・楽しいです。」
そう言って顔を上げて、正面のコートを見る紫希の横顔は、本当に楽しそうに輝いていた。
「・・・・・・」
「・・・でも、ごめんなさい。丸井君はお上手ですから、私に教えていても得る物は無いって分かっているんですけど・・・」
「あるよ。」
「え?」
「今あった。」
「???」
別に元々イヤイヤ教えていたわけじゃない。
確かに素質は皆無だけれど、素直な生徒に得意な事を教えるのはそれなりに楽しかった。
その上で今みたいな楽しそうな笑顔が見られたら、それだけで十分付き合った価値がある。
「よし!じゃ、時間もあるし最後の仕上げな?」
「あ、はい!」
「ん。じゃ、ちょっとついて来いよ。」
そう言って紫希はコートから出る丸井の後をついて行く。
「・・・出ちゃうんですか?」
「おう。」
「?」
何処へ行くんだろう。
そう思いつつ従っていると、丸井はある所で立ち止まった。
「・・・あの。」
「ん?」
「ここ、知らない人のコートでは・・・」
「そ。あの!ちょっと良いですか?」
「ちょ・・・!」
丸井は何の気負いもなくノックして、コートに通じる扉を開けた。
中には全く知らない成人男性が2人居て、丁度休憩中らしくベンチに座っていた。
「はい?え、誰?お前の知り合い?」
「いや、知りませんけど。」
「こんちは。俺達、あっちのコート借りてるんですけど。」
丸井はニッと笑って言った。
「ダブルスで試合やりたいんで、相手して貰えませんか?」
試合。
ダブルス。
紫希の脳は咄嗟に処理を拒否したくなる。
「えっ・・・・えええええ!?」
「あー、試合?ダブルス?良いよ!」
「おし!有難うございます!」
(ええええ・・・!)
話が纏まってしまった。
「マジかよ、相手しちゃうの?」
「え、お前嫌?」
「嫌とかじゃなくて負けるに決まってんじゃんw片やピチピチの学生が2人、片やビール好きで体が鈍ったおっさんが2人ですぜ。」
「なーに、いけるいける。負けるったってそんなボロ負けはしないでしょー。アラサーの意地を見せてやろう!」
「大人気ねえええw」
(いや・・・いや・・・いや・・・)
向こうは完全に食らいついてくる気満々だが、不利なのはこっち側である。
自分が丸井の足を引っ張るに決まってるじゃないか。
(あっちの女の子大丈夫かね?)
(あー、それ思った。なんか青い顔してない?)
具合悪いのか緊張してるのか。
別な意味で試合は止めた方が良いんじゃないか、と切り出すべきかと2人が迷っていると。
「ん、どうした?まだ体力戻らねえ?」
「あの、あの、試合って、」
「おう!やろうぜ。」
「でもあの、私下手くそで、」
「良いって、良いって。さっき楽しいって言ってただろい?その延長で楽しんでたら良いんだよ。」
「でも負けてしまいますよ、」
「大丈夫。」
丸井は笑顔でパチン、と何時ものウインクを一つ。
「勝つのは俺に任せろい!」
紫希はぎゅううっと胸が詰まった。
「は、い・・・」
「おい。」
「うん?」
「本気出すぞ。」
「え!?」
「中学生だからって手抜くなよ!世間の厳しさを教えてやるからな!」
「何急に!?というか大人気ねえ!」