Reason 2 - 1/6


基本のフォームを教えて貰って、素振り。
サーブ、スマッシュ等の基本の動きをちょっとだけ。
借りてきたゴム紐付ボールで少し練習したら、後は、はい。

ラリー。

「よっ!」
「あ、あ、あ、」

「ほっ!」
「わ、わ、わ!」

「てりゃ。」
「えええと、ええと、えい!」

紫希の打ったボールを丸井は軽くいなして、ラケットの上に乗せた。

「よし!ちょっと休憩しようぜ?」
「は、はい・・・!」

紫希は俯いた。

しんどい。
分かってはいたが、インドアには辛い。

体力が足りない。
持久力が足りない。
握力が足りない。
何もかも足りなさすぎて、お話にならない。

丸井に続いてヨロヨロとコートから出て、ベンチに座ると温いと思っていた座面がひんやりする。
ああ、体温が上がってる。上着なんてとっくのとうに脱いだのに。

(難しい・・・何時も見ていましたけれど、やってみると皆がどんなに凄いのかよく分かります・・・)

いや、自分が人並み以上に出来ないのは自覚しているのだが、それを差し引いてもだ。

ただ。

「おーい、大丈夫か?」
「はい・・・はあ・・・大丈夫です・・・」

全然大丈夫じゃなさそうな声音に丸井は苦笑した。

「ごめんなさい・・・」
「ん?何が?」
「私、下手くそで・・・」
「ああ。まあ、筋が良いとはお世辞にも言えねえけど。」

この、そうでしょうね感。
紫希は丸井のこういう所も好きだった。
下手な建前を使わないで、駄目なものは駄目と言ってくれるところが。

「本当に申し訳ありません・・・・付き合わせてしまって・・・」

(あ、また。)

いつの間にか、自分が紫希に「仕方なく」付き合って「あげて」る事になってる。
そのかっこの部分、丸々外して良いのに。

「あのな、」
「私ばっかり・・・」
「へ?」

「私ばっかり楽しんでしまってすみません・・・」

丸井の目がちょっと見開いたのを、俯いている紫希は見ていない。

「・・・お前、楽しいの?」
「え?はい・・・」
「しんどいんじゃねえの?」
「しんどいです。」

それはもうはっきり言い切る。

「思うように体が動きませんし、暑いし疲れます・・・」
「だよな。」

でも。

「でも、楽しいです。ラケット振って、ボールを打って。上手くは出来ないですけど・・・失敗しても楽しいです。もう一度やりたいって、何度も思ってしまいます。」

誰もが一度は絶対に開ける事を許される扉。
天衣無縫の扉を、紫希は今開けている。

楽しい。

例えサーブ練習で空ぶっても、ゴム紐の勢いに負けてラケットが吹っ飛んでも、ラリーで思い切り接待プレイされていても。
良い天気に頭はクラクラするし、足は縺れそうだし、ラケットもボールも時間が経つにつれ重くなっていくし、隣のコートの小さい子から「あのお姉ちゃん下手ー。」とか指差して言われるけども。

でも、楽しい。
とっても楽しい。
やった事なかった事。
親友が楽しんでいる事を、今正に自分がやっているのだという事。

「・・・楽しいです。」

そう言って顔を上げて、正面のコートを見る紫希の横顔は、本当に楽しそうに輝いていた。

「・・・・・・」
「・・・でも、ごめんなさい。丸井君はお上手ですから、私に教えていても得る物は無いって分かっているんですけど・・・」
「あるよ。」
「え?」
「今あった。」
「???」

別に元々イヤイヤ教えていたわけじゃない。
確かに素質は皆無だけれど、素直な生徒に得意な事を教えるのはそれなりに楽しかった。

その上で今みたいな楽しそうな笑顔が見られたら、それだけで十分付き合った価値がある。

「よし!じゃ、時間もあるし最後の仕上げな?」
「あ、はい!」
「ん。じゃ、ちょっとついて来いよ。」

そう言って紫希はコートから出る丸井の後をついて行く。

「・・・出ちゃうんですか?」
「おう。」
「?」

何処へ行くんだろう。
そう思いつつ従っていると、丸井はある所で立ち止まった。

「・・・あの。」
「ん?」
「ここ、知らない人のコートでは・・・」
「そ。あの!ちょっと良いですか?」
「ちょ・・・!」

丸井は何の気負いもなくノックして、コートに通じる扉を開けた。

中には全く知らない成人男性が2人居て、丁度休憩中らしくベンチに座っていた。

「はい?え、誰?お前の知り合い?」
「いや、知りませんけど。」

「こんちは。俺達、あっちのコート借りてるんですけど。」

丸井はニッと笑って言った。

「ダブルスで試合やりたいんで、相手して貰えませんか?」

試合。
ダブルス。

紫希の脳は咄嗟に処理を拒否したくなる。

「えっ・・・・えええええ!?」
「あー、試合?ダブルス?良いよ!」
「おし!有難うございます!」

(ええええ・・・!)

話が纏まってしまった。

「マジかよ、相手しちゃうの?」
「え、お前嫌?」
「嫌とかじゃなくて負けるに決まってんじゃんw片やピチピチの学生が2人、片やビール好きで体が鈍ったおっさんが2人ですぜ。」
「なーに、いけるいける。負けるったってそんなボロ負けはしないでしょー。アラサーの意地を見せてやろう!」
「大人気ねえええw」

(いや・・・いや・・・いや・・・)

向こうは完全に食らいついてくる気満々だが、不利なのはこっち側である。
自分が丸井の足を引っ張るに決まってるじゃないか。

(あっちの女の子大丈夫かね?)
(あー、それ思った。なんか青い顔してない?)

具合悪いのか緊張してるのか。
別な意味で試合は止めた方が良いんじゃないか、と切り出すべきかと2人が迷っていると。

「ん、どうした?まだ体力戻らねえ?」
「あの、あの、試合って、」
「おう!やろうぜ。」
「でもあの、私下手くそで、」
「良いって、良いって。さっき楽しいって言ってただろい?その延長で楽しんでたら良いんだよ。」
「でも負けてしまいますよ、」
「大丈夫。」

丸井は笑顔でパチン、と何時ものウインクを一つ。

「勝つのは俺に任せろい!」

紫希はぎゅううっと胸が詰まった。

「は、い・・・」


「おい。」
「うん?」
「本気出すぞ。」
「え!?」
「中学生だからって手抜くなよ!世間の厳しさを教えてやるからな!」
「何急に!?というか大人気ねえ!」