紀伊梨はライブハウスを通り過ぎて、市街地の真ん中に居た。
断っておくが、別に迷ったわけではない。
「おー腹減ったー♪おー腹減ったー♪きょーおのご飯はなんじゃろなー♪」
そう、紀伊梨は寄り道しまくった所為ですっかり空腹になったのだ。
別に約束があるわけじゃないし、食べた後でライブハウスに赴いても良いだろう。
(うーん、パスタとかって気分じゃないなー。なんかこう、ご飯食べたいなー、ご飯!)
何か心惹かれるご飯無いかなご飯、と呟きながら自転車を走らせていると。
「・・・お!」
下り坂の途中に見えるあの目立つ後ろ頭は。
「おーい!ニオニオーーーー!」
「ん?」
なんじゃありゃ。
仁王は反射的にそう思った。
坂道の上から喧しいのがでかいのを背負って猛スピードで突っ込んでくる。
人を轢き殺す気だろうか。そんな死に方したがる趣味は無い。
つい、と坂の途中の店の入り口に引っ込んでみたら、ギギギギギイ!と音を立てて自転車が目の前に止まった。
「なんじゃ、折角避けてやったんに。」
「わざとやってるっしょー!避けてって言いたかったんじゃないのー!ニオニオが居たから話しかけに来たのー!」
「プリッ。」
それは嬉しいのか、迷惑なのか鬱陶しいのか悪い気はしないのか、どれだ。
などと聞く人間はもう仁王の周りには居ない。聞くだけ無駄だと皆分かってきた。
「ねーねーニオニオ、何して・・・お買い物?」
「ん?・・・ああ、まあ。そんなもんじゃ。」
買い物ではあるが、紀伊梨の思い描いているショッピングとは大きくズレているだろう。
持っている紙袋の中にあるのは変装グッズである。
「お前さんは練習か?」
「ううん!ライブハウス行くの!でもその前にご飯食べよーと思って!」
(そうか、もう昼か。)
「あ!そーだニオニオ、この辺にご飯屋さん無いー?」
「向こうにマックがあるぜよ。」
「ご飯が食べたいのー!ご飯!白いお米!」
「言われてものう。」
生憎自分の行きつけの店は焼肉なのである。
昼に焼肉はちょっと辛い。
でも言われてみると自分も腹が減ってきた。
「なら、蕎麦屋に行くか。」
「蕎麦?ご飯じゃないの?」
「蕎麦を頼むんじゃない、丼を頼みんしゃい。」
「丼あるの!?蕎麦屋さんなのに!?」
「お前さん、蕎麦屋の丼ものを甘く見とるじゃろ。其処らの定食屋に負けんもんを平気で出してくるぜよ。」
「そーなの!?行きたい行きたーい!何処何処?連れてって!」
なんだか成り行きだが、偶の休日である。
こんな日があっても良いだろう。
「行くか。」
「おー!あ、ねえねえニオニオ?」
「?」
「序に奢ってくれたりなんか・・・」
「御免じゃ。」
「ちぇー。」