Reason 3 - 3/6




「何してるのー?」

「・・・・・・」

小田桐は目を丸くした。
子供だ。小学生。

「ねーねーおっちゃん。何してる・・・」
「仕事だよw見て分かれよw」
「馬鹿。」
「何おー!」
「紀伊梨、邪魔しちゃいけないよ。」
「あっちに行ってましょう?ね?」

「小田桐、暫く!元気にしてるかな?」
「やあ黒崎、君かい。何処の誰が低学年の小学生をライブハウスに連れて来たのかと思ったよ。」
「芸術に貴賎は無い!良いものには若いうちから触れておくべきだ、そうだろう?」
「ロックはアウトロー寄りなんだけどねえ。まあ良いけど。」

千百合と棗の父、黒崎雄一は小田桐の古い友人でもある。
だから雄一のやりそうな事くらいは分かるが、この男は所帯を持ってもちっとも落ち着かない。

「今日やるバンドは?」
「ええとリスト・・・はい。今日は高校生グループも居るから、そういう意味では丁度良かったかもねえ。」
「成る程、結構だ。大人じゃなくて、年上の子供がやってるのを見るのは変わった刺激になるだろうしな。」
「・・・ところで、純子さんは?」
「ん?純子は家さ。誘ったんだが、外に出たくないと言うから。」
「待ってくれ、引率は君1人かい?あの子達、皆向こうに行ってるけど。」
「なあに、皆賢い良い子達さ。悪さなんかしないよ。」
「はあああああ・・・・」

そういう問題じゃないだろ馬鹿が。
何かあったら責任取るのは自分でありお前だぞ。

と、言いたいが言っても多分理解しないだろう。黒崎雄一とはそういう男である。

余談だが、雄一がこんなのだから千百合と棗がああ育ったのだなあと小田桐が思うようになるのは、もう少し後の話。

「兎に角、連れて来ても良いからちゃんと見ておくれよ。」
「わかってるさ、任せておけ。皆本当に聡い子だから何も起きないよ。」
「だから子供の賢さに頼るのは止めろと言ってるのに・・・」

そんな事を話しながら小田桐が目を向けると、幸村を含む5人の子供達はステージの付近をちょろちょろしていた。

「これなーにー?」
「マイクスタンドじゃんw」
「あれはー?」
「アンプだよ。」
「精ちゃんもなっちんも物知りだなー!」
「アンプって何する物ですか?」
「アンプは増幅機の事で、スピーカーとは違うんだけど・・・」
「あんたは振っておいて聞かないの。」
「せつめーは聞いても覚えられません!」
「ふふ。良いよ黒崎、何時もの事さ。」
「こうやって馬鹿が加速するわけだw」
「馬鹿違うもーん!」
「紀伊梨ちゃんは、ちょっと難しい話が苦手なんですよ。」
「そーそー!紫希ぴょん良い事言うー!」

別にそんな難しい話言ってなくない、という千百合の呟きは紀伊梨には聞こえない。
もう興味が他へ移って、ステージ沿いを移動し始めている。
その後は大体心配になった紫希が慌ててちょろちょろ追いかけて、次に慣れた対応の幸村がてくてくついて行って、千百合と棗がぼちぼち後を追う。

この日もそうだった。
紀伊梨は1人でステージ前の端の方へ行ったのだった。

そしてステージにばかり目が行って、前方を疎かにしていた。

「あて!」
「いた!」

薄暗い中で紀伊梨は思い切り誰かにぶつかって、尻餅をついた。

「あててて・・・ご、ごめんね!大丈夫?」
「・・・ぅうええええーーーん!」

紀伊梨は痛い事にとても弱い。
今でこそ多少転んだくらいならケロッとしているが、幼い頃はちょっとでも痛いとすぐ泣いて、血が出たら死んでしまうのではと本気で心配していた。

「紀伊梨ちゃん!」
「紀伊梨、大丈夫かい?」
「いだいいぃぃ~~~・・・!」
「言わんこっちゃないw」
「前見て歩かないからじゃん。」

「おい、どうした?」
「あ、板谷先輩!その、ぶつかっちゃって!」
「其処のチビに?」
「冬次、失礼だぞ。」

ぶつかった手合いを見て、5人は多かれ少なかれ各々怯んだ。
間違いなく年上である。怖い人だったらどうしよう。

「あ、あの、ごめんなさい・・・」
「ぶつかったのはお前じゃないだろ、なんでお前が謝るんだよ。」
「ううう・・・」
「冬次、怖がらせちゃいけないって。」
「怖がらせてないっすよ、向こうが勝手に・・・」
「いや、板谷先輩普通に喧嘩腰ですよ?」
「はああ!?」
「まあまあ、兎に角其処の女の子が先だ。立てるかい?怪我してる?」
「いだいよう・・・」

一番年上と思しき少年は、紀伊梨の手を取って立たせてくれた。

「うん、怪我とかはしてないね。転んだだけかな?」
「本当にすみません、こっちの不注意で。」
「だあから、謝るんなら其処のビースカビースカ泣いてるチビにさせろよ。」
「もー、どうして板谷先輩はそうなんですか?」
「ああ?」
「冬次。」
「ちっ!大体おかしいじゃないっすか、此奴らどう見ても小学生だろ。何処の誰が連れて来るんだよ。」

「俺さ!」

はあーあ、と盛大な溜息を千百合は隠そうともしない。
もうやだこの親と顔にありありと書いてあるのが伺われて、幸村はうっかり笑ってしまう。

「何よ。」
「楽しいお父さんじゃないか。」
「じゃあ取り替えて。」
「妹よ、又父が拗ねるぞw」
「まあまあ・・・あ、紀伊梨ちゃん!目を擦ってはいけませんよ!」
「だってえ・・・」

「おい、おっさん。」
「おっさん!?」
「おっさんだろ。おっさんが此奴らこんなとこ連れて来たのか。」
「ああ、そうさ。見ていたが、ぶつかった事は謝ろう。悪かったね、其処の男の子。」
「あ、いや!僕は別に。」

ぶつかった本人、松岡禎雄は頭を下げられて些か身を引いた。
ぶつかったといっても自分は転んで無いし、ダメージが大きいのはどう見ても紀伊梨の方だ。

「ただ、連れて来た事を反省する気はないな。芸術には若い内から触れておくべきだと君達は思わないかい?」
「ハン!」

板谷冬次は鼻で笑った。
芸術だって。馬鹿かこの男。

「あのなおっさん、ロックってのはそんなお上品な枠に囚われてる音楽じゃねえんだよ。」
「何を言うんだ、芸術がお上品というのがそもそも君の思い込みだぞ?芸術は爆発!反社会的でも、歪んでいても理解され難くても、芸術は芸術だ。違うか?」
「屁理屈を・・・!」

「興味深いね。何処から芸術で、何処からが芸術でなくなるのか・・・」
「幸村は本当にこういう話題が好きねw」
「というか、サクッと謝って早く引き上げたら良いのに。」
「話が伸びてますよね・・・紀伊梨ちゃん、ティッシュ足りていますか?」
「うん、ありがど紫希ぴょん・・・」

どんどんおいてけぼりになる子供達。
年上達の話合いはいつの間にかぶつかるぶつからないの話から、ロックとは何か芸術とは何かの話にシフトしている。

そして終いに、板谷少年はキレてしまった。

「あああくそ!ああ言えばこう言いやがって!」
「ふふん。」
「笑うな!くそ、伊藤先輩!松岡!」
「何すかー?」
「演奏しましょう!今から!此処で!」
「えええ!?」

驚く松岡。リーダーで最年長の伊藤聖也は、困ったように笑った。

「「こんな小さい箱で演奏なんかしない」んじゃなかったのか?」
「箱の大きさの問題じゃねえ!このおっさんに、俺達の芸術じゃないロックを分からせてやりたいんです!」
「ううん、俺は良いけど・・・禎雄、どう?」
「僕も、板谷先輩が良いなら良いです。別にキャパに拘りとか無いし?」

「え、演奏?いつの間にそんな話になったんですか?」
「ほんまそれよwどうしてこうなったw」
「本当疲れる、こんなんばっかり。」
「ふふふ。でも、元々演奏を聴きに来たんだし、良いんじゃないかな。紀伊梨、そろそろ泣き止まないと。」
「うにゅ・・・精ちゃん、ハンカチ貸して・・・」
「はい。」

こうして話が纏まっていくのを、オーナーの小田桐は半ば他人事のようにカウンターから見ていた。

あの中学生3人も不憫なものだ。
すっかり雄一のペースに乗せられてしまっている。

「おい、おっさん!」

おっといけない、ボーッとしてた。

「はいはい、何かな?」
「何かな、じゃねえ!ステージだ!使えるようにしろ!」
「冬次!すみません、此奴偉そうで。」
「いやあ、元気があって結構。それに・・・」
「それに?」

「こんな小さい箱なんて、なんだろう?それに見合う演奏を見せて貰えるんだから、有難いよねえ。」

ぐ、と板谷はたじろぎ、松岡は顔を痙攣らせた。
大人だってムカつくもんはムカつくんじゃ、この位の意趣返しは許されるだろう、なんて思いながらふと友人を見やると、雄一はサムズアップしていた。

ああ、こんなんだから自分達は友人なのだろう、きっと。

忽ち動き出したステージに、5人の子供達の目は釘付けであった。

「あれなーに?」
「ギターですよ紀伊梨ちゃん。」
「あれもギター?」
「あれは違うでしょ。」
「紀伊梨、あれはベースだよ。」
「ふーん?あ!太鼓!太鼓ある!」
「ドラムですけどw」

ステージの端に手をかけて覗き込む5人のちびっ子に、ステージ上の3人は微笑ましかったり気が散ったり。

「どっか行けよチビ・・・」
「なんでですかー?可愛いじゃないですか!僕こういうのも新鮮で楽しいな。」
「禎雄の言う通りだな。良いじゃないか、可愛い観客さんで。」
「フン。」

会話しながら作り上げられていくステージに、取り分け紀伊梨は目が離せなかった。

自分達で作るステージ。
ピアノのコンクールや、クラシックのコンサートとは違う。

もっと荒っぽくて、ガチャガチャしていて雑多な感じがする。


でも。





「なんだか面白い事になってるねえ。」
「どうだ?ザッとこんなものさ、計画通り。」
「嘘おっしゃい。」
「あだだだだ!何するんだ、小田桐!客の頬を抓るなん、て・・・・」

雄一は小田桐の迫力に気圧されて続きが言えなかった。

「ちゃんと見てろって私は言ったよねえ?」
「あの、いや・・・」
「幾ら賢かろうとあの子達皆小学生なんだよ?もし大怪我したらどう責任取るつもりだったんだい?うん?」
「・・・ごめんなさい・・・」



「あの、千百合ちゃんに棗君、お父さんが・・・」
「良いよ放っておいてw」
「良いぞおじさん、もっとやれ。」
「う、ううん・・・」
「流石に可哀想じゃないかな。ねえ紀伊梨・・・紀伊梨?」

「・・・・・・」

紀伊梨自身は全く覚えていないが、この時程紀伊梨がボーッとしてた事は無いと皆言う。

ただ、紀伊梨自身もこの時皆が何を話していたのかは全然覚えてない。
ステージ作りに気を取られ、ドキドキしながら見ていたら、いつしか完成したステージに3人の少年は立っていた。

ドラムは伊藤。
ギターは松岡。
センターに、ベースボーカルの板谷。


「・・・・・!」


3人が楽器を持って並んで、目配せし合った瞬間だった。
チリ、と体の表面に電気が走るのを紀伊梨は感じた。


そして、一瞬。


「1、2、3・・・4!」


轟くドラム。
唸るベース。
吠えるギター。

ライブハウス中に響く、ボーカルの声。


ロックという音楽は、紀伊梨に大きな旋風を巻き起こした。


(凄い・・・!)

耳をつんざくような音量も、荒い音色も、ギラギラとスポットを弾き返す楽器達も、全てが紀伊梨の目を、耳を、脳味噌を、心を惹きつけた。
惹きつけて惹きつけて、それでもまだ足りないとばかりに紀伊梨の感情という感情を振り回すもの。

(凄い、凄い、凄い!)

軽音楽というものに紀伊梨は生まれて初めて真面に触れて、思った。


ああ、きっと自分は。
これに出会う為に生まれて来たのだ。


「ーーーyeah!」

ジャン!とギターが曲の終わりを告げた時にはもう。

「おー!」
「へえ。」
「凄いです!」
「うん、迫力があるね。・・・紀伊梨?」

偉く静かじゃね。
幸村を始め他の3人もそう思って隣を見ると。

「・・・・!・・・!?・・・・!」

チカッ、チカッ、と音が鳴りそうな程輝く瞳。
紀伊梨がすっかり魅せられている事が、一目見ると分かる。

「ふふ。気に入ったみたいだね。」
「いつにも増して馬鹿面。」
「・・・・・」
「聞こえてねえw」
「もう夢中ですね。」

紫希の言った事はズバリだった。
紀伊梨は正しく夢中。
夢の只中を漂っていた。

頭が揺れる。
心臓がドキドキする。
どうしようもないほど心が昂ぶって、昂ぶって。

だから紀伊梨がこう言った事に、他の4人は些かの疑問も持たなかった。


「・・・私もやる!!!!」