小学校2年の時だった、と思われる。確か。
春、学年全体でチューリップのちぎり絵を染めた和紙で作ろうとかいう課題が出され、皆思い思いにチューリップを思い描いた。
その当時クラス分けは千百合と幸村が同じクラス。紫希と紀伊梨が隣のクラス。棗は1人、更に隣のクラスだった。
下書きを済ませて和紙を貰い、さて染める為の絵の具を混ぜるかなと千百合がぼんやりパレットを出した時だった。
「千百合ちゃん、青使うの?」
偶々机の側を通りがかったクラスメイトにそう言われ、千百合は顔をあげた。
「そうだけど。」
「皆赤だよ?赤にしないの?」
(赤?)
ハタと周りを見回してみると、一体何が起こったのやら、もう花を塗ろうとしている男子は皆寒色、女子は千百合以外皆赤色で絵の具を混ぜていた。
「・・・・・・」
別に何色だって良い。
拘りとか特に無いし、青が好きだから、なんて安直な理由で青を出したに過ぎない。
でも、だからこそわざわざ赤にする意味も分からない。
もう青で染めるつもりでいたのだから。
「黒崎、女子なのに青使ってる。」
ちょっと離れた所では、花びらの前に茎を作るべく、順調に好みの緑を作る幸村が居た。
しかし前の席の男子が徐に言うので、幸村も顔をあげた。
「青?」
「うん。女子皆赤なのに。」
「・・・別に、女子は赤じゃないといけないなんてわけじゃないだろう?」
「そうだけど、皆と違うじゃん。」
それ理由になってなくない、と思える小学生は肝が太いのだ。
小学生とはそういう生き物。何がきっかけで同調が始まるか分からない。
ふい、と幸村が千百合の方に目をやると、丁度千百合はクラスメイトに青でやる、と返事をした所であった。
「えー?なんでー?赤の方がお洒落だよ、可愛いし。」
「赤じゃないといけないなんて、先生言ってない。」
「でも女の子は赤だよ・・・」
「それはそっちがそう思ってるだけでしょ。」
青でも赤でも白でも黄色でもなんでも良いけれど、周り見てわざわざ色変える謂れは無い。千百合はこの頃からそういうのが大嫌いだった。
拘りが無いのは本当である。
例えば、紫希や紀伊梨がこの場に居て、赤でお揃いで作ろうと誘って来たら、千百合は何も考えず赤にしただろう。
要は千百合がそれを良しとするかどうか。
そして周りがそうだから、女子がそうだからというのは一切理由にならない。
「・・・赤、嫌いなの?」
「別に。」
「なら赤で良いんじゃないの?」
「青でも良いじゃん。」
断っておくが、このクラスメイトは決して嫌がらせしたいわけではない。寧ろその逆で、親切のつもりで食い下がっていた。
千百合だけ青では、なんだか仲間外れにしているみたいで可哀想。知らないなら教えてあげないと。
とかいう小さな親切bigなお世話。それが出来るのが小学生。
「・・・赤出してあげる!」
「ちょっ、」
止めろ、と言う前に千百合のパレットには赤の絵の具が出てしまった。
「はい、赤。」
「・・・・・・」
「千百合ちゃんも赤で描こう?」
「いや。」
腹の奥の方で、自分の意地が急速に肥大化しているのを千百合は感じた。
頭にきた。
絶対青で描いてやる。
「この赤捨ててくる。」
「ちょっと!」
制止をかけたのは、別の女子である。
「そんな事しなくて良いじゃん!折角やってくれたんだから!」
「頼んでない。」
「何それ!有難うくらい言いなさいよ!」
そっちが謝れよ、と喉の奥まで出かかった時だった。
「はい、黒崎。」
差し出されたパレットの片隅には、綺麗な緑がひっそり佇んでいた。
視線をあげた先。
幸村の微笑みはもっと綺麗だったけど。
「・・・何。」
「俺のを使ったら良いよ。」
「自分のパレットは。」
「うん。だから代わりに、黒崎のを貸してくれないかな。」
自分のパレット。は。
「赤出てるけど。」
「うん。使うよ。」
「使う?」
「俺は赤で描くから。」
ぎょ、と周りが皆驚いた。
(・・・・!)
「幸村君、男の子だよ?」
「うん?そうだけど。」
「男の子は青だよ?赤は女の子だよ?皆そうしてるよ?」
「皆そうしてるけど、俺は赤が良いんだ。」
「・・・そうなの?」
「うん。絵具も勿体ないしね。」
同じ事言ってるのに幸村が言うと皆が黙るのは、つまりこれがカリスマ性という奴。
「そういうわけだから、交換して貰えるかな黒崎。」
「・・・緑は。」
「ああ、これかい?緑はもう終わったんだ。好きに使ってくれても、使わなくても構わないよ。ほら。」
緑になった和紙をひらん、と振る幸村。
結構良い色だろう?と聞く眼差しには、珍しくちょっと得意気な色が見え隠れしていて、それがなんだか可愛い。
意地を張る気がなんだか失せた。
「じゃあ貸して。」
「良いよ、どうぞ。」
「後、赤作り終わったら見せて。」
「?良いけど・・・どうしてだい?」
「幸村の作る緑綺麗だから。」
だから赤も綺麗なんだろうなと思うと見たくなった。
それは言わなかったけど、幸村は笑って、良いよと言ってくれた。