「紫希はピンクだっけ。」
「チューリップの話かい?」
「そ。確か赤出そうとしてたような。」
「ふふ。そうだよそれで、白を出し過ぎたんだ。」
隣のクラスでもカリキュラムは同じである。
当時、棗はまあどうでも良いが紫希や紀伊梨はどうしたのだろうかと思っていたが、尋ねると紫希は「ピンクになりました・・・」とちょっと縮こまって言った。
「あの、チューリップなら赤かなと思ったんですけど、ちょっと薄めにしたくて、」
「白出し過ぎたのかw」
「でもピンクのチューリップちょー可愛いよー!なんかふわふわしてて、紫希ぴょんっぽくてー!」
口には出さなかったけど、千百合もらしいなと思った。
赤より白の方がちょっと多くないか、と思うようなピンク。見る者を優しい気持ちにさせるチューリップ。
「五十嵐はオレンジだったね。」
「混ざったんだっけ、あれは。」
「うん。五十嵐らしいよ。」
「それがさー!黄色と赤とどっちにしよーかなーと思って、取り敢えず両方出しちゃったんだけどー。」
「水をちょっと入れ過ぎたんですよね。」
「それで溢れて混ざったのねw」
「でも良いのー!綺麗だからー!」
「ええ、紀伊梨ちゃんらしい明るい色ですよ。」
見せて貰ったら、本当にオレンジだった。
しかも混じったまま染めたので、所により黄色が強かったり赤が強かったり。
それでも綺麗で力強い、実に紀伊梨らしいチューリップ。
「棗は黒茶色だったなあ。あの色は俺も未だに使わないよ。」
「あれは阿保なだけよ。」
「ふふ。そんな事ないよ、あれはあれで芸術さ。」
「おおー!すごーい、泥の色してるー!」
「どうやって作ったんですか・・・?」
「いやー、全色混ぜたらどんな色になるかなー、と思ってw」
どうしてこうなった、としか言いようの無い色。
兄らしいという意味ではこの上なく兄らしいチューリップ。
「綺麗だった。」
「うん?」
「精市のチューリップ。」
「ふふふ。それは光栄だ。」
ほんの気持ち、絶妙に黒を足された吃驚するくらい上品な赤のチューリップ。
それが幸村の描いたチューリップだった。
皆口々にどうやって作ったの、と聞いていたが、聞いても真似の出来る者は居なかった。
「あれ凄い精市らしかった。」
「そうかな?それは俺って赤が似合うイメージ、って事かい?」
「ん、いや。赤がっていうより、赤の作り方が。緑も同じだったけど。」
同じ絵の具を使っているとは思えない深みがあって、見れば見る程目を奪われて、ずっと見ていたいと思ってしまうような。
そんな所が、作った人間にそっくりだ、なんて。
「・・・・・・」
「作り方か。好きなように色を作ってるだけだったけど、美術はどんなものであれ個性が出るって事かな。」
「・・・・うん。まあ。」
それで良いんじゃ無い、と付け加えそうになるのを千百合は全力で回避した。ちょっと話がズレて受け取られているけど、本当の事なんか言えるか恥ずかしい。
「でも、千百合のチューリップも凄く千百合に似ていたよ。」
「何処が・・・いや、良いや。」
「どこがって言われるとやっぱり、」
「良いから、言わなくて。」
「飾り気がなくて綺麗な所かな。」
「良いって言ってんのに!」
くそ!と内心で悪態を吐いてブン!と手を振り払おうとしたが、全然外れない。
涼しい顔でくす、と笑う幸村の余裕の顔が羞恥を余計に煽ってくる。
「信じてくれない?俺がお世辞を言ってると思ってる?」
「欲目で物言ってると思ってる。」
「そんな事はないよ。」
「嘘吐け。大体、あの時のチューリップだって、私何もしなかったからね。」
「知ってるさ。だからあんなに綺麗だったんだ。」
千百合の染めた青のチューリップは、本当に青色絵具しか使っていなかった。
青系統同士の混色、とかそういうわけでもない。「あお」と書いてある絵具を出して、それ以外の色は一切出さなかった。
その混じり気のない彩度で、サッと水だけ足して直ぐに塗った青の、濃淡の鮮やかさたるや。
所により濃く、所により薄く。
明度に吃驚するくらい差があるのに彩度には一切の変化が無くて、キッチリ絵具を混ぜきってムラなく染めたチューリップには決して出せない風合いが漂っていた。
その表情の多様さと、それでもブレない部分を持つチューリップがとてもとても千百合らしくて、今もずっとそう思っている。
「あの時は。」
「・・・・?」
「まだ、俺達はお付き合いなんてしていなかったね。」
「・・・そうだけど。」
お付き合いどころか、友達になってようよう1年過ぎたかという所だった。
友達になっても皆と遊ぶとどうしても紀伊梨が皆を先導してしまうから、此奴個人としてはどう思う?と言われると、お互い可もなく不可もなく
程度の友人だった気がする。
でも。
「でも、あの時から千百合のチューリップは綺麗だと思っていたよ。」
まだ恋なんて始まっていなかった。
でも、いつもクールで無難な方へ流れる千百合の本当の姿を、あの青いチューリップに見た気がして。
そしてそれは間違いではなかったのだと、今振り返って思う。
「・・・そ。」
「うん。」
「・・・そろそろ出るわよ。」
急にそそくさと席を立つ千百合に、幸村はつい微笑んでしまう。