「え・・・?え、え、え・・・・」
可憐はマネージャー業務などやったことが無い。
だからマネージャーに採用されたは良いものの、具体的に何するのと言われるととんと見当がつかず、ぼんやりと「ドリンク配ったりとか?ボール拾ったりとかかな?」なんて素人考えながら思っていた。
勿論そんなの推測でしかないので、思っていた事と全然違う事をやらされる展開だって、ちゃんと考えていた。
居たけれどこれは予想外だったぞ。
「わ・・・私が、マニュアルを書くの?」
可憐が部室に来ると、網代に開口一番「マネージャー業の虎の巻」を書いて欲しい、と可憐は言われた。
「どうして?」
「実はね、今まで居たマネージャーが全員追い出されちゃって。」
「えええっ!?」
「部長様がちょっと、ね。」
網代が力無い微笑みを浮かべた。
「だから、一から取り直しになるの。大半が1年生になる予定よ。」
「そうなんだ・・・・」
「幸い、希望者は沢山居るの。やる気のある子もいっぱいいるし、そういう子は取ろうと思う。でもやっぱり、マネージャーの事とか知らない子も多いと思うから・・・可憐ちゃんに頼むマニュアルが必要、ってわけ。あ、勿論1人にはしないわよ!私は面接をしなきゃならないけど、強力な助っ人を頼んであるから。」
パチン、と可愛らしいウインクを一つ、網代は飛ばした。
(マニュアル、かあ・・・)
話は分かった。
しかし。
「あの・・・どうして私なの?」
「うん?まあ、単純に現状2人しか居ないから、どっちかはマニュアルにかかずらなくちゃいけない、っていうのもあるけど・・・」
「可憐ちゃんが向いとるからや。」
かけられた声に振り向くと、忍足が開きっぱなしにしてある入口扉を、儀礼的にコンコンとノックしていた。
「助っ人のご登場、ね。」
「助っ人・・・忍足君が助っ人?」
「せやで。よろしゅうな、可憐ちゃん。」
「あっ、よろしくお願いしますっ!でも、その、向いてるって・・・?」
「跡部が言うとったんやけどな。可憐ちゃん、成績ええやろ?」
「ええっ!?いやあの、でも、私テストが出来るだけで頭の出来は!」
「それがポイントなんや。可憐ちゃんはよう慌ててもうてるけど、落ち着いてじっくり作業出来るんやったら、絶対ええもん作れる。」
「そう。このマニュアルは、時間はそれなりに取れるし、随時修正も出来るわ。私がやるより、可憐ちゃんが作った方が、絶対良いものが出来ると思うの。とは言っても、可憐ちゃん、テニスの事は知らないって言ってたし、基礎知識が今足りてないのはしょうがないと思う。だから・・・」
「俺がその分をサポートするっちゅうわけや。」
そう言われると、確かに出来そうかな、とは思うが。
「忍足君は練習しなくて良いのっ?」
「せなあかんけど、俺より何倍も練習せなあかん奴がようけおるからなあ・・・。ま、多少はどうって事あらへんやろ。」
「そうなんだ・・・」
それはそれだけ忍足のテニスの上手さを表していると言える。
少々練習を抜けたからと言って、周りに追いつかれるような力量ではないと言うことだ。
今更ながら、すごい人と友達になったものだと可憐は改めて思った。
「・・・うん、分かった!頑張ります!よろしくお願いしますっ!」
可憐の元気の良い返事に、網代はニッコリ笑った。
「そうこなくっちゃね!じゃあ早速だけど、取り掛かってくれる?」
「はいっ!」
「茉奈花ちゃんはどないするんや?」
「私は早速面接ね。侑士君、後よろしく、ね。」
「分かった。ほなな。」
(へえ・・・)
そう言い残すと、茉奈花は今居る部室から去って行った。
面接用に何処か場所を取ってあるのだろう。
「茉奈花ちゃんと忍足君、良い感じだねっ!」
「ん?なんや急に。」
「名前で呼んでたから、仲良いんだなあって。」
「ああ、そうやな。今日1日で距離近うなったわ。」
「同じクラスだっけ?」
「ちゃうねんけど、跡部がな。自分が居らん時の為に代理として話聞いとけとか言い出して、ほんで茉奈花ちゃんがマネのリーダーやろ?決めなあかん事山盛りやねん。」
「ああ・・・」
リーダー会議みたいな事を、おそらく今日はずっとしていたのだろう。
「跡部君がリーダーだと、なんだかやる事いっぱいありそうだね。」
「ほんま人使い荒い奴やで。最終的に俺と茉奈花ちゃん、うんうん言うてるだけやしな。」
目に浮かぶ。
跡部は偉そうだが、言う事の大部分は合理的且つ効果的な事なので、周りは知らぬ間にYESマンになってしまう所があるのだ。
「ほな、早速やろか。」
「うん!」
「先ず確認やねんけど、草案の〆切は3日後やな。」
「ちょ、ちょっと待ってねっ!メモメモ・・・あ、わた、たっ!・・・あーあ。」
器用にペンケースの中身をぶちまける可憐。
笑いそうになった忍足が思わず口元を抑えると、可憐の泣きそうな顔がもっと泣きそうになった。
「うん・・・私が悪いんだけど・・・悪いんだけどね?」
「ごめんな、その、コント見てるみたいでつい。」
「コントって言われたあっ!」
「ぷっ・・・あかんわ、堪忍な。ちゃうで?馬鹿にしてるんやないんやで?」
分かってる。
分かってるけど、分かってはいても複雑な気分なのだ。
「気を取り直していこか。草案の〆切は3日後や。最終案はその2日後やな。」
「草案と・・・最終案と・・・」
「纏めなあかん事やけど、これは通常業務と特別業務やな。通常業務っちゅうんは、日頃からやる仕事の事やわ。」
「ドリンクとかかなあ?」
「せやな。これは俺も教えたるけど、茉奈花ちゃんにも見てもらわなあかん。部員がして欲しい思てる事があっても、実際全部はでけへんから。」
「ふんふん。」
「特別業務っちゅうんは、練習試合とか公式戦とか、合宿の時にやらなあかん事やな。これはスケジュールとかも関わってくるわ。」
「そっかあ。公式戦でもマネージャーってやる事あるもんね。」
「そうやな。・・・頑張るんはええけど、気をつけや?」
「うんっ?何に?」
「公式戦は外出するし、他校の奴もぎょうさん居るからな。迷子になったり、他所の学校のバス乗ってもうたりしたらあかんで?」
「・・・頑張ります。」
「思うてたより返事が自信無さげで怖いんやけど。」
御察しの通り、可憐のその類の前科は枚挙に暇が無い。
遠足でバスを乗り間違えたり時間を間違えたり、うっかり鉢合わせた他所の学校の集団の中に混じってしまったり、小学校の頃はそんなのばっかりだった。
「・・・分かったわ。ほんならこうしよ。」
「え?」
「まだ先の話やけど、学校外で動く時は、なるべく俺と一緒に居り?」
「えええっ!?でも迷惑だよっ!」
「1人で二進も三進も行かへんような事になるより大分ええわ。」
「う・・・」
「返事は?」
「・・・・はい。」
「よし、ええ子や。ほなら次行こか。先ず・・・」
保護者を気取る忍足だが、ラケットを手放して居る時の忍足自身もまあまあボケキャラである。
その事を指摘してくれる人の居ないまま、作業は続くのだった。