Key note - 5/6


「では、本日の練習はこれで終了とする。各自自主練を怠るんじゃねえぞ。」

はい!の返事が響くと、もう部活は終わりの時間。
ばらばらと解散していく部員達を見ながら、跡部は考えを巡らせていた。

氷帝テニス部、始動してからもう3日。

(滑り出しとしてはまあまあだな。)

まだまだ軌道に乗ったとは言い難いが、忍足と網代の存在は嬉しい誤算だった。
あの2人は優秀だ。

「さて・・・もう1匹の方はどうだ?」

もう1匹。
可憐の事である。

今日は草案の提出日だった筈なのだが、ギリギリ迄持ってこないつもりだろうか。

(確か、第2部室を使わせていた筈だが。)

跡部は部室棟を歩き出した。

氷帝学園テニス部には、部室がいっぱいある。レギュラー用のロッカー、一般部員用のロッカー、ミーティングに、雑務に、物置に。
部室は幾らあっても良いものだが、お金持学校はやはり恵まれていると言えよう。

「おい。俺だ。」

と言ってノックするものの。

「・・・・・・・・」

返事無し。

無視か。
良い度胸だ。

「入る、ぞ・・・?」

部室には、可憐しかいなかった。

網代はおろか、忍足も居ない。

そしてその可憐はというと、机に突っ伏してすやすやと眠っていた。

(此奴・・・)

本当に良い度胸だ。
褒めてやろう。
一発お見舞いした後に。

そう思い、つかつかと近づいていく跡部の目に、一冊の冊子が目に止まった。

表紙の隅に、おそらく可憐の字なのであろう、小さい丸文字で「提出用」とある。

(・・・終わらせてはいるのか。どれ?)

そっと、そっと、揺らして起こさないように可憐の右手の下から冊子を抜くのは、跡部の分かりにくい優しさである。

座る事もしないで目を通す跡部の紙を捲る音だけが、暫く部室に響いた。

(此奴は・・・)





「よお出来とるやろ?」



ハッとして振り向くと、コンビニの袋を持った忍足と網代が戻ってきていた。

「何処に行ってやがった、お守りはお前の仕事だろ。」
「ご褒美買いに行ってたんや。起きてる間は質問責めで離して貰えへんからなあ。」
「そ。だから寝てる間にこっそり、ね?」

袋の中にはエクレアが4つと、紙パックのジュースも4つ。

それを網代が机に広げる傍、忍足は跡部の手の中にある冊子を自信ありげに見ていた。

「で、どないや?」
「ふん・・・」

跡部は珍しく、穏やかに微笑んだ。



「・・・良い出来だ。」

本心だった。

これから、どの仕事をマネージャーに振ってどの仕事を部員にやらせるか。
その配分、かかる時間を考えて、浮いた時間がどれ程になるかを考慮に入れてから、本格的な練習メニューを組み立てる。



これは、そのベースになる。

「当然よ。可憐ちゃんが作ったんだもの。」
「何故お前が威張る。」
「えっへん。なんてね?」
「まあ、まだ多少調整はあるさかい。それは明日から頼むわ。」
「ああ。」
「それから、もう1つやねんけど。」
「あーん?」
「褒めたって、可憐ちゃんの事。」
「は?」

跡部はわけがわからないが、網代は忍足の意図を察して「ああ・・・」と呟いた。

「可憐ちゃんな。やる気も勿論あるんやけど、なんちゅうか・・・追われてるんや。」
「追われてる?」
「自分はドジだしテニスの事何も知らないから、って言うの。跡部君に認めて貰ってるっていう実感が足りないのよ。」
「・・・そういう事か。」

強迫観念にせっつかれ乍ら作業していた、という事なのだろう。
そうしてギリギリ迄頑張って、寝不足になってバタンキューというわけだ。

「ジローと足して2で割ったら良い塩梅なんだがな。」
「ふふっ。そうだね。」



「さて・・・寝かしてあげたいのは山々やねんけど、そろそろ起きいな、可憐ちゃん。」
「ん・・・・」
「可憐ちゃん。風邪引くで?」
「う・・・ん・・・?」

ゆるゆるゆる、と瞼を上げると、忍足の端整な顔がぼやけた視界の向こうに見える。

「忍足・・・君・・・?」
「おん。跡部が来とるで。」
「来てる・・・?跡部、君・・・が・・・!?」

意識が急速に引き戻った。

いけない。
出遅れた。

「えっ!!えっ!?え、あと、あと、跡部君っ!?」
「いちいち騒がしい奴だな。」
「ご、ごめんなさい!じゃなくて、あの、これっ!出来たから見て欲しくて・・・あれっ!?此処に置いてあったのにっ!?」
「もう見た。」
「えええっ!?」



「侑士君、笑っちゃ駄目。」
「向こう向いてるやん、許したって?」

「あの、ごめんなさい気づかなくて!」
「全くだ。」
「あうう・・・!」

「まあまあ、良いじゃない。で?部長様、何かコメントは?」

桐生が少し上体を引いた。
何かキツいお言葉を貰うのではと無意識に警戒しているのだ。

跡部はその態度にも溜息を禁じ得ない。

ちょっと脅し過ぎたかもしれない。



「良く出来てる。」

良く。
出来てる。



言葉の意味を咀嚼すると、可憐の顔がパアッと華やいだ。

「ま、100点満点中90点って所だな。」
「逆にその残りの10点なんやねん。」
「居眠りの分だ。」
「あう、ごめんなさい・・・」
「もうっ!ケチな部長様ね!」
「ケチなもんか。良いか桐生、お前は1つ勘違いをしてる。」

跡部は添削を終えた草案用冊子を可憐に返しながら言った。

「勘違い・・・?」
「この部の部長は俺だ。従って、部員は俺の決定に従う義務がある。」
「・・・・うん。」
「だが・・・それと同時に俺はお前達部員を守る義務があるんだ。」

(え?)

冊子から顔を上げると、思いの外穏やかな眼差しの跡部が真っ直ぐ可憐を見ていた。

「過度な無理はするな。
お前は氷帝学園テニス部の一員なんだという事を忘れるんじゃねえぞ。」



跡部の言葉は、じわじわと水が染みて行くように可憐の心に浸透していった。

これって、そういう意味だよね?
認めて貰えてるんだよね?

可憐がそう思っている事が手に取るように分かってしまって、忍足は又微笑んでしまうのだった。

本当に顔に出る子だ。

「・・・さて!じゃあお待ちかねのデザートタイムと行きましょうか。」
「えっ?」
「買って来たの!可憐ちゃん、エクレア好き?」
「大好き!」
「やったあ!あ、ジュースどれが良い?折角だから色々買って来たんだけど・・」
「えっと、えっと、」
「全く・・・言えば取り寄せてやった物を。」
「跡部、金持ちなのが悪いとは言わへんけどな?もうちょい、庶民の感覚っちゅうもんも知るべきやで。」



わあわあ騒ぎながら破られるビニールの音。
この日、氷帝テニス部の部室は、
何時もよりちょっとだけ遅く電気が点いていたのだった。