Reason 5 - 4/5


「行ーけーるさー、All rightー♪」

さっき聞いた曲を早くも丸暗記して歌いながら、紀伊梨は家路を進む。
良かった、早めに時間の事を思い出せて。
この分なら必死にならなくても、家にはそこそこの時間で着くだろう。

などと油断しているから、電柱にギターをぶつけるのである。

「うおっ!?ちょ、ちょ、ちょっと待っ!」

背中のギターが急に何かに引っかかった感触がして、しかし自転車は急に止まれないのでバランスを崩す。
いかん。これはこける。

「・・・およ?」


「自転車で移動する時はスピードを出し過ぎるな。」


すんごく聞き知った声音。

「おお!やなぎーありがとー!」
「ああ。」

ギターを支えてくれたのは、柳だった。

柳本人は正真正銘偶々通りすがっただけだったが、あのスピードとルートでは多分ギターをぶつけるなと思ったら案の定である。

「だが、もう少し気を付けた方が良い。何時いかなる時も誰かが助けてくれるわけではないんだ。」
「う・・・はーい、ごめんなさい・・・」
「それから、急いでいる時ほど慎重になるくせを付けろ。前回もお前は俺と廊下でぶつかった。」
「ごめんなさい・・・」
「メソポタミア文明の発端となった川は?」
「インダス川・・・」
「不正解だ。」
「え?あ!ちょっと待って、今のボーっと答えちゃったんだって!いきなり問題出すの止めてよう!ええとあの、あれ、あれ、えー・・・チグリス川!」
「と?」
「と!?えー、えー、あのー・・・」
「・・・・」
「あの・・・・」
「・・・・」
「・・・ごめんなさい!」

想定の範囲内。
柳は苦笑ではなく可笑しさゆえの笑みを零した。

「ユーフラテス川だ。」
「あー!そうそれー!」
「しかし、早くも零れ出しているようだな。」
「あう!」
「人間と言うのは、諸説はあるが最低限4回はその事を学ばなければ暗記できない。問題集にもっと取り組む事だ。」
「うー・・・」

とは言いつつ、やりたくないんだろうなという事は柳も分かっている。
その背に負っているギターが何よりの証拠。
机に向かう暇があるんなら、ギターと戯れていたいのだ。

完全に自転車から降りて押し歩き出した紀伊梨と柳は、夕日に照らされながらゆっくりゆっくり帰路に着く。

「今日も練習か?」
「ううん!ライブハウスに遊びに行ってた!」
「ほう。」
「あ!そーだやなぎー、教えて欲しいんだけど!」
「なんだ。」
「願掛けってなーにー?」

結局小田桐の説明では理解しきれなかった紀伊梨。
結局願掛けとはなんだったのだろうか。

「何か、自分でルール作るおまじないって聞いたんだけどー。甘い物我慢して太りませんよーに!って願うのは違うって言われたんだよねー!同じじゃないの?どー違うの?」
「ふむ・・・」

何から言ったものだろうか。

「そもそも、ルールと言うのは作ればなんでも良いと言うものではない。」
「そうなの!?」
「ああ。願掛けの起源は、神への信仰が始まりだ。神に生贄を・・・つまり何かを供える事で、願いを叶えてくれと祈る。それが元になっている。」
「ほえー・・・」
「従って願掛けするには2つ、条件が必要だ。」
「ほうほう!」
「先ず1つ。程度の差はあっても良いが、負の感情を伴う事。苦しい、辛い、面倒くさい、そう思える物でなければいけない。神に何かを差し出す代わりに願いを叶えてくれ、と頼むのだからな。例えばそうだな・・・1日1つは飴玉を食べる、などというルールは、願掛けとは言えないわけだ。」
「そんなの難しくないからって事?」
「ああ。」

今は紀伊梨に分かりやすいように言ったが、これが甘い物大嫌いな人ならばそれは十分願掛けとして通用する。
要は、自分にとって+に働かない事が重要なのだ。

「そして、もう1つ。先にお前が言った例は、この2つ目の条件が抜けていたわけだが。」
「うんうん。」

「ルールと成果の間に、科学的な根拠を求めない事。これが2つ目だ。」

「???」
「甘い物を我慢したとしたら、体重は増えると思うか?」
「え?減るでしょ?」
「そうだ。甘い物を減らしたら体重は減る。これは当たり前の話だ。そして当たり前のことを願掛けという事は出来ない。一日何時間勉強をすればテストで良い点が取れる、何時間練習したらスポーツで良い成績が残せるというのも似たようなものだ。これは願掛けではなく、努力という。」
「・・・・・・」
「どうした?」

疑問ではなく、納得いかない、の顔になる紀伊梨。

「努力じゃないのー?だって、嫌な事頑張ってるんでしょー?」
「その嫌なルールと、欲しい結果の間に関係があってはいけないんだ。それは願掛けにはならない。」
「なんでー?」
「五十嵐。そもそもお前は、何故人が願掛けをするのか分かっているか?」
「ほ?」

何故。
何故人は願掛けをするのか。

「えー?何か叶ったら良いなって事があるからっしょー?」
「叶えたい事があるからといって皆が願掛けをするわけではないだろう。何故願掛けしようという結論になると思う?」
「えー・・・」

紀伊梨は空を仰いだ。

自分なら。
もし自分が願掛けしたいと思う時が来るとしたら、どんな時だろうか。

「・・・・うーー・・・?あ!今日の晩御飯、ハンバーグが良いなって思う時とか!」
「正解だ。分かっているじゃないか。」
「おお?」

「人が願掛けをする時。それは、自分の努力ではどうにもならない問題を解決したいと思う時だ。」

例えば、五十嵐家の今日の夕食。
目黒のバンドのメンバー。
紀伊梨が幾らハンバーグが良いなと思っていても、目黒が幾ら好きな男子にバンドに加入して欲しいと思っていても、実際にどうするか決めるのは紀伊梨の母、皐月であり、目黒に慕われているその男子なのである。

「そういう、自らの努力の範囲の外にある問題を、どうにか自分が努力する事で叶えられないか。そういう時に願掛けと言うものは手助けになる。行うべき努力に加えて、余計にルールを作って守ろうと努力する事で神に成功を願うわけだ。」
「・・・おおおー!なるほどー!」
「分かったか?」
「うん!つまり紀伊梨ちゃんは、今度のテストの為に何か願掛けするべきなんだね!」
「努力が先だ。」
「もうしたよーー!十分しましたー!」

わーーーーん!と通りで天を仰ぐ紀伊梨。
柳はそれを見て、また微笑みを零した。