今日、千百合は植物園内の土産屋にも寄ろうと考えていた。
ただ、土産屋は室内である。
そして室内には煌々と電気がついている。
こんな真っ赤な顔他人に見られたくないと思って顔の熱が引くのを待っていたら、土産屋への入店が可能になった時にはもう空は紺色の方が大きくなっていた。
「はー・・・」
「疲れたかい?大丈夫?」
「大丈夫・・・」
体力的には全然平気である。
辛いのは精神的にだ。突っ込まれたくないから言わないけれど。
「あ、そうだ。精市。」
「うん?」
「あの・・・あ、良いや。お土産屋さんに入ってから言うわ。」
そう言って入ったショップは、やっぱり白色LEDががっちり辺りを照らしていて、スタッフの女性のいらっしゃいませーの声が聞こえてきた。
「何か、買いたいものがあるのかい?」
「ん。皆にお菓子。1人1個づつで。」
「なら俺も半分出すよ。ええと、人数が・・・」
「それでね、精市。さっきの話の続きなんだけど。」
「うん。」
仕事を選ばない女帝、キテ/ィさんのストラップを横目で見やりつつ、クランチチョコとかサブレとかの類をぼちぼち手に取りながら千百合は切り出した。
「今日のデートとかもそうなんだけど、テニス部の連中って精市と私の事お膳立てするのがテニス部の為だって本気で思ってるの?」
ずーっとずーっと聞きたかったのだ。
幸村に聞いても仕方がない面もあるけれど、聞かずには居られない。
部員の面々に聞こうとしたあの時は結局、棗に遮られて言い切れなかったし。
これは重要な事である。
恥かしいから止めてとか、そういう事じゃない。もっともっと根本的な真面目な話だ。
(千百合・・・・)
幸村は思わず微笑んでしまう。
「・・・ちょっと、何笑ってんのよ。」
「千百合が好きだなと思って。」
「は!?」
「嬉しいんだよ。俺の事を分かってくれてるのが。」
(・・・ってことはつまり、)
千百合の意見は幸村の意見と一致している、という事だ。
「そうなんじゃないかって、薄々感づいてはいたんだけどね。話が長くなるからあの場では言わなかったけれど、あれでハッキリした。」
「何を。」
「皆、俺の頭の中では千百合とテニスが完全に1つだと思ってるんだ。だからああいう発想が出て来るんだよ。」
例えば、自転車の前輪が壊れたとしよう。
しかし、だから後輪も同時に壊れるかと言われたら、そんな事は無い。前輪の不調と後輪の不調の間に因果関係はないからである。
幸村にとってのテニスと千百合も同じだ。
千百合との仲が上手く行く事と、テニスで調子が良い事は、どちらが欠けても走れなくなるが反面2つの事の間には関係が無い。少なくとも幸村にとって。
でも、他の皆は軒並みそう思っていないのだ。
「一度はっきり言っておいた方が良いんじゃない?」
「そうだね。勘違いされたままっていうのも困ったものだし。」
それはそれで、これはこれ。
その極端なまでのバッツリとした分かれ方は、偏に幸村の愛の重さに寄るものである。
千百合の事を愛してる。
テニスの事を愛してる。
だからその昔、千百合と付き合う事になる直前にいざこざが有った時でも、コートに立てばテニスの事しか考えられなかった。
同じように、テニスで少々練習が捗らない時でも、千百合と過ごす時は千百合の事で頭がいっぱいになる。
深く深く、何より誰より愛しているからこそ千百合とテニスは幸村の中で相互に不可侵なのであって、千百合はその事を知っていた。
教えて貰わなくても分かっていた。幸村ならそう考えている筈だと。
だから先日テスト勉強の時、皆から「幸村の為に、テニス部の為にデートに行ってくれ」と言われた時、お前らは一体幸村の何を見て物を言ってるんだと千百合は聞きたくて堪らなかった。
デートに行く事がテニス部の為に繋がると本気で思っているのか。もしそうなら今すぐ認識を改めて欲しい。
「俺や部の事を気遣っての事だっていうのは分かるんだけど、いざ口に出して言われると結構驚いたかな。皆俺が、あれを喜ぶと思っていたって事だから。」
「精市、もう少し私よりテニスが好きですアピールとかしてみたら?今回みたいな事は無くなるかもよ。」
「それはそれで誤解を生むよ。実際、本当の事ではないしね。俺は千百合もテニスも同じくらい大切だから。」
「ううん・・・」
でもこっち方向に誤解されるより良いんじゃないだろうか、と千百合は片手にチョコクランチ、もう片手に苺チョコクランチを手にしながら思った。
「でも、いずれにしろ機会を見て話はするよ。俺と千百合だけの問題でもないし。」
「?どういう事?」
「・・・言うなれば身内の恥だからあまり言いたくはなかったんだけれどね。居ない、とは言い切れないんだよ。異性関係のいざこざを部に引きずったまま活動している人が。」
「あー。」
「テニス部だけの話でもないけれど、なんなら部活動しているその場で揉め事が始まる事もあるらしいから。」
「おかしくない?」
「残念ながらね。」
幸村は、自分みたいに割り切りきれない人間が居ても仕方がないとは思う。
先日の真田のように家族間でトラブルがあったり、友人間での喧嘩や勉強、家庭面での事など、思春期が抱える突発的な悩みは枚挙に暇がない。
ただ、とりわけ恋愛に関するあれこれの何が面倒と言って、とかく長引きがちなのだ。
おまけに多くの場合当人達は同じ学校というフィールド内に居るのであって、いやでも顔を合わせねばならない状況に陥りやすい。
それに加えて生徒の人数が此処まで多いと、「お前らこんな時にこんな所で修羅場るなよ・・・」と周りが突っ込みたくなるような事案がそこそこの頻度で発生するのである。
「1年生はまだ其処まで人間関係が出来上がりきっていないから、然程心配は要らないんだけれどね。2年、3年生が絡んでくると、そうもいかないんだよ。」
「うええ面倒くさ・・・」
うんざり、な顔を隠そうともしない千百合に、幸村はくすっと笑う。
千百合は面倒な事が嫌いだ。
それは昔からずっとそう。
ただ、それはそれとして心のどこかで「しょうがないか」と思ってもいる。
自分達だって、その面倒くさい事を経て今こうしてお付き合いしているのだから。
「今は偶々俺達の周りにはそういういざこざはないけれど、これから先も無いとは言い切れないし、そういうのを部に持ち込むなっていう話をするには良い機会だったかな。」
「地区予選始まるしね。」
「その内夏休みも始まるんだよ。」
「・・・そっか。」
なんだかまだまだ先の様な気がしているけれど、ふと気が付くと2ヶ月後には夏休みだ。
やる事も沢山あるし、幸村達の方も気になるし・・・という風に毎日過ごして居たら、多分思っているよりあっという間だろう。
「今年の夏は。」
「うん?」
「どんな夏になるかな。」
中学上がってから初めての夏。
既に身の回りでは環境が変わった事による変化があれこれ起き出しているが、そんな状態で迎える月単位での大型連休。
紀伊梨は毎日遊んでも遊び足りない勢いではしゃぎまわるだろう。
紫希は1人で小さく計画を立てて、夏の間にあれは済ませたい、とか考えていそうだ。
棗はどうでも良い。考えても推測できないから考えるだけ無駄だ。
千百合がお土産をアロエクッキーに決めて手に取った時、幸村は優しい笑顔で返事をした。
「きっと、楽しくなるよ。」
それは確信。
自分達ならきっと、輝かしい夏を送れるという予知にも似た。