Set conditions - 6/8


ストリートテニスのコートに向かって、可憐と忍足はもうそろそろ日も沈もうかという暗さの道を歩く。

「忍足君、道場破りって・・・」
「さっきの電話な。ケンヤからやってんけど。」
「大阪の従兄妹さんだよねっ?」
「せやねん。今四天宝寺中学いうところで、テニスやってんねんけどな。」
「四天宝寺中学っ!あそこも強いよねっ!」
「流石、よう知っとるな。」

西の名門、大阪は四天宝寺中学校。
ごっつ面白く、ほんまに強く。勝ったもん勝ちや!を信条として掲げる、浪速の全国大会常連校である。

「えへへっ!それで、四天宝寺中学?の人が来たのっ?」
「せやねんけど、ちょっと話がその辺よう分からんねん。」
「?」
「順番に話すわ。従兄弟のケンヤのクラスに、桃崎大地いう奴が居ってな。どっちかいうと穏やかな方で、スポーツもまあまあ下手とは言わへんけど、演出家志望で舞台の脚本読んどる方が好きみたいやな。」
「へえ・・・」
「けど2週間くらい前に、そいついきなりケンヤに言うてきてんて。「俺にテニスを教えてくれ!」て。」
「ええっ?い、いきなりだねっ?」
「せやろ。周りもいきなり何言い出すんか思うたらしいわ。」
「じゃあ、その桃崎君もテニス部なのっ?」
「それがちゃうんや。」
「はいっ!?」
「テニスには熱心らしいねんけどな。部活は時間取られるし入られへんとか言うてるらしいわ。」
「えええええ・・・!?」

言ってる事とやってる事が乖離してねーですか、と思わず言いたくなる可憐。
多分皆そう思っているのだろう。

「テニスは教えて欲しい、そのくせ部活には入りたない。お前一体何がしたいねん、ってケンヤが聞いたらな。」
「うん。」
「どう返ってきた思う?

なんと吃驚、「跡部景吾にテニスで勝ちたい」やて。」

「・・・・・!?!?」
「ひっくり返るやろ。今の今迄テニスの「テ」の字も知らんかったような奴がいきなりやで。」

もし仮に、日本に居る中学生テニスプレイヤーを全員集めて実力順で並べても、間違いなく上から数えた方が早い。
跡部景吾の強さと言うのは、そういうレベルなのである。

「あんまりこういう言い方は好きやないけど、正直無謀もええ所や。」
「うん・・・残念だけど、そうだよね・・・」
「ケンヤも跡部が強いのは方々から聞いて知っとるしな。それでも食い下がってくるから、教える事は教えてたらしいねんけど。」
「けど?」
「なんやよう分からんねんけど、めっちゃ焦ってるらしいねんわ。もう勝てそうか、何時まで練習したら良いんや、って。」

謙也自身せっかちな方なので、多少気が早いのは「その意気や!気合入れてもうちょっと頑張ろな!」で済むのだが、その謙也でさえ度を越して居ると判断せざるを得ない焦りぶり。

「それであんまり急くもんやから、そんなんやったら一遍東京行ってやってみたらええわっちゅう事でな。」
「東京まで来たのっ?」
「おん。まあほんまは跡部と試合したいんやろうけど、彼奴はもう帰ってもうてたし。でも、気の毒やけど俺とやってみて勝たれへんようやったら、跡部に勝つのは夢の又夢っちゅう所やわ。」
「それで道場破りかあ・・・」
「まあ、道場破りいうか跡部破りいうか。」

いきなり明らかに格上と相対すると言うのも、なかなか心折れる成り行き。そういう意味では相手が跡部だろうと忍足だろうとあまり差は無い。
謙也は電話で言った。彼奴は一度実力差と言うものを体感せねば、納まりそうにないと。

「でも、どうしてそんなに跡部君に拘るんだろうねっ?」
「ケンヤも聞いたらしいねんけど、言われへんの1点張りやったみたいやわ。」
「そっか・・・それじゃあ、私達が聞いても多分駄目だね。」
「やろなあ。」

伝聞でしか情報は無いが、こう言うと気の毒だがまあまず負ける事はなかろう、という思いは可憐の内にも忍足の内にもある。
ただ、結局その桃崎なる人物は何がしたくてわざわざ東京迄出て来たのか?
それが今一つ解せないまま、2人はコートに到着した。

「さて、ここに居る筈やねんけど・・・」
「あ!あの人じゃないかなっ!」

ストリートテニスのコートの傍のベンチ。
其処に座って、所在無げにキョロキョロしている男子が1人。
傍らにあるテニスバッグは真新しくて、如何にもこの間買ったばっかりなんですと言わんばかりだ。

「みたいやな。なあ、自分。」
「へ?」
「四天宝寺の桃崎か?」

当たりだったらしい。
彼は急に気合に満ちた目つきになった。

「せや。お前は跡部・・・とちゃうな。謙也君の従兄妹か。」
「正解。忍足侑士や。よろしゅうな。」
「おん。よろしゅう。わざわざ来てもろうてすまんな。」
「別に構わへんよ。」

(なんだか変な人だなあ・・・)

可憐はそんな印象を受けた。
桃崎自身が変、というより、なにかちぐはぐな印象を受ける。
言葉遣いや雰囲気から穏やかさが伺われるのに、何か精一杯虚勢を張っているような、強がっているような。

「・・・そっちの子は?」
「あっ!ひ、氷帝テニス部マネジの、桐生可憐ですっ!」
「ふうん・・・」

桃崎は可憐をまじまじと見た。

「・・・2人は付き合うとるん?」
「えっ!?」

いきなり何を言い出すのだろうか。

違う、と言いかけた可憐を、忍足は手で制した。

「まあ、そんなようなもんや。」
「・・・そうか。大事にするんやで。」
「おん。」
「ちょっと、おし・・・」

(・・・忍足君?)

忍足は人差し指を唇に当てた。
静かに、のジェスチャーに、ラケットを取り出す為背を向けている桃崎は気づいていない。

「ほんなら、女の子も居る事やし。遅くなったらあかんからちゃっちゃと済まそか。」
「せやな。可憐ちゃん、悪いけどコール頼めへん?」
「あ、うんっ!」

ちょっと緊張しながら、可憐はネットにほど近いベンチに座った。

「・・・サーブ、貰てもええ?」
「ええで。」

さあ。
試合開始。