「それではこれより、シングルス3の試合を執り行います!赤潟第三、月森三代対ーーー
ーーー立海大附属、幸村精市!」
「幸村!?」
「幸村君!?」
「やったー!ゆっきーの出番だーって、どったの紫希ぴょん?なっちん?」
「いや危なくね?普通に考えて危なくね?」
「???」
「シングルス3か・・・」
ビードロズ達は、両校がこのシングルス3が実質勝敗を決する試合となっている事を知らない。
赤潟第3は普通に普通のオーダーの組み方をしていると思っており、それ故シングルス2の選手はあの月森とかいう選手より強く、シングルス1はそれよりも更に強いのではと思ってしまうのだ。
一方逆に、観戦している他校勢は、成り行きを分かった上で幸村を懐疑的に見て居た。
「おい、あの幸村って奴・・・」
「ああ、前の対戦でシングルス1だった奴だぜ。」
「強いのか・・・?」
「いや、逆に弱いんじゃねえのか?」
「え?」
「ほら、今年の立海は1年生を3人も入れてるだろ?つまり立海も赤潟第三と同じく、ダブルス2つとシングルス1つで勝負したかったんじゃないか、って事だよ。」
瀬良中との試合は、特に何をしなくても向こうが自滅してシングルス1、2を終えたので、幸村と真田の実力の程は誰も目の当たりには出来ていなかった。
柳が強い、という事は誰の目にも明らかになったが。
「つまり、あの柳って奴が特化して強くて?」
「後の2人はそこそこなんじゃねえかな。」
「成程。それでダブルスは2つ取る予定だったから、あの柳とかいう奴をシングルス2に据えて、赤潟第三のスカウト選手が出て来るシングルス3を避けたものの・・・」
「ダブルスを取られたから、彼奴まで回らなくなってくる可能性が高まってしまったと。」
「うーん、しかしよりにもよって赤潟第三に向かってダブルス勝負とは・・・」
「王者立海、気でも触れたのか?」
全然違いますけど。
と突っ込みたいのを、立海の観戦勢は必死に堪えている。
「面白い位勘違いされとるのう。」
「まあ、無理もないさ。」
「さっきの試合じゃあな。」
言葉にするほど馬鹿じゃないけれど、さっきの瀬良中とのシングルスは端的に言って酷かった。
あんなの真田や幸村じゃなくても、それこそ立海の1年を適当に2人選んで対戦させても勝っただろう。そういうレベルだった。
5試合やらねばならなかったから、一応やったけど。
「ま、直に分かるだろい。」
「ああ。」
「ケロ。」
「Which?」
「Smooth.」
カロ、とラケットが転がって、月森のサーブ。
ラケットを拾い、定位置に向かおうとした幸村の背に月森の声がかけられた。
「可哀想になあ。」
ピタリと止まる幸村の足取り。
「・・・それは俺に言ったんですか?」
「他に誰が居るんだよ。青白いもやしっこさんよ。」
「・・・可哀想とは。」
「立海の不作加減だよ。お前みたいな雑魚を入れざるを得ないほど、今年の立海は人材が足りないらしい。ハン!王者も地に落ちたもんだな。」
「・・・・」
「言っておくが、薄幸の美少年ちゃんが相手でも俺は手加減はしねえ。精々怪我しないようにしな。」
幸村は怒らなかった。
無視もしなかった。
ただ、微笑んで言った。
「自分を奮い立たせる作業は終わりましたか?」
ぴき。
と月森の額に青筋が立った。
「てめえ・・・」
「さあ。試合を始めましょう。」
幸村は涼しい顔でレシーバーの位置に立った。
「ゆっきーこあーい。」
「へ、平気でしょうかあんな事を言って・・・」
「煽るねえw」
「別に煽ってないわよ。」
あれは素である。
「プレイ!」
ポン、ポンと月森がボールをつく。
(あの野郎、舐めやがって・・・!)
どうするか。
月森は直ぐに決めた。
奇襲だ。
「・・・うらあ!」
「ちょ、」
「えええーーーっ!!!」
「あ、あのコースでは・・・!」
「・・・精市!」
真っ直ぐ。
真っ直ぐ。
月森のサーブは、幸村の顔面を真っ直ぐ目がけて飛ぶ。
「いけええーーー!」
幸村の端正な顔に向かってボールが近づく。近づく。
あんな細腕では、返そうとした所でままなるまいと月森が返球する構えを一応取ろうとした。
その時。
ドッ!
「・・・・・え?」
月森が斜め後ろを振り向くと、何故か其処に。
コートにボールの跡が。
「・・・・・・」
「あの、すみません。」
「へっ?」
「お手数ですが、僕のポイントです。コールを。」
「あ!ええと、15-0!」
審判はやっと開ききっていた口を閉じた。
歓声すらも上がらない。
立海の者以外、何が起こったのか処理できていない。
月森さえも。
(・・・なんだ!?いつ返された!?あんな奴に、こんなスピードのあるショットが出来る筈ーーー)
「吃驚したな。」
幸村の柔らかな声がコートに響く。
「打球が予想より5倍は軽い。そんなに無理して力を入れなくて良さそうだ。」
「な・・・・!」
千百合を見つめる紫希。
同じく千百合を見つめる紀伊梨。
千百合を見つめつつ、幸村を指差す棗。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・今のは煽ってる。」
「流石幸村だ。隙が無い。」
「ああ。相手はすっかりペースを乱されている。」
幸村精市は油断しない。
勝つために使える物は全て使う。
煽って来る者は反面煽り返した時に乗ってくる性格が多い。
その事を加味して煽り、頭に血を上らせ、調子を狂わせる。
そんな事しなくても勿論勝てる。
でもする。
勝つ為になる事なら、不要な事などない。
だから2人は、皆は、幸村を安心して見て居られる。
「30-0!」
「40-0!」
「ゲーム立海!1-0!」
月森の今の心情を正直に言うならば、「訳が分からないままいつの間にか1ゲーム取られていたでござる」とか、大凡そんな具合に落ち着くだろう。
「どうした月森!サービスゲームだったんだぞ!」
「動けー!」
(ちっ!好き放題言いやがって・・・!)
動けと言うが、動こうと思ったら打球を見なければいけないのである。
どっちに飛ぶか見て、それを追って動くのだから、逆に言うと打球のスピードに目が追いつかなければ動けないのだ。
憤懣遣る方ない思いで、サーブ権が移った幸村がポンポンとボールをつく姿を月森は睨みつける。
「ああ、そうだ。」
「あ?」
「俺は顔は狙いませんから、安心してください。」
月森は血管が2、3本切れた音がした。気がした。
「・・・はっ!」
「てめえええーーー!」
返した!
と観客席や方々から声が上がった。
(へえ・・・返してきたか。)
「なら、これはどうだい?」
「来い!迎え撃ってや・・・!?」
待て。
このコースは。
「く・・・そがあ!」
月森は根性で返そうとした。
だが結局失敗に終わり、その場に転んだ。
「り、立海の彼奴今・・・・」
「ああ、足元をピンポイントで狙いやがった・・・!」
例えば、顔も。体のどこでも、自分に向かって来る球は返球の難易度が上がる。
避けると間違いなくポイントになってしまうし、かといって慣れないままに無理して返そうとしても、ご覧の有様である。
「どうします?」
「何!?」
「足元の処理が苦手なら、次からは止めておきますが。確実にポイントを取りたいですが、怪我をさせるつもりはないので。」
完全にいいようにされている。
止めておきますね、と言って戻って行く幸村の悠々とした後姿に、
月森は怒りを通り越して泣きそうだが、試合は終わらない。
どんなに一方的でも。
もう勝敗はついたと、100人が100人共思っていたとしても、6ゲームどちらかが先取するまで試合は終わらない。
試合はまだ、終わらない。