「さて・・・この辺りで良いかしら。」
華村と幸村は会場の端の方、人気のない所まで来ていた。
「幸村君、ごめんなさいね時間を取らせて。改めまして、初めまして。私は華村葵よ。城成湘南学園テニス部の顧問を勤めています、よろしくね。」
「やはりそうでしたか。」
「あら、知っていたの?」
「はい。対戦校のデータは一通り揃えていますのでお噂はかねがね。」
「まあ、光栄だわ。」
華村は美しいと表現して差支えない微笑みを浮かべた。
「それなら、話は早そうね。端的に言うわ、幸村君。」
「はい。」
「我が城成湘南学園に来ないかしら?」
ほうら、来た。
と、幸村は内心で思ったし、この場に他のメンバーが居ても同じ事を思っただろう。
勿論華村も、自分の評判を聞いているという事は転じて自分のやり方も聞いている筈、と心得ていた。
アピールは此処からだ。
「城成湘南は、ドイツ発祥の「コーディネーション」という理論を採用しているの。」
「コーディネーション。」
「ええ。1人1人ごとに違ったメニュー、訓練、プログラムを採用して、全国に通用する選手を作り上げる。」
「・・・作る?」
幸村でなくても、この言葉に引っかかる者は多い。
華村はクス、と笑った。
「誤解されがちな言い方なのは自覚しているわ。でも、私は敢えてこの言葉を使っているの。選手である、本人達が持っている能力。素質。性格。それらの「素材」を、城成湘南という最新の設備が整った最高の「アトリエ」で、コーディネーション理論という今迄に無い新しい「ツール」を駆使して、選手を育成ーーーつまり作り上げる。これは最早「作品」、芸術と呼んでも差支えないと思わない?」
「・・・・・・」
「そして君はその中でも、あらゆる賛辞を枕詞に入れても足りない程の一級品。ナンバーワンにしてオンリーワンになる事が出来る、それだけの逸材。最高のマテリアルだわ。」
方針にクセがあるとはいえ、華村は良い選手を見抜く目は持っていた。
磨けば光る原石は、何処に転がって埋もれているか分からない。だからこそ、小さな大会であっても優勝した選手のデータは必ず見たし、方々のスクールに常にアンテナを張り巡らせていた。
「もし君を私の手で完成させることが出来たなら、日本のテニス界を一気に塗り替える位の偉業になる。私にはその確信があるの。」
「・・・・・・」
「今すぐ決めてとは言わないわ。勿論、この場でYesと言ってくれたら嬉しいけれど・・・君の実力は、さっきの赤潟第三との試合の中で、見る事が出来た。でも、逆にこちらの力量を見せないで考えてくれと言っても、それはフェアとは言えないものね。」
「それは、決勝が終わったら返事が欲しいという意味でしょうか。」
「いいえ。関東大会の後で構わないわ。」
「・・・どういう意味ですか?」
「はっきり言うわね。次の決勝戦、うちは負ける。」
華村はあっさりと言った。
「オーダーも、レギュラーは出さない。君達立海は、悠々と勝利を納めてくれて一向に構わないわ。」
「作戦ですか。」
「ええ。地区予選は2位までの2校が県大会進出を許されているし、関東大会も、神奈川県からは4校まで出場出来る。優勝しなくても先へ進むことが出来るなら、徒にレギュラーを出してみすみすデータを取らせたくはないの。」
「そして、レギュラーを投入して本腰を入れるのは関東大会及び全国大会である。だからそれを見てから考えて欲しい。そう、言いたいんですね。」
「御明察よ。頭の良い子は好きだわ。」
華村はより一層笑みを深くした。
「話はこれで終わりよ。ごめんなさいね、お友達との食事を邪魔してしまって。」
「いえ。」
「あら、そういえば女の子も何人か居たわね。もしかして、好きな子でも居たりするのかしら?」
「華村さん。2つ、お伝えしたいことがあります。」
「・・・なあに?」
「先ず、俺は立海から出ません。」
幸村はそれはもうはっきりと言った。
「関東大会が終わっても。仮定の話ですが、例えばもし、関東大会で立海が城成湘南に敗北する事になったとしても、俺はそちらの選手になったりしない。」
「・・・理由を聞いても良いかしら。」
「俺は貴方の理念に沿えません。城成湘南の空気や方針は、俺には合わないでしょう。」
「それは、うちの方針で本当に強くなれるか疑っている・・・というわけではないのね?」
「ええ。断っておきますが、俺は城成湘南の信念は、それはそれで良いと思っています。勝つ事に重きを置いている所等は、どちらかというと好ましい位。俺はテニスで勝つのが好きです。勝利できないテニスに、意味は無いと思っていますから。」
「なら、何故?」
「俺は、他の誰かに俺のテニスを仕上げられたくありません。勝つ為に何が必要で、どういうテニスを目指すべきか。それを俺じゃなく貴方が決める城成湘南の環境は、正しいだとか正しくないだとかではなく、俺が好ましく思えないんです。」
そして好ましく思えないなら、その引っ掛かりを感じている感情そのものが成長の足枷になってしまう。
幸村は齢12にして、己と言うものを深く知っていた。
自分にとって何が最善なのか、常にそれを見抜く力があった。
「・・・そう。2つ目は何かしら?」
「先程、仰った事です。」
「?」
「あの中に好きな子でも居るのかと尋ねられましたよね。」
幸村は柔和な微笑みで言った。
「確かに居ますが、好きな子ではなくて、大切な恋人なんです。間違えないで下さい。」
大好きな人。
この世でたった1人の、最愛の女の子。
ああ、急に戻りたくなってきた。
早く千百合と、皆と昼食が食べたい。
「では、俺はこれで。」
「・・・ええ。またね、幸村君。」
ジャージを翻して、躊躇いの無い足取りで去って行く幸村の背を、華村は見送った。
「・・・・・・」
幸村精市。
彼は逸材だ。
勿論さっき言った通り、声をかける前からそうだとは思っていた。
でも、今はより強くそう思う。
あの、ただならぬ意志の強さを秘めた瞳。
彼を「コーディネーション」出来れば、自分の中学生男子テニスのコーディネーターとしてのキャリアは、それだけで完成するのではないかと思える程。
(他にも何か手は有る筈よ。今回は断られたけれど、違うやり方が。)
此処で引くにはあまりに惜しい。
大手が駄目なら搦め手だ。
「・・・まだ私は、貴方を諦めないわよ幸村君。」