「おい!」
宍戸が声をかけると、木崎はビク!と1度肩を引き攣らせて振り向いた。
「なっ・・・!何よ、又あんた!なんなのよ!」
「何よじゃねえよ。お前がコートに居なかったから、迷子かと思って探しにきてやったんだろうが。」
「頼んでないわよ!私1人で行けるんだから!」
「そっち、逆だぜ。」
「く・・・!」
此処で素直に着いて来てくれれば良いのだが、まあそうはいかないだろうなという気もしていた。
「・・・大きなお世話よ!兎に角、私あんたと行くなんて絶対嫌!」
そう言うと、木崎は又走り出した。
(冗談じゃないわ!なんなのよあいつ!)
木崎にとって、宍戸は・・・というより、見知らぬ人間は皆、気に入らない存在だった。
自分の我儘を通してくれない。
泣いたり喚いたりしたら迷惑がる。
少しは我慢しろとか、ちょっとは感情を抑えろとか、いちいち煩い。
でも木崎は、頭が悪いわけではなかった。
優しさを欠片も抱いてないわけでも無かった。
だから周りの人が言う事は、正しい事なのだと分かっていた。
自分の態度がいけないのだという事も。
でも、言う事を聞くのは嫌だ。
出した結論が、傍に寄りつかない事。
元々ああしろこうしろと言われるのは大嫌いなのだ。
知らない人は皆自分が嫌いで、自分も我儘放題させてくれない皆が大嫌い。
味方に家族と沖野と笛寺が居て、後の人は皆敵。自分の世界はそれで良いと思っていた。
いや、思ってる。
今でも。
あの人の前、以外では。
「・・・はあっ!はあ、はあ・・・」
木崎は近場の女子トイレに駆け込んだ。
病気がちで水道に助けられることが何かと多かったため、手洗いを探すのは得意だ。
宍戸は男子だから此処までは追って来れまい。
(直ぐに出て行くわけにはいかないわね・・・よく分かんないけど彼奴しつこいし、近くで待ち伏せとかしてるかも・・・)
少なくとも、息が整うまではここに居よう。
木崎がそう思い、扉に背を預けて凭れ掛かった時だった。
「・・・千歳ちゃん?」
宍戸の作戦は至ってシンプルだった。
先ず、可憐に前以て隠れておいて貰い、あたかも自分一人で探しに来たかのように振舞う。
そうすると木崎は再び女子トイレに逃げ込むだろうから、そうなったら中に入れる可憐に連れ出して貰う、というわけだ。
ただ、これでは宍戸は説得にあたれない。
トイレから出すのは可憐1人に委ねられる、というわけだが。
「ええと、木崎千歳ちゃんだよねっ?」
「気安く名前呼ばないでくれる。」
「う!」
女子トイレの外で、宍戸が本当にムカつくと言いたげに眉を寄せたのが見えた。
可憐は慌てて、大丈夫、このくらいは気にならない、と無言でジェスチャーする。
「あ、あの、テニス見に来たんだよねっ?私達と、一緒に行こうよっ!」
「い・や!」
「うう・・・」
取りつく島もないとは正にこの事であろう。
「・・・ねえ、千歳ちゃ・・・あ、木崎さんっ!木崎さんは、どうして私達と行くのがそんなに嫌なの?私達、何かしたっ?」
今度は、木崎は即答しなかった。
会話の意思は持ってくれているらしいことに、可憐はホッとした。
「・・・別に、あんた達がどうとかってわけじゃないわよ。」
「そうなのっ?」
「でも、知らない人嫌い。」
「あう、」
「嫌い。大嫌い。関わり合いになりたくない。」
「ああう・・・そ、そっかあ・・・」
ここまで突き抜けて嫌われると、逆に腹も立たない可憐。
なぜ然程に我等を憎み給うか・・・などと嘆いた所で、木崎の心証が変わるわけでも無いし。
「・・・でも、私木崎さんにテニス見て欲しいの。」
「・・・・・・」
中で木崎が身じろぎする音が聞こえた。
どうやら凭れるのを止めたらしい。
「あんたも変な奴。放っておいてよ、なんで私に拘るわけ?」
「それは、どっちかと言うと、木崎さんと同じかなっ?」
「同じ?」
「木崎さんだから・・・っていうより、テニスを見に来た人だから気になったんだっ。」
コートへの道が分からない木崎。
でも帰らないで、1人でも辿りつこうと歩いていた木崎。
「木崎さん、テニスの事はあんまりよく分かんないんでしょっ?でも、これから知ろうと思って、それで此処に来たんだよねっ?」
「・・・・・・・」
「私もテニスに興味持ったのは今年の4月からだから・・・なんだか、仲間が出来たみたいで嬉しいの!」
「一緒にしないでよね。」
言葉づかいこそ変わらないが、段々扉の向こうの空気が柔らかくなるのを可憐ははっきりと感じ取っていた。
それもあって、可憐が此処で余計なーーー本人は全く余計と思っていなかった、余計な一言を口走ってしまったとしても、可憐を責める事は誰にも出来まい。
「そうそう!クラスメイトの詩織ちゃんっていう子も、観戦してるんだよっ!」
話を聞いていない誰に分かるだろう、その神宮こそが木崎にとって特大の地雷だなんて。
「・・・ふざけないでよ。」
「えっ?」
「なんであいつが居るの?そんなに私の邪魔したいの?」
「えっ、えっ、」
「もう十分過ぎる程邪魔してるくせに!」
いけない。
明らかに雲行きがおかしくなった。
と、可憐と宍戸が思った時にはもう遅かったのだ。
「見ない。」
「えーーーー」
「帰る!もう着いて来ないでよ、私帰るんだから!」
そう言って、木崎は思い切り扉を開いた。
「きゅうっ!」
ゴン!と良い音がして、扉の前から話しかけていた可憐は額を強かに打ち、後方に尻餅をついた。
「あ・・・」
木崎はうずくまる可憐の姿に、一瞬。
確かに一瞬、悲しげな顔を見せたが。
「桐生!」
宍戸の声にハッとして、木崎は直ぐトイレから出て、宍戸の脇をすり抜けた。
「あ、てめ・・・くそお!」
木崎には物申したいが、可憐が優先だ。
宍戸はもう、誰に何言われてもいいやという思いで女子トイレまで入り、可憐に駆け寄った。
「桐生!おい、大丈夫か桐生!」
「痛いよう・・・!」
ぽろぽろ涙を零しながらそういう可憐の額は、赤いどころか腫れ出してきている。
こぶになるのは間違いあるまい。
(冷やさねえと!それから誰か呼ばねえと、)
宍戸が携帯を取り出した丁度その時、遠く遠くテニスコートでは、氷帝学園の勝利で準決勝終了のお知らせが告げられていた。