Why is that 2 - 8/8


「ところで可憐ちゃん。」
「えっ?」
「喉乾かへん?」

診察も終わり、御代は忽ちは払えないからまた後でという事で、じゃあ帰るかなという時に忍足は言った。

「喉って・・・」
「これ。」

忍足はニ、と笑ってポケットから1000円札を取り出し、ひらんと振った。

「さっき親父から貰てん。」
「えっ!?いつの間にっ!?」
「部屋から出る時な。これでジュースでも買い、て。どうせ書類出るまで時間かかるし。」
「そうだったんだ・・・ううん、でも悪い気が・・・」
「ええて。コンビニ何処やったっけ。」

大きい病院は、中にコンビニがある。
此処は今可憐達が居る位置からすると、中庭を通るルートが一番近い。

(中庭か・・・)

「忍足君っ?」
「あ、いや。なんでもあらへんで。」

又転びそうですね、とは思ったが言わないでおいた。

中庭へ通じるガラス戸を開けると、涼しい風が2人に吹いた。

「気持ち良いねっ!」
「せやな。こんなに広かったなんて知らへんかったわ。」

中庭と言っても、もっとちょっとしたものだろうと思っていたから、こんなに広くて明るいとは思わなかった。
耳元を擽るそよ風が心地良いーーー

「・・・あれっ?」
「どないしたん?」
「何か聞こえないっ?」

何か、人の歌声のようなものが。

「どっち?」
「あっち・・・」

音の方向を確かめつつ、探り探り歩く2人。
その内それは忍足の耳にも聞こえるようになった。

「・・・誰か歌うとるな。」
「ねっ!そうだよねっ。」

しかも、これはただの歌ではない気がする。

声の出し方、張り方、曲調。
その全てが、町できく音楽とは違う。

そう。
これはまるで。

(舞台ーーーー)

可憐がそれに思い至った瞬間、2人は見つけた。

光差す中庭で、音源も無しにアカペラで舞台用の歌謡曲を楽しそうに歌い上げる少女を。

「綺麗・・・・」

可憐は呟いた。
声量、美貌、どれをとっても、少女とは思えぬほどの雰囲気だった。
紀伊梨の美少女ぶりは如何にもアイドルという風だが、目の前の彼女の美しさは女優寄りのそれ。
まるでミュージカルの1幕を観覧している気分だ。

ぼうっと見惚れる可憐は気づかなかった。
足元に段差が有った事に。

「・・・あ、わ!あ、」
「可憐ちゃん!」

駄目だ。
今は頭を1度打った後なのだ。
普段もダメだけど、今この時もう一度転んだりしたら洒落にならない。

忍足の焦りは、可憐の手を引いた程度では消えなかった。

「・・・・・・」
「・・・はあ。」

一安心する忍足の吐息が耳にかかる。
可憐は今、忍足の腕の中に居た。

何がどうなってるのか可憐には分からなかった。
転びかけたと思ったら腕を引っ張られて、ああ又助けて貰っちゃった、と思ったらもう一度引き寄せられて、
今は頭を抱え込まれるように力いっぱい抱きしめられている。

「大丈夫やった、可憐ちゃん。」
「・・・・・・・」
「可憐ちゃん?」

忍足の顔がとてもアップで見えるのが、1周回ってなんだか映画でも見てるかのように感じてしまう。

「可憐ちゃん、どないした?頭痛い?」
「・・・えっ!あ、いや、違うっ!違うよ、あのっ!あの、違うっ!あの、大丈夫だけど、あのっ、あの!」

冷静になると同時に一気に気恥ずかしくなって、かっと体温が上がってしまう可憐。

その耳に、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。

「あら、ごめんあそばせ。失礼を。2人がお似合いで、つい。」

「違う違う違いますっ!あの、忍足君は助けようとしてくれただけでそのあの、その、あの、」

釈明すればするほど少女はころころと笑う。
その微笑みが綺麗で、余裕を感じてしまって、可憐は尚更焦る。

「お似合いて・・・ああ。ごめんな、可憐ちゃん。」
「あの、違う、私の方こそ、」
「あら、お気になさらず。うふふ。」
「あんな・・・」
「違いますっ!!」

恥かしさのあまり涙目になりながら否定を連ねる可憐。
少女はいっかな笑うのを止める様子が無い。

「ゴホン。まあ、こっちこそごめんな。気持ち良お歌っとったとこ邪魔して。」
「あらいやだ、聞いていらしたの?」
「偶々やけどな。」
「とっても上手だったよっ。」
「まあ、お褒めに預かりまして。」

(なんだか、歌ってなくってもオーラがあるなあ・・・)

言葉づかいも仕草も上品だし、いかにも良い所のお嬢様と言う風だ。

「ほんまに上手かったで。こんな綺麗なエリックに会えると思わんかったわ。」
「エリック?」
「知らへん?オペラ座の怪人。」
「そういう物語ですの。今歌っていたのは、その怪人・・・エリックが歌う劇中歌ですのよ。」
「へえ・・・」

劇中歌という事は、やはり舞台の歌なのだ。

「劇とか好きなんだねっ?」
「それはもう!」

彼女は急速に語気を強め、輝く目で天を仰いだ。

「華やかな衣装、素晴らしい音楽、ホールに響く歌声、その全てで紡がれる、ロマンス!喜び!悲しみ!怒り!光!闇!わたくしにとってお芝居程素敵な物は、この世に2つとありません!」
「そ、そっか・・・」
「偉い熱弁やな。」

というか。
その熱弁ぶりに、思わず失礼な事を考えてしまったのだが。

「・・・気に障ったんやったら流してくれてええけど。」
「はい?」
「何処が悪いん?」
「は・・・ああ!」

彼女は両手をポン、と叩いた。

「お気になさらず。わたくし、体は何処も悪くなくてよ。」
「そうなのっ?」
「ええ。此処で歌うのは、単に土日は外来の人が来ないからというだけの話ですの。偶に入院中の方も聞きに来て下さるのよ。」
「へえ。」
「でも分かる気がするなっ!とっても上手だもん、入院中なら尚更、私ならきっと楽しみにしちゃうよ!」
「そうかしら?有難う。」

満面の笑みで自分を褒める可憐の姿。
余りにも素直で眩しいその表情に、彼女は。

彼女は。

「・・・わたくし。」
「え?」
「将来の夢は、舞台女優ですの。歌って、踊って、役と一体になってーーー」

彼女はワンピースを翻し、くるくる、とその場で回って見せた。

ピタリ!と止まると、お辞儀を一つ。

「・・・皆の視線を釘付けにするの。大好きな舞台に、立ってみたくて。」

見て居るだけじゃ嫌だ。
あそこに行きたくて。

「きっと出来るよっ!」
「十分上手いと思うわ。」
「・・・本当?」
「うんっ!」
「なれると思う?」
「勿論だよっ!ねえ、忍足君っ!」
「おん。」
「・・・そう。有難う。本当に嬉しいわ、有難う。」

彼女は微笑んだ。

「ごめんあそばせ、すっかり引き止めてしまって。」
「ううんっ!楽しかったよっ!」
「ええもん聞かせて貰うたしな。」
「うふふっ。いつでもどうぞ、お2人ならいつでも大歓迎だわ。」
「わあ・・・!あ!私ね、桐生可憐っていうのっ!氷帝学園の1年生ですっ!」
「氷帝1年の忍足侑士や。よろしゅうな。」
「忍足先生の御子息の方かしら?」
「知っとったんや?」
「先生の事は。可憐さんが「忍足君」と呼んだのを聞いてから、そうではないかとずっと思っていたんですのよ?本当に似ていらっしゃるのね。」
「なんや似てる言われんのも微妙やわ。」
「ええっ!?どうしてっ?あんなにかっこいいお父さんなのにっ?」
「他所から見たらそうかも知らんけど、俺から見たらその辺に居る只の親父やからな?」
「うふふっ。

わたくしは、青春学園1年生の、桃崎梓と申しますわ。」

「・・・!」

桃崎。

「偶然やな。」
「はい?」
「この間、別の桃崎さんと友達になったんだっ!その子は、男の子だけど。」
「まあ!世間とはかくも狭いものですわね。うふふっ、では新しい方の桃崎として、以後お見知りおきを。」

深々と頭を下げる彼女のお辞儀は堂に入っていて、可憐はやっぱり良い所のお嬢様に違いないと言う確信を深めた。






「・・・・・・」

別れた後、可憐と忍足の去った方を悲しげに微笑んで見つめていた。

思わず言ってしまった。
可憐の裏の無い称賛に背を押されて。

「・・・将来の夢、ですって。」

叶わないのに。
何より大事な自分の夢。

贅沢で幸せで、これが叶うなら死んでも良いとさえ思える自分の夢は。

もう叶わないと、決まっているのに。