Step up - 6/8


「えーとお?地図、地図・・・サルデニアの地図・・・お!これっぽくねーですか?」


紀伊梨は昼休み、ちゃんと地図を取りに来た。
そこまでは良いのだがサルデニアがどこなのかあまりよく分かっておらず、外国っぽいとかいう安直な理由で間違ってアフリカの地図を持って行こうとする始末。
日直の相方である彼女は紀伊梨の成績の低さをちょっと侮っていた。


「さてさて、それじゃ帰ーーー」


『ここらで良いかい。』
『ああ、悪いな。』
『構わないよ。でも、俺に用事って何かな?』


(うお?)


入口扉の向こうから聞こえる声。
幸村の声だ。それからクラスメイトの男子生徒、柊の声も。


しかしどうしようか、出られないにしても立ち聞きは良くないな、と思いせめて入口から遠ざかろうとする。


した。
出来なかった。


自分の名前が聞こえてきたからだ。


『実は、五十嵐・・・さんの、事で。』


(・・・私?あれ?まさかの紀伊梨ちゃんのお話?)


なんだろうか。さっぱり分からない。
話があるのは良いとして、それを自分ではなくて幸村に言う辺りが尚更解せない。


?をいっぱい飛ばして立ち止まる紀伊梨は、すっかり立ち聞きしてしまっている事をもう忘れてしまった。


『五十嵐の?』
『そう。あの、えー・・・・』


もし紀伊梨が外に居れば、この時柊が意を決したように息を吸う音が聞こえただろう。


『・・・実は俺、五十嵐さんが好き、なんだ。』


抱えていた地図を落とすかと思った。


「・・・・へ?」




幸いにもと言うべきかどうか、紀伊梨の小さな呟きは扉1枚隔てた2人には聞こえておらず、会話はそのまま続いた。


「へえ、五十嵐が。」
「うん・・・それで、幸村って五十嵐さんと幼馴染なんだよな?」
「そうだね。付き合いは一番長いよ。」
「だよな!それで、協力して欲しいんだけど・・・」

やっぱりそうきたか。
まあ、紀伊梨が好きと切り出してくる時点で、協力してくれーと頼んで来るか。若しくは逆に、お前は彼女いるんだからあんまり紀伊梨と仲良くしないでくれ、と牽制に来るか、大体どちらかだろうと踏んではいたけれど。


ただ、どっちにしろ答えは決まっているのだ。


「気の毒なようだけど、それは出来ない。」


柊はえ・・・と呟いた。
どうやら断られるとは思っていなかったらしい。


「・・・え、待てよ。どうして・・・」
「敢えてはっきり言わせて貰うけれど、俺は結果が見えてる事に、手を貸す気はないんだ。」
「はあ?」
「君の言うとおり、俺と五十嵐は幼馴染だよ。さっきも言った通り、付き合いも長いし。単純に過ごした時間の長さだけで言うと、恋人の千百合やテニス部部員の弦一郎よりも、五十嵐と過ごした時間の方が長い位だしね。だから分かるんだよ。」


断言できると言っても良い。
恋はしないけれど、今の時点では誰より紀伊梨を理解しているから。


「自分でアプローチする前から外堀を埋める様な人は、五十嵐は好きにならない。」


勿論、そういうアプローチの方が有効な人だっている。
でも紀伊梨はそれには当て嵌まらない。絶対違う。


絶対違うと分かっているから、手伝う気にもなれない。
結果は見る前から明らかだ。


「・・・・・・」
「勘違いしないで欲しいんだけど、五十嵐を好きな事そのものについては、俺はどうとも思わないよ。アプローチだってしたいようにすれば良いと思うし、邪魔をする気も無い。ただ、俺個人として進んで手伝う気になるかと言われると、悪いけどいいえと言わざるを得ないな。」
「・・・そっか。」


懇切丁寧な幸村の物腰が余計にキツイ。
冷静に考えた結果、貴方を手伝っても多分無意味に終わるので手伝う気はありませんと、つまりそういう事だ。


「・・・因みに。」
「うん。」
「どういう奴なら、手伝う気になる?」


手伝う気になると言うか、転じて幸村的に「此奴なら芽がある」と思われる奴の事だが。


「ううん・・・そうだね、あくまで俺の考えを言うなら・・・」
「・・・・」
「うん、俺の目の前で五十嵐を抱き寄せながら、「俺のだからな!」なんて啖呵切れる位威勢が良ければ、へえ、って思うかな。」
「そんな奴居るか!」


この常時大物オーラを纏っている神の子様にそんな事出来る人間が、この世のどこにいるというのか。
本気で無茶振りだと思う柊だが、幸村的にはそこまで無茶だとは思っていない。


「沢山居ると思うけれど。」
「居ねえよ・・・はあ。まあでも、分かったよ。分かったというか、諦めついたというか。」
「諦めるのかい?」
「だって俺、そんな奴になれないもん。」


紀伊梨に何をしたわけでもないのに、幸村の言う事を一方的に聞いて引っ込むという、その発想がもう駄目なんだと思われるが。でももう自分でも駄目だと決めつけているようだし、追い打ちをかけるのは止めておいた。


「じゃあ。悪かったな。」
「うん、じゃあね。」


柊は力なく手を振って、去って行った。
幸村はその背に軽く手を振って、その場で見送った。


「・・・さて。」


幸村は迷いなく背にしていた資料室の扉を開けた。


「隠れている子猫ちゃんは誰かな?」


「・・・ゆっきー、はろー・・・」


微妙そのものの顔をして、体育座りで地図を抱える紀伊梨に、幸村はくすっと笑った。