「・・・うん。大体分かった。」
一条は椅子に座って、千百合が1人弾くのを眺めていた。
基本の動きがどれだけ出来るのかと思い、あれは出来る?これは?と指示を色々飛ばしてみていたのだが。
(流石にというか、難なくついてくるな。)
あれだけの演奏をするだけの実力はある。
それにムラが無い。ステージの上でするパフォーマンスと同じくらいのレベルで、練習で弾けている。
この冷静さからして、ベースに恋していないと言う読みはやはり当たりだろう。
「どうですか。」
「良いよ。優秀な生徒になりそうだ。」
「どうも。」
「しかし、その優秀な君を以てしても、あのリーダーの女の子の音楽センスは規格外だからなあ。」
あの紀伊梨についていけるレベルとなると。
自分もプロとかではないし、そんな大した指導は出来ないけれど。
「・・・うん。取り敢えず、宿題を出そう。」
「宿題。」
「そうだ。もし出来なくても、自主練はしてくる事。PCは使えるかな?」
「はい。」
「なら、後で楽譜と指示をサーバーに上げて置く。ダウンロードして、自主練してくれ。どうしても詰まったら連絡をくれても良い。練習の頻度だが・・・そうだな、一先ず週に1回。放課後でどうかな?」
「大丈夫です。それで。」
「よし、決定だ。」
ベースをしまいながら、千百合は話がさくっと纏まった事にホッと溜息を吐いた。
「ところで、黒崎君。」
「はい?」
「幸村君は、君が僕にベースを習う事を承知しているのかい?」
もうちょっとで千百合はベースを取り落とす所だった。
「なん・・・!?」
「んん?重要な事だよこれは。僕はコーチ役は引き受けたが、人の恋路を邪魔したとして馬に蹴られる役をかって出たわけではないからね。」
「いや、そうじゃなくて、」
なんで知ってるんだなんで。
柳辺りが言ったのか。
「ああ。君と幸村君が所謂恋人関係なのは、随分前から知っていたよ。」
「だからそれがどうしてなのかって聞きたいの!」
「僕の妹も立海生なんだが、その妹の友達がテニス部の大ファンでね。しょっちゅう家で、妹ともども男子テニス部の事を聞かされるから、嫌でも覚えてしまうんだ。」
「は・・・・」
「他にも色々知っているよ?主にテニス部側からの情報だが。例えば真田君は君と折り合いがあまりよろしくないとか。柳君はビードロズのリーダーさんに懐かれているとか。桑原君はなんだかんだ君のお兄さんとの同クラス生活を楽しんでいるとか、丸井君はビードロズの作詞家さんがお気に入りらしい、とかね。まあ、その子は仁王君をアイドルのように思っているから、仁王君の話が1番多いけれど。」
もう何からつっこんだら良いのか分からない。
幸村が有名になるのは入学前から覚悟していたが、男子テニス部というのは、その括りそのもので既に着目される対象である事を、そろそろ認めなければいけないのかもしれなかった。
「・・・・・・・」
「で、どうなんだい?」
「は・・・?」
「幸村君は、良いと言ってるのかい?」
「ああ・・・それはもう伝えてあります。頑張ってねって言われまし・・・たけど。」
頑張ってね、と言われた後に続けて、でもちょっと妬けてしまうかな、と電話越しに囁かれた事を思い出してしまう。
千百合はベースの片づけをする振りをして、サッと一条に背を向けた。
「OKを貰っているわけか。それなら僕も安心と言うものだ。」
「・・・大袈裟です。」
「君が知らないだけさ。いや、あまり見ない様にしている、というべきかな。」
「・・・?」
「幸村君は、君の事が大切なんだよ。君が思っているよりもずっとね。」
又聞きしているだけの一条にだって、幸村は千百合が好きなんだなという事は分かる。
他の人は尚更だろう。
千百合は恥ずかしくて、その事実を直視しきれていないのだ。
(これは同じ男として、少し幸村君に同情するな。)
本当は、少なからず嫌だなと思う気持ちもあるだろう。
理由がちゃんとあるとは言え、自分の彼女が全然知らない男と定期的に時間を取って会うのだから。
でも、千百合の為に頑張れ、応援してるよと背中を押して、千百合を信じる事に決めたのだ。
あそこで変な我儘言わなくて良かった。そう思える日がきっと来ると、そう思って。
「良い男というのも大儀なものだね。」
「なんか言いました?」
「いや、他愛ない独り言だよ。気にしないでくれたまえ。」
「はあ。」
兎にも角にも、こうして千百合はコーチを得たのだった。