「彼奴はまた・・・」
「?」
卵焼きを頬張る紀伊梨の隣で、桑原は溜息を吐いた。
「どったの?」
「ブン太だよ。あんまり軽々しく女子の頭とか撫でるもんじゃないと俺は思うんだがな・・・」
「ブンブン教室でもあんな感じだよ?」
「知ってる。昔からだから今に始まった事じゃないさ。ただ・・・」
「ただ、あのような調子でずっと過ごして居てはいつかトラブルになるのではと危惧していると・・・そんな所か?」
「御明察だ。」
「おー!やなぎー、すごーい!」
「大した話ではないさ。」
これはデータがどうのと言うより、柳自身がちょいちょい考えている事でもあった。
先日の事。
そう、確かテストが明けた直後の部活の事だったと思う。
幸村から、真田と自分に対して釘を刺されたのだ。
部活に恋愛事を絡めるんじゃない、と。
それが例え+になるような事であっても、恋愛というのは+と-がいとも容易くひっくり返る。
だからどうしても不可抗力的に縺れてしまう場合にはサッと対処する、くらいの気持ちの方が良い。
自ら進んで部活のコンディションと各々の恋愛事情を紐付するなんて、そんなリスキーな事は止めよう。
だから気持ちは有難いけど自分と千百合のデートの頻度事情とかそんな事は気にしてくれなくて良いし、逆に部員のその辺の話で拗れそうなーーーーつまり部活にまで引きずる様な気配を感じたら、なるべく部活に影響の無いように各々動いてくれと言われた。
穏やかだが毅然としたその物言いに真田も柳も感銘を受け、そのようにすると返事をして早2週間足らず。
その期間の間に柳が徐々に調べた部活と恋愛のあれこれについて、忽ちは大丈夫だが面倒な事になるのではフラグの筆頭所持者は、幸村に仁王、それから丸井の3本柱なのだ。
今の所は。
「要らぬ誤解の元にならなければ良いんだが。」
「それは丸井君のお話で?」
「あ!やーぎゅ!ニオニオ!」
舌戦の結果、取り敢えず紫希は仁王側らしいので暫定そっちでという事で決着がついた。
なので次なる勧誘相手である紀伊梨の元に2人は移動してきたのだが、それはそれとして面白そうな話が。
「ああ。丸井は誰に対しても分け隔てなく気さくだし、スキンシップも多い。」
「成程。本人にその気はなくとも、女性側からすれば所謂「思わせぶり」な態度と取られかねないと・・・そういうわけですね。」
「その通りだ。」
「彼奴は部活でもああだからな・・・」
「マネージャーの間でもそこそこ人気になっとるき、まあ面倒な事になる可能性は高い方じゃな。」
お前はそれを言えた立場じゃないぞ、と柳は内心で思った。
「・・・丸井君は、部活でもああいう振る舞いなのですか?」
「そうだが。何か気になる事でも?」
「いえ。仁王君が在籍している時点で薄々思っていましたが・・・テニス部は、なかなか個性的な方達の集まりですね。」
テニス部の面々を見て居ると、もしかして世の中には平凡な人間なんていないんじゃないだろうかと錯覚を起こしそうになる。
そしてビードロズの紫希と千百合を見て、ちょっとホッとして・・・
「・・・そして五十嵐さんを見てもう一度疑いだすのがいつものパターンですね。」
「うにゅ?何か言ったー?」
「いえ。それはそうと五十嵐さん、こちらのチームに入って頂けませんか?」
さらーっと仁王より先に誘いをかける柳生に、紀伊梨は箸の先を口に入れたまま一瞬キョトンとした。
「良いよ!」
「待て。」
「んにゅ?」
「良いよ、じゃない。俺にも勧誘のチャンス位くれてもええじゃろ。俺だって、春日は確保としてももう1人欲しいんじゃ。」
そんな軽々しく柳生チーム行きを希望されても困る仁王だが、紀伊梨はんむー・・・と渋い顔をした。
「でもでもー、私もう1個目のゲームも2個目のゲームもニオニオのチームなんだよねー。」
「あれ?そうだったか?・・・そういえばそうか。」
「確かに、選ぶ余地があるのならここ等でそろそろ柳生のチームに入っても良いかもしれないな。」
「でしょでしょ?やーぎゅともっと仲良くなりたいなーと思ってたのに、チームが同じにならないからさっきからあんまりお喋りできないしー。だから紀伊梨ちゃんとしては、やーぎゅチームきぼーです!」
ここまではっきり希望と根拠を言われると、仁王としては曲げづらい。
紀伊梨だけなら言い包めが使えるかもしれないが、柳生が居てはそれも難しいと言わざるを得ない。
「・・・はあ。まあ、これは仕方ないきに、諦めるナリ。」
「では、五十嵐さんは暫定的に私のチームという事で。」
「わーい!いっぱいしゃべろーね、やーぎゅ!」
そもそもそれが目的のような所が紀伊梨にはあった。
だからいっぱい喋ろうねと言うこの発言は、紀伊梨的には至極当然と言えば当然な事を言ったまでなのだが。
「・・・・・・」
「あれ?やーぎゅ、お返事はー?」
「なんじゃ、喋りとうないんか?」
「いえ、そういうわけではないですが・・・」
「むむ!?なんですかそのもにょもにょしたお返事は!?」
「可哀想にのう、五十嵐。どうじゃ、やっぱり俺のチームにしておかんか。」
「仁王君、往生際が悪いですよ。五十嵐さん、誤解の無いように。私も貴方と親交を深めたいのは山々です。ですが・・・・」
「ですが?」
「・・・正直に言いますと、春日さんか幸村君、ないし柳君の居ない状態でお話、というのは少し・・・」
「ああ、そっちか・・・」
「普通の会話が出来ない確率は94.789%だな。」
「普通の会話が出来ない!?」
「まあ通訳は必要じゃな。」
はっきり言おう。
紀伊梨は柳生の苦手なタイプである。
嫌いではない。
だが不得手だ。
物覚えの悪い手合いというやつは柳生にとって兎角疲れる。
話の腰は折るし、同じ話を何度もさせられるし、そもそも「当然知っていると思われる常識」の範囲に差があるからそのギャップにすんごく苦しむ。
「えー!そんな事言わないでさー、お話しよーよー!ちょっとむつかしい言葉が苦手なだけだよー!」
「お言葉ですが、そのように仰るほど難しい言葉は使っていませんよ。」
「そんな事ないよー!っていうか、皆頭良すぎなんだよー!」
「お前が悪すぎる。」
「俺もそれは同意するナリ。」
「ううう、しどい・・・!桑ちゃーん!皆が苛めるおー!」
「ま、まあまあ・・・お前らもそう言ってやるなよ。」
流石に此処まで言われると気の毒で、助け船を出してしまう桑原。
特に言語に関しては、日本語歴の浅い自分も人の事は言えない・・・とか謙虚な事をつい考えてしまう。
「柳生もさ。基本的にお前の方が成績は良いんだから、もう少し五十嵐の目線に立って会話してやれ。な?折角皆で遊んでるんだ。」
「勿論、努力は致します。しかし出来るかどうか・・・」
「慣れだよ、慣れ。言語っていうのは、馴染んでいけば分かるもんなんだ。」
「おお。ポルトガル語圏から日本語圏に移った奴の言葉は、流石説得力があるぜよ。」
「ああ、重みが違うな。含蓄のある発言だ。」
「がんちくってなーに?ちくわの仲間?」
「「「・・・・・」」」
「慣れるよ、心配するな。俺だって日本語より厄介なブン太語に慣れてきたんだ、それに比べたらちょっと言葉づかいに気を付ける位、なんでもないさ。」
本当に頭の良い人間の話し方と言うのは、難解な単語を使ったり持って回った言い回しをする話し方ではない。
どんな人間が相手であっても、伝えたい事やしたいやり取りが相手のレベルに合わせて十分できる事。
それが本当に頭の良い人間の話し方である。
なら、逆に言うとここで出来ない出来ないと言い張るのは逃げなのだろう。
そんなのいやだ。
出来ないからってとんずらするなんて、そんなの紳士じゃない。
だから。
「・・・分かりました、五十嵐さん。」
「うにゅ?」
「こうなったら私も覚悟を決めましょう。次のゲームでは積極的にお話していこうではありませんか。」
「本当!?やったー!・・・あれ?それって覚悟の要る様な事?」
「さて仁王君、もうあまり時間がありません。黒崎さんの勧誘に参りましょう。」
「俺はお前さんのそう言う所が本当に良いと思うナリ。」
「ちょっとー!ねー!返事してよー!」
「・・・良いコンビだよな?」
「これは未だ柳生には聞かせられないが。」
「?」
「仁王と柳生がダブルスを組んで、機能的に動く確率は・・・99.99%だ。」
柳は水筒の蓋を開けながら、事もなげに微笑んで言った。