(しまった、しくじった・・・なんたる不覚!)
大食堂・・・いや、もう廃墟で机も椅子も散乱しているので元、大食堂だった所。
其処に真田は居た。もう足が折れて、完全に横たわっているテーブルを壁代わりに、その陰に隠れていた。
「此処?」
「ああ。」
(来た!)
千百合と柳が入って来てしまった。
「そんな音した?」
「まあ微かだった事は確かだ。此処は綺麗な建物というわけでもないし、もしかしたら家具や設備が軋んだだけかもしれないが・・・こんなに広い館だ。当てもなくぶらついているよりは、探す価値もあるだろう。」
この館はコの字型をしていて、コの字の縦棒に当たる部分の外側が正面玄関。囲まれた所に、第一ゲームと第二ゲームをした中庭がある。
そして第三ゲームである現在は、コ字の上の横棒に当たる部分と中庭がプレイゾーンとして指定されている。
このゲームの間其処以外に行ってはいけないのだ。
しかしここまでエリアを限定されていても、元々の範囲が広い為泥棒探しは困難を極める。
だから、何か少しでも取っ掛かりがあるのなら使うべきだと警察側は考えていた。
(流石柳、敵ながら鋭い・・・それに比べて俺は!)
真田は歯噛みして自分の左前方を見やった。
この食堂。
広いだけあって、出入口が二カ所有るのである。
真田が入ったのは今真田から見て右にある入口。
千百合と柳が入ってきたのも右の入口。
もし鉢合わせそうになっても左から入れ違いで出て逃げれば良い・・・なんて思っていたら。
思っていたらだ。
「これはやる事が惨いな。」
「え?ああ、それ。兄貴が言い出した。」
「だろうな。こういう発想をするのは彼奴だろう。」
(発案者はお前か黒崎棗!)
何と。
左の出入口の方は、両開き扉の取っ手がビニル紐で固定されており、開かないのだった。
そのビニル紐の先には設置用ラケットが繋がれている。
「紐で繋いである、とは言っていたが。」
「何処にくくってるとは言ってないから良いんだってさ。引っかかる方が間抜けなんだって。」
GMとしては正しいのかもしれないが、真田の腹の内には今棗へのフラストレーションが急速に溜まっていっている。
(いかん、落ち着け!話は後だ、今は兎に角この2人の目を盗んで此処を出なければ!)
袋小路に居る限り不利なのは自分である。
開けた所に出られさえすれば逃げられる。
足は僅かだが柳より早いのだ。
(しかし、出ようにも・・・)
さっきから柳はゆっくりと移動しているが、千百合は入口から動く気配がない。
これでは逃げられない。
しかしさりとて此処にずっと止まっているわけにもいかない。
真田は今テーブルに隠れているだけで、回り込まれたら丸見えなのだ。
(落ち着け!落ち着くんだ真田弦一郎、考える事を放棄するな!必ずどこかに抜け道は有る筈だ、必ず・・・)
「・・・・・」
「どうしたの、椅子揺らしちゃって。」
「いや。流石に廃墟だけはあって、ぐらつくと思ってな。」
「まあね。椅子としては機能してないよね。」
サバゲー会場として使用されている為、置いてある椅子はほぼ完全に「椅子の残骸」である。
ぐらつくのは勿論、盾代わりに使われたのであろう穴が開いていたり、足が折れているのも珍しくない。
真田が隠れている大テーブルは、辛うじてまだしっかりと立って居る方であるが。
ガコン!
「「!」」
音がした方に千百合と柳が振り向くと、壁に飾ってあった絵にボールがぶつかって、落ちたのが見えた。
咄嗟に千百合は入口に向かうが。
「黒崎、窓だ!」
「はあ!?」
そう。
真田は隙をついてテーブルから出て、そこから窓を目指した。
「馬鹿じゃないの!?ここ2階じゃ・・・」
「ふん!2階だろうと、手が無いわけではないわ!」
そう言って真田が窓を開け放した時、千百合は真田の意図が分かった。
目にまぶしいグリーン。
(植木か!)
2階まで伸びる植樹。
真田はそれを伝って逃げる気なのだ、と気づいた時にはもう真田は半階下っていた。
「くっそ、逃げられるーーー」
「いや、逃がさない。」
「は?」
「黒崎、手を貸してくれ。」
(くそ!地上が遠い!)
元々が大きい建物故、階高が高く地上までそこそこ距離がある。
もう飛び降りてしまうかとも思うが、こんな所で負傷したくないという心理が真田に働く。
(焦るな!如何に柳が上手いとはいえ、こんな所にボールを飛ばせる筈がない!)
窓が幾ら開いていたとしても、打ち下ろして真田にボールを当てるにはある程度窓から離れる必要がある。
だが窓から離れると、高低差の所為で真田を見失うのだ。
(踏み台があれば話は別だが、あそこには倒れた机と使い物にならん椅子しかなかった。必然、柳が俺を狙える事などーーー)
ポコン!
「っ・・・!な、」
ボールが木にしがみついている真田の額を直撃した。
窓の向こうに、かなりの高さに跳躍している柳が見えた。
ストン、と音を立てて柳は着地した。
「当たった?」
「ああ。助かった、礼を言う。それから、すまなかったな。当てる為とはいえ。」
「別に?このくらい全然。そんなに重くもなかったし。」
真田の読みは正しい。
此処にまともな踏み台は無い。
もし柳1人なら逃げ遂せていただろう。
「こんな板が踏み台になるもんねえ。幾ら下で人が支えてるとは言え。」
すっかり朽ち果てて落ちていた絵画。
そのキャンバスの板を千百合が背中に背負い、柳は其処に足をかけて跳んだのだった。
「ある程度の身体能力があれば、そう難しい事じゃない。ほんの一瞬体重がかけられればそれで良いんだ。」
「ふーん、そんなもん?」
そう言いながら千百合が下を覗き込むと、とてもとても遺憾であるという顔でボールを握りしめ、此方を見上げて来る真田が居る。
「やーい、ばーか。」
「喧しい!」
「あはははははっ!」
珍しく声を上げて笑う千百合に、柳は微笑んだ。
「楽しそうだな。」
「うん、愉快。」
「・・・なら、愉快序にもう1つ頼まれてくれないか。」
「うん?」
「止む無くとは言え、絵を踏み台にしてしまった事。幸村には黙っておいて貰えると助かるんだが、どうだ?」
千百合が柳を振り向くと、柳は人差し指をそっと口に当てて笑った。
その足元には、さっき踏み台にされた可哀想な板・・・真田が壁から落としたボロボロの絵画が横たわっている。
「・・・ふっ、あはは!オッケー!」
千百合は又笑った。