「・・・・・・」
「・・・・・・」
丸井と桑原は、無言で紀伊梨と対峙する。
「ふっふーん♪君達はほーいされている!観念してとーこーしなさぁい!」
「包囲と投降って、お前意味分かってんのか?」
「分かんない!ドラマで言ってた!」
「おい・・・」
(しかし、包囲は兎も角投降は現実的だな・・・)
一応人数的に不利なのは紀伊梨だが、何分泥棒側は警察側に対して攻めの手段が現状無い。
2手に分かれるというのも可能と言えば可能だが、外壁がL字になっている所為で、後ろと左は塞がれている。
前には紀伊梨が居るから実質右しか空いていないわけだが、こんな退路が限定された状態では退路と呼べないだろう。
万事窮すか、と桑原が思いかけた時。
「・・・よし。」
丸井が逃げる体勢を解いた。
「およ?ブンブン、こーさんですかな?」
「冗談だろい。誰が降参なんてするかよ。」
「お、おいブン太・・・」
降参なんてしないとは言うが、丸井がどうする気なのかは分からない。
(おい、どうするんだよ!)
(どうするって?)
(降参しないって言ったって、俺達泥棒側は警察に勝つ事なんて出来ないんだぞ!)
(そうかもな。)
(おい!)
そう。
泥棒側の勝利というのは、タイムアップ時に逃げ遂せている事。
それまでは普通、逃げの一手しか使えない。追っ手の迎撃なんて出来ない。
だからこういう場合、物理的な面でも勿論だが状況的にも袋小路なのだ。
普通は。
ただ。
今の状況ならそれが奇跡的に覆せる、きっと。
「五十嵐!」
「む?」
丸井は手持ちのラケットを紀伊梨に向けた。
「勝負だ!」
「しょーぶ?」
「おう。もしお前が俺に勝てたら、俺のお手製のケーキをホールで作ってやる。」
「本当!?」
「その代わり、お前が負けたらこの場は見逃して貰うぜ?」
(ええええ・・・・・!)
嘘やん。
と桑原は言いたくなるのをぐぐぐっと堪えた。
こんな話の持って行き方、あって良いのだろうか。
というか、言うだけ無駄だろうこんな事。
誰がどう聞いても警察側にデメリットしか無いのに・・・と思う桑原は。
紀伊梨の事を分かっていない。
「良いよ!」
「ええええええ!?」
「え?何?何か変?」
「いやいやいや!」
なんで通るんだ今の話。
冷静に考えろよおかしいだろ。
今正しく獲物が袋の鼠状態。
口を結んだ袋の中で鼠がチューチュー喚いてるだけなんだから、後はそのまま口を縛って檻に入れるだけ。
何故此処まで来てわざわざ鼠の言い分を聞こうと袋を開けるのか。
と口まで出かかるが、丸井がこっそりウインクして見せたので、これが作戦だったのだろう。
今圧倒的優位に居るのは紀伊梨の方なんだから、こんな口車に乗らないで確実に捉えた方が賢いのに。
という桑原の考えは、紀伊梨も分からないでもない。
のだが。
(んでもでもー、やっぱりケーキは食べたいよねっ!負けたらやーぎゅに怒られちゃうかもだけどー・・・いや!だいじょびだいじょび!要は勝てば良いんすよ勝てば!)
紀伊梨は勝負に挑む時、負けたらどうしようなどと言う事は基本的に考えない。
勝つ前提で挑戦するので、それが勝率を上げている面もあるが、今回のように裏目に出る事もある。
とはいえ、勝てば良いのだという発想そのものは間違ってはいない。
「で、どーやって勝負するのー?テニスはやだかんね!2対1なんて勝てっこないじゃん!」
「流石にそれは言わねえよ。」
「じゃあどうやるの?」
「先ず、俺達はこの辺のボールを使って、お前のラケットに向かって打つ。」
「およ?」
「で、ラケットで返せなかったら・・・・お前の勝ち。」
「・・・うん?」
「俺達が打ったのを返せたらお前の勝ち、っていうのは明らかにそっちが不利だろい?」
だから、発想の逆転。
返せなかったら紀伊梨の勝ち、としてしまうのだ。
「ええと、つまり俺達は五十嵐のラケットを的みたいにして狙えば良いのか?」
「そ♪」
「それで紀伊梨ちゃんは、ラケットの方を動かしてブンブン達が当てないよーにするんだね?ほほう・・・うん!それなら出来そう!」
この条件はかなりラッキー、と紀伊梨には思えた。
好き勝手にラケットを振りまわしていれば、それだけで妨害になるのだし。
「ただし、ラケットを体で隠すとかは無しな?」
「おけ!」
「制限時間はそうだなー・・・お前が呼んだ援護が来るまででどうだ?」
「おっしゃー!やってやるでありますよー!」
「おい、マジでやる気かよ・・・」
なんでこんな勝負成立するんだ、と苦悩する気持ちはまだある桑原。
だがともあれ、これで一筋の光は見えた、と思う。
「よおーし!ゲームスタートだあ!」