2台あるレコーダーの内、1つは録音用。
そしてもう1つは、不在のギターが奏でる筈のメロディーラインを出すための録音済みCDだった。
音質はそこそこではあるものの、どうしても生の音と同じには出来ない、機械のノイズが入ったギター。
その所為で尚更引き立つ、ベースとはとても思えない程活き活きとした千百合のベースライン。
CDより千百合より、誰よりどっしりとして絶対にリズムを崩さない棗のドラム。
そしてその上に乗っかる。
文字通り何を引っ張る事も無く、ただ只管に音色の上に乗って、溶け込んで寄り添う紫希のボーカル。
「スタートを、まーってる、からーーー・・・」
消えるボーカル。
それの後にギター、ベース、ドラムが次々と続き、ビードロズのスペシャルライブは終わった。
「・・・・・・・・・」
ボーーッと3人を見る丸井の目の前で、紫希は慌てて録音用のレコーダーを止めてへたり込んだ。
「はああああああ・・・・・!」
「お疲れちゃーんw」
「ほら、汚れるでしょ。そんなとこ座るんじゃないわよ。」
「はい・・・」
「大丈夫だよ、春日。いつも通り出来てたから。」
「全然そんな気がしないんですが・・・」
紫希はもうへとへとである。
ライブの度に大勢を前にして堂々と演奏出来る3人に対する尊敬を深めずに居られない。
「いや、良かったぜ?」
「すみません・・・」
「おーい、話聞いてるかー。」
「そうそう!とーっても良かったっすよ紫希ぴょん!」
明るい声。
入り口に元気印の笑顔を浮かべる紀伊梨の姿を見つけ、珍しくも紫希は飛びついた。
「おおお!どうしたの紫希ぴょん!」
「紀伊梨ちゃん紀伊梨ちゃん紀伊梨ちゃん!駄目です、私はもう駄目です・・・!」
「どうしたの!?何が駄目!?」
「お客さんが居るのが辛かったんだってw」
棗がスティックで指した方を紀伊梨が見やると、クラスにいつもいる赤毛が。
「お、ブンブーン!」
「おう。」
「良かったー!ちゃんと聞けたんだね!」
「ちゃんと聞いてませんよね!聞いてないと言って下さい・・・!」
「あんたは観客に何を期待してんのよ。」
そんな事言われたって、苦手なものは苦手なのだ。
逃げるように紀伊梨にしがみつく紫希だったが、ふと顔を上げると。
「・・・・・・柳君?」
「数時間ぶりだな、春日。」
入り口の脇、音楽室を出て直ぐの壁の内側に立っている柳の姿を認めて、紫希は今度こそ完全に固まった。
「・・・・・・あの、つかぬ事をお伺いしますが一体いつから、」
「やなぎーと一緒に来たから、私と一緒に其処で2番から最後まで聞いてたよ!」
死にたい。
「追い討ちかけてやるなよw」
「えー!?そんな事してないよ!」
「まあ、もう終わってるわけなんだから。今更お客様が1人増えても、何も変わらないさ。そうだろう、春日?」
「はい・・・・」
もう、無理矢理そう思うしかない。
紫希はフラフラになりながらも紀伊梨にしがみつくのを止めて、机に戻った。
「・・・幸村、俺はやはり来ない方が良かったのでは?」
「いや、気にしなくて良いよ。柳がというより、あれは春日の性格だからね。」
「そうか。」
「それよりも、君こそ良いのかい?」
「ん?」
「五十嵐に無理に連れて来られたんじゃないのかと思って。」
まあ、当たらずとも遠からずと言えなくもない。
けど。
「・・・いや。俺も興味があった。」
「ふふ。そうなのかい?ならもっと、早く招待するべきだったかな。」
そう言って笑う幸村の顔は、柳が初めて見る笑顔だった。
そして彼処にも、データに無い顔をしている男が1人。
「お客さんが居るとは聞いていたが、丸井だったとはな。」
柳は丸井の近くの席に腰かけた。
「おう!俺もお前とこんなとこで顔合わせるとは思ってなかったぜ。」
「そうだろうな。お互い様という奴だ。」
「っていうか、何よこのテニス部率は。」
千百合のいう事は最もである。
今此処に7人集まっている内の3人は、音楽系の部でもなんでもない、テニス部の部員だ。
「大体紀伊梨の所為でしょw」
「よくよく呼び寄せるわよね、あんた。」
「えー?呼び寄せてるつもりはないんだけどなー?」
言いながら、ジャーンとギターをかき鳴らす紀伊梨。
準備は完了だ。
「さて、ブンブン!」
「ん?」
紀伊梨はすっかり昼食を食べ終えている丸井を指差した。
「ブンブンは言ったな!?私にバンドなんて出来るのかと!覚える事多いだろうに、お前に出来るわけがないという冷たい目で私の事を見たなあ!?」
「「「「それは丸井が正しい。」」」」
「のおおおお!?」
「だろい?」
「う、ううん・・・」
「ゴホン!まあそんなわけで!今からブンブンには、私がどれだけハイパーでスペシャルな女子なのか分かって貰うんだかんね!」
(ハイパーで・・・)
(スペシャルねえ。)
暖かくはあるが半分以上信じてない目で柳と丸井が紀伊梨を見ているのが、紫希には分かった。
まあ元々のイメージに加えて今回の遅刻があっては、無理もないとは思うが。
「・・・紀伊梨ちゃんは。」
「ん?」
「・・・本当に、ハイパーでスペシャルな女の子ですよ。」
その言葉の真意を問うべく2人が紫希の方を向こうとした時だった。
向けなかった。
たった一瞬のギターの音色が、全員の鼓膜を突き刺したからだ。
「1、2、1234!」
本領発揮。
柳と丸井はそれ以外にぴったりくる言葉が見つからなかった。
棗の突き上げるようなドラム。
千百合のうねるようなベース。
紫希の書き上げた作詞。
その全ては、紀伊梨無しで本来の輝きを宿す事は無い。
音が、メロディーが、声が。
表情が、身振りが、ステップが。
紀伊梨の生み出す全てが、諸共を巻き込んで渦を巻いて、観客にパンチのような衝撃を与える。
(・・・ああ。)
柳は思う。
頭じゃない。心で。
この女の子はきっと。
舞台に立つ為に生まれてきたのだ。
「スタートを!待ってる、からーーーー!」
ジャン!
と紀伊梨がギターを切った。
ぴったり同じタイミングで、千百合と棗も演奏を終えた。
「・・・いぇい!どうよっ!」
紫希は満面の笑顔で、幸村も微笑みながら拍手をした。
「凄いです、紀伊梨ちゃん!素敵です!」
「よっしゃ!やったあ!」
「良かったよ。やっぱり流石だ。」
紫希の言った事は本当だった。
五十嵐紀伊梨には天賦の才がある事を、もう柳も丸井も疑わなかった。
「すっげえな五十嵐!」
「ああ。見直した。」
「ふふーん、そうでしょそうでしょ!聞いて驚けなんと!紀伊梨ちゃんは聞いただけでギターのメロディーラインと曲の詩が入ってくるのだ!」
「はああ?!」
「俄かには信じ難いな・・・」
「にわかってどういう意味?」
「「・・・・・」」
やっぱり信じ難い。
「ほ、本当の事ですよ!」
「五十嵐にはそれが出来るんだよ。耳から聞く音楽の情報に、凄く強いんだ。」
「へー!」
「成る程。つまり逆説的に、五十嵐に手っ取り早く覚えて貰うには、一度誰かの手本を見せる・・・いや、聞かせる必要がある。そういうわけだな?」
「察しが良いねー、やなぎー君とやら。」
「そうよ。だから新曲が出来たら、此奴の録音したギターと一緒に、作詞する紫希が歌ってくれないと。」
「うう・・・」
紫希としてはもう自分の事に言及しないで欲しい。
「因みに聞きたいのだが、目で見る情報の覚えはどうなんだ?」
「・・・・・いやー、それは?」
「音楽の乗せられて居ない聴覚情報は?」
「いやー、それも・・・?」
「察してやってよ、柳。あんた紀伊梨の事手伝ってくれたんなら分かるでしょ?」
分かるからこそ確認したいのである。
「いや、でもすげえだろい!聞いただけで歌えて弾けるんだぜ?」
「えへへへへ!もっと言ってくれても良いんだ、よっ!?!?」
紀伊梨の後頭部に千百合のチョップが入った。
「調子に乗るな。そもそも遅れてきたくせに。」
「まあまあ、千百合ちゃん・・・」
「あうう~」
「まあ、遅れて来たのは本当だかんねw」
「そおだけどお!」
(・・・ん?待てよ?)
そうだった、自分は遅れて来たのだった。
早く音楽室行かなくちゃと思い、そればかり気にしていたけれど。
「そーいえばお腹空いたの忘れてた!」
「はああ?呆れた・・・あんた弁当教室なわけ?」
「んーん。ブンブン見てたらお腹空いたから、一緒に2限終わった時食べた。」
(((((2限・・・!?)))))
早弁は良いとしても、するとしたら3限と4限の間ではないだろうか。
2限の終わりと言ったら、朝ではないかもしれないがまだ昼とも言い難かろう。
早く食い過ぎだろと言うべきか多く食い過ぎだろと言うべきか。
丸井本人に言うべきか釣られて同じタイミングで食べてしまう紀伊梨に言うべきか。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「あり?皆どったの?」
「つうか俺も腹減っただろい。」
お前は今食べただろう。
突っ込みきる前に次のボケを被せてくるのは止めて欲しい。
「・・・ま、なんだ。」
棗がスティックを置きながら腰を上げた。
「皆で一服しよーよ。飯は無いけどほら。」
デザートはあるじゃん。
その棗の言葉に、皆を取り巻いてすっかり馴染んでいたレモンの香りが、少し強まった気がした。