「・・・・・・・・」
「・・・ちょっと。」
「あてっ。何すんだよい!」
「身を乗り出すな、落ち着かない。」
紫希がレモンパイを切り分ける。
その様子をじっと見ていた丸井の姿勢が段々前のめりに前のめりになっていくのが、千百合は気になって仕方がないのだ。
額を軽く叩くくらいは許して欲しい。
「・・・ねえねえ、紫希ぴょん?」
「はい?」
「あのね?ちょーっとだけで良いから、私の分大きく、」
「五十嵐、そういうのは感心しないよ。」
「うぐぐぐぐ、ゆっきー地獄耳・・・!」
穏やかな幸村だが、何時いかなる時も何も言わないわけではない。
身内の不祥事なら尚更だ。
「あ、あはは・・・」
「でもあれでしょ?」
「?」
「7人居て今8等分してるんだから、誰かは一切れ多く頂けるわけじゃん?」
棗の発言にピリ、とした何かが紀伊梨と丸井の間に走った。
奴は敵だ。
「言っておくけど、ジャンケンだからね。」
「「えええっ!?」」
「私だってレモンは好きなの。」
「一騎打ちになると思わない方が良いね。」
千百合も幸村も棗も、其処までいうほど甘い物が好きでは無い。
だから多くの場合紀伊梨はこういう時譲って貰うのだが、紫希はお菓子作りの際にその3人の事も考えて甘さをギリギリ迄抑えるので、結局皆気に入ってかち合う事になる。
「・・・あのう、柳君はこういうの平気ですか?」
「ん?平気とはどういう意味だ?」
「いえあの、素人の手作りって、嫌って人がいらっしゃるじゃないですか。お菓子は特に。無理してらっしゃらないかと・・・」
「ああ、そういう事か。」
「えー!そんな人居ないよお!」
「居るの。もう、あんたは考え無しなんだから。」
「むー・・・」
どうしても紀伊梨辺りは美味しければ良いじゃ無いなんて思ってしまうのだが。
「春日、配慮は有難いが気にしなくて良い。俺はそういう点に関しては、特になんとも思わない。」
「なら良かったです。あ、それからもし美味しくなければ残して頂いて・・・」
「「美味しく無いなんて事無い!」」
「ぷはっw」
食い助のシンクロ。
棗は吹き出した。
「紫希ぴょんのお菓子は美味しいもん!」
「おう!寧ろ残しても良いぜ?俺が引き受けるから。」
「あ、ずるいー!」
「兄弟みたいだね。」
「あはは・・・」
「ていうか、丸井は食べた事無いでしょ。」
「いや?こないだ貰ったぜ?」
「えっ!?」
一体何時の間に、と声を上げた紀伊梨以外も思った。
「あ、この間の抹茶を差し上げた人が丸井君だったんです。」
「・・・という事は、あんたがお菓子ソムリエね?」
「お菓子ソムリエ?」
「春日から聞いたよ。見てないのに匂いで材料を当てたり、砂糖の量を当てたりしたんだろう?」
「ああ、そんな事か。」
なんだか凄い事のように思われているが、丸井にとっては朝飯前である。
「あれくらいは当然だろい?」
「当然じゃねえしw」
「お前らは揃いも揃って、食に対する貪欲さが足りねえんだよ。そんなんじゃ、何時か肝心な所で美味い物を食い逃すぞ?」
「あんた程貪欲になりたくないわよ・・・紀伊梨、嗅ぐな。お菓子ソムリエ目指さなくても美味しい物は食べられるから。」
「でも食い逃すって・・・!」
「今鼻を効かせた所で、レモンの香りしか分からない確率100%だ。」
「うええええん!」
喚く紀伊梨の鼻先を、正にそのレモンの香りが擽った。
「はい、紀伊梨ちゃんの分です。」
「やたっ!あああん良い匂いー!」
「この変わり身の早さよw」
「丸井ってば、貰えるから体近づけんなもう!」
「しょうがねえだろい?勝手に寄って行っちまうんだよ。」
「・・・・・・」
(面白く無さそうだな。)
さっきから目の前で丸井を抑える千百合があまりお気に召さないのだろう。
幸村は結構独占欲が強い。
知りたかったような知りたくなかったような情報が、参謀の頭に入った瞬間であった。
「ほれやなぎー君、フォーク。」
「ああすまない、黒崎棗。」
「よーし!じゃあいっただっきまーす!」
紀伊梨の音頭で頂きますを言うと、丸井がフォークをパイに持っていく。
突き刺すと、生クリームを抜けてレモンクリームを抜けて、下のパイ生地にサクッとフォークの歯が立つ。
口元に持ってくると、尚更強まるレモンの香り。
(・・・うん!)
「やっぱり美味いな!」
「とーぜんっしょー!紫希ぴょんのパイだもん!」
「何故五十嵐が誇らしげなんだ?」
「何時もの事よ。いちいち気にしない方が良いわよ?」
「はあああああ・・・!」
「よしよし、頑張ったね。」
「死にそうな顔してたよw」
紫希は詰まっていた呼吸がドッと楽になった。
自分が食べるのそっちのけで、丸井が最初の一口を食べるのばかり注視している紫希の図というのは、幸村と棗的には実はちょっと面白かったりする。
「?なんだ、どうした?」
「分かってるでしょ、紫希は緊張しいなのよ。」
「気を張ってたんだよ。普段はともかく今回は、丸井の舌に合わないと意味がないからね。」
「なんで?」
大真面目にそう聞く丸井。
皆の視線は丸井に集まり・・・そして紀伊梨へと移った。
「・・・紀伊梨、お前ブンブン君にレモンパイの事言ってなかったの?」
「えええ!?言ったよ!」
「おう、それは聞いてたぜ?レモンパイ作ってきてくれるからねー、って言われたし。」
「理由迄聞いたかい?」
「いや、それは聞いてない。」
「・・・あああ!忘れてた!」
「それをちゃんと言えよw」
「もー、あんたって子は・・・」
千百合は呆れ果てる。
どうしてこの友人は、音楽が絡まないとこうも抜けてるのだろう。
「ふむ・・・察するに、このパイは何か特別な理由があって作られた物なのか?」
「そうだよ。春日は今日、丸井の為に此れを作ってきたんだ。」
「え、俺?」
さっぱり話が分からない。
何かしたっけ、と思い返しても、春日とは今日やっと名前を知ったような間柄だし。
「あの、ポッキーのお礼です・・・」
「・・・って、あれかよ?別にそんな大したもんじゃないぞ?」
「えと、でもあの、丸井君がどうであっても、私嬉しかったんです。先週お会いした際にも言いましたけれど・・・」
そう言われて先週の事を思い出す。
全然知らない人が、全然知らない自分の為にお菓子をくれた。
嬉しかった。
確かにそう言っていたが。
(・・・うわ、なんか、)
あれは自分の事か。
全然及びもつかなかった。
発言を思い出そうとすると、それと一緒にあの時の本当に嬉しそうな笑顔とか声音とか、自分にも嬉しい気持ちをと言ってくれた時の事とかも一緒に思い出される。
それが諸々自分を指していたのだと分かると、なんだかちょっと照れくさい。
「・・・でもあれだな。それなら貰いすぎになっちまうな。俺抹茶のケーキの方も貰ったし。」
「という事は、丸井は春日に貰い過ぎた分の礼を返さねばならない・・・という事だな?」
「ふふ、そういう事になるね。」
「で、紫希の事だから更にそのお礼をするんでしょ?」
「おお!お礼がぐるぐる回ってるう!」
「永遠に続く奴だw」
「良いんです、良いんですそんなの!私が如何程喜んだかっていう話に起因してるんですから、受け取って頂けたらそれで・・・」
「やなぎー、きーんってなーに?」
「良いのよ柳。無視して。」
「ああ、そうさせてもらおう。」
「正直、キリが無いよね。」
「ひどいー!ねーねー紫希ぴょん、どういう意味ー?」
「ええと起因って言うのはですね、起こる原因と書きまして、」
わいわい話す皆を見ながら、丸井はもう一口レモンパイを口に放り込んだ。
クリームが甘い。
レモンカードが甘酸っぱい。
やっぱり美味しい。
(・・・如何程喜んだって話になるから、か。)
その理屈で言うなら、自分はやっぱり何かちょっとでも返さないといけないんじゃないだろうか。
だって、自分だって喜んだもの。
この子がくれたものに。
「まあほら、春日。先週末の約束は守るからよ。」
「いえ本当にお気になさらないで・・・」
「何よ?先週末って。」
「内緒、内緒。な?」
「ええ!?」
「お、なんだか事件の香り?」
「むむむ!これは吐いて貰わなければなりませんぞっ!」
「・・・それは良いが、五十嵐。今は食べるのを優先させた方が良いぞ。」
「えっ?」
「丸井はもう食べ終わるからね。」
「おー。ジャンケンするんだろい?早くしねえと食うぞ?」
「うわ、ブンブン君早っ!」
「あー!あーん、待って待って!」
「あんた、もうちょっと有難く食べなさいよ。」
「しょうがねえだろい、美味いんだから。」
そう言うと斜め向かいに座っていた春日の顔が少し赤くなって、丸井はなんだか笑みが零れてしまうのだった。