「面白い奴だったねー、ブンブン君。」
放課後。
音楽室で棗がスネアを踏みながら言った。
目は楽譜の確認をしているので、音を鳴らすのは癖みたいなものだ。
「面白いっていうより、食い助なんでしょ?行動原理食い物で出来てるみたいな奴だったじゃない。」
「それが面白いんだってw」
「そ、それは言い過ぎなのでは・・・」
「言い過ぎなもんか。当然の感想よ。」
「ううん・・・」
「紀伊梨とか教室でどんな話してんの・・・紀伊梨?」
紀伊梨はイヤホンで、今日の昼聞き逃した一番を含めて録音した新曲を頭から聞いていた。
顔は楽しげだが決して巫山戯てはいけない。
半分閉じた目は喜びを称えながらも目の前の風景を見ているわけではなく、爪先はトントンと狂う事なくリズムを取り続けている。
「こうなると聞いちゃいないんだよねー。」
「紀伊梨ちゃん、集中力がありますからね。」
「いつか車に撥ねられるんじゃないか心配だから、もう少し周りは見て欲しいんだけど。」
「まあまあ。」
「~~~~♪・・・ん?何?どったの皆?」
きっちり聞き終えてから、紀伊梨はイヤホンを外してこっちを向いた。
「ブンブン君の話ー。」
「ブンブン?」
「彼奴食い物の話しかしてなくない?教室で他の話する?」
「言い過ぎですよ・・・しますよね?」
「えー、お菓子とご飯の話以外かあ。うーん・・・」
その悩み方の時点で、話の大半は食事とお菓子の話である事が伺い知れようというもの。
「ほら。」
「やっぱり食べ物の事しか考えてないのかなw」
「そんな・・・」
「んでもでもー、そんなに何でもかんでも話すわけじゃ無いからなー!」
実際、丸井が紫希と会った事があるなんて、紀伊梨は聞いていなかった。
例え自己紹介を忘れてたとしても、丸井からも「こんな奴に会った」と聞いていれば、紫希の事なのではと気づいた筈だ。
お互いに多分、そういう風にお互いには言わない事が山程あるのだからして、自分と食べ物の話しかしないからと言って相手が他の事を考えていない理由にはならない。
「あ!あのねー、友達の話はするよ!」
「他所のクラスの?」
「うん!あのねー、ブンブンには小学校の頃からの友達が居てねー、なんて名前だったかな~、ハーフの子なんだよ!」
「へえ、ハーフ。」
「何処の方なんですか?」
「えっとー、なんだっけあの、ほら!オーレ!ってとこ!」
「メキシコか、スペインですか?」
「多分?」
「あんたの多分はあてにならない。」
「酷いっ!」
(ハーフ・・・)
「・・・ねー、紀伊梨。」
「ん?」
「それって男子だよね?ブンブン君の友達って事は。」
「うん。」
「名前はジャッカル桑原じゃない?」
「あ!それそれ!やっと思い出した!そうそう、ジャッカルが、って言ってたよ!」
「知り合い?」
「クラスメイトだよ。」
ジャッカル桑原は幸か不幸か、お互いにそれと知らぬまま棗と同じクラスになっていた。
立海はマンモス校とはいえ、中等部はそれ程グローバルなカリキュラムというわけでもなく、ハーフはそれなりに珍しい。棗もジャッカルの事はすぐ覚えた。
「偶に話に来たりとかしてたわ。あの赤毛がブンブン君だとは思わなかったけど。」
「そーなんだー!ねーねー、どんな人?」
「目立つよ?地黒で坊主で顔の彫りが深くて。」
「ああ、そりゃあ目立つわね。」
「後、日本語に苦労してる。」
「日本語、ですか?」
「なんか、小3から日本に来たらしくてさ。物心ついてから暫くは外国で暮らしてたわけだし、いきなり日本語に切り替えろやって言われても、って感じなんじゃない?」
「ああ・・・それは、大変ですね。」
「教科書とかは平気らしいんだけどね。口語というか、話し言葉やスラングちっくなのがネックらしくて。図書室の本借りて勉強してるよ。」
「へえ、熱心ですね。」
「良いね。真面目な奴じゃん。」
「うん、紫希とかと気が合うと思うよ。」
おそらくその内図書室で嫌でも顔を合わせるだろう。
人見知りな紫希が話せるかどうかは微妙だが。
「ちーなーみーにー?」
「「「?」」」
「桑原の前の国籍はブラジルなので、その辺間違わないよーにw」
「えっ!?」
「ちょっと、紀伊梨。オーレ!って何よ。」
「えええっ!?だってだって、ブラジルってほらこう・・・オーレ!」
「フラメンコでしょ、それは!」
「ブラジル違うの!?」
「サンバです・・・」
「あっはっはっはっは!」
棗は笑いっぱなしだが、本人の前で間違うよりは良いだろう。
「あ、それから桑原もテニス部だから。」
「そうなんですか?」
「俺も坊主だから野球かと思ってたんだけどねー。ブンブン君と同じ部活だって言ってたから、桑原もテニス部でしょ。」
「あ!そうそう、思い出したよ!今日ね、今日ね、昼休みの後はゆっきーの話をしたんだよ!」
ほんの僅かに千百合の身体が傾いだのを見て、棗は笑いを噛み殺した。
我が妹ながら分かりやすい奴。
「幸村君のお話ですか?」
「そーそー!ほら、私ゆっきーの話はちょっとしてたけど、ブンブンとも知り合いって知らなかったっしょ?」
「それがそもそもおかしいんだよw」
「もー!それは置いといてー!んでね、んでね、部活でのゆっきーがどんな感じか聞いてみたのですよ!」
「あ、それは知りたいです!」
「ね。俺達も練習あるからあんまりしょっちゅう向こうは見に行けないし。」
「・・・・・・」
そうやって急に黙るから、転じて早く続きが聞きたいんだと言ってるようなものなのに。
こういう所ではとことん要領の悪い千百合に、紫希は微笑ましさを、棗は可笑しさを感じる。紀伊梨が気づかないだけ幾分マシだろうか。
「それで、どうなんですか?」
「あのねー、あのねー、めーーーっちゃんこ強いって!」
「それは知ってるってw」
「そーじゃないのー!もう、3年生の部長さんより強いし、後やなぎーと、えーと、紫希ぴょん達のクラスのさな、さな・・・」
「真田君ですか?」
「そー!その真田とやなぎーも強いんだけど、ゆっきーはその2人よりもっと強いんだって!もー最強だよ!」
「へー!そんなに強いんだ、それは知らなかったわ。」
「なら、今年の大会にも勿論出られるんですよね?」
「もっちろーん!レギュラー決めるのは毎年4月の・・・最期の方?なんだって。でも、ゆっきーがレギュラーじゃないなんてあり得ない!って、皆言ってるんだってさ!」
「はああ・・・」
「吃驚ー。そんななんだ、彼奴。」
テニスをしている幸村を良く知らない、とは言え、紫希や棗だって幸村のテニスの成績くらいは知っている。
大会に出たら当たり前みたいに優勝するし、試合には勝つし、家にはトロフィーとか賞状が沢山ある。
だから優秀な選手なのだという事は重々承知していたつもりだったが、どうやら自分達の幼馴染は思っていた数十倍優秀だったようだ。
この部員数200人を誇るマンモステニス部、立海大附属中等部男子テニス部で早くもトップに躍り出ているとは。
「しっかしアレだね。」
「はい?」
「そんなんだったらアレでしょ?女の子にも人気出そうじゃない?」
あまりの図星に紫希は思わず目をキツく瞑った。
知ってる。
そんな事皆分かってる。
「あー、そうだねー!それは絶対そーなるねー、うんうん!」
「棗君、紀伊梨ちゃん・・・!」
「いやでも、そう思うでしょw思うっていうか、普通に考えてそうなるよ。紫希も思わないじゃないでしょ?」
「そりゃあ、多少は出るだろうとは思いますが、」
「えw多少で済まないっしょw」
「おおう、まずいぞ千百合っち!どうですかい?此処は一つしっかり彼女アピールをしておいて、誰がゆっきーの恋人なのか分かっといて貰うと言うのは?」
「・・・・・・」
紀伊梨は半分冗談混じりだが、千百合にはかなり痛い所を突かれた言動だ。
分かってる。
幸村があっという間に人気者になるであろう事も、ある程度はアピールしておいた方が長い目で見て良い事もあるであろう事も。
紫希ですら自分に気を遣って紀伊梨と棗程騒ぎ立てはしないが、同時に心配もしてくれている。
名前で呼ばないのかと今日話を振られたのが何よりの証拠だ。
「ねーえ?千百合っちー?」
「方法は色々あるでしょー?なんか出来る事やったら?親しげに呼んでみるとか、一緒に帰ってみたり部活に応援に行ったりさ。」
そう、やろうと思えば出来る事は沢山ある。
あるけど。
「・・・別に。練習あるし。」
「いやいやいや、妹よw」
「えー!?何もしないのー!?」
「私の勝手でしょ。」
「そうかもだけどさw」
「いやいや、そーいうのはいかんざきっすよ千百合っち!だって・・・」
「もう、煩い。放っといてって言ってるでしょ?私が良いって言ってるんだから、良いの。」
はああっ、と千百合は大きく大袈裟に溜息を吐いた。
「千百合ちゃん・・・」
「ごめん紫希、ちょっとジュース買ってくる。」
「それは構いませんけれど、」
「すぐ戻るから。」
「あ・・・」
黒の二つ折り財布を引っ掴むと、千百合は大股で音楽室を出て行った。
「・・・2人とも、心配なのは分かりますけれどああいう話の運びは怒られてしまいますよ?」
「まあそれは分かってるけどさw」
「えええ!?なんで怒られるの!?」
「解んないのかよw」
「ううん・・・」
紀伊梨のこういう所は時にこういう事態の引き金にもなるが、紀伊梨の美徳でもある。
単純明快それ故に強い思考回路を持つこの少女は、やった方が良い事とその方法が分かっているのに何故やらないのか、それが分からないのだ。
「・・・でも紀伊梨ちゃん、何もしない事で分かる事もあるんですよ。千百合ちゃんはそれが知りたいんじゃないかと、私は思うんです。」
「???」
「まあ紀伊梨にはまだ早いよw」
「なんだとお!?っていうか、なっちんは分かるのかよっ!」
「分かるよ、双子だもん。」
「なら何故あんな事を・・・」
「それは逆だわ。お前らにとっては彼奴は友達だけど、俺にとっては家族だもん。」
千百合は今、甘えようとしている。
自分が無理に何もしなくても、幸村との関係は続いていくのではないかと思っている。
それは棗からしてみると、人様に迷惑かけてんじゃねえよと思える事でもあるのだった。
だから紫希と紀伊梨が許しても、それどころか例え幸村が許しても、自分は千百合を甘やかすわけにはいかないのだ。
少なくともポーズだけは。
「でもだから、逆に紫希は今のスタンスで良いと思うよ。当然っちゃあ当然だし、人に甘いのはお前の良い所だし。」
「うううん・・・」
「ねーねー!話が見えないんですけどー!」
「お前も今のままで良いよw」
「何それー!」
わあわあ言い合う紀伊梨と棗から意識を離して、紫希はそっと千百合の出て行った出入口を見た。
紫希は、千百合の事と同じくらい幸村の事を考えていた。
確かに千百合が色々してくれる事は、幸村には喜ばしい事だろう。
でも、千百合がそんな不安を抱えた気持ちで無理をして行動するという事に対して、1番異を唱えるのはその幸村だ。
紫希が怒られると言ったのはそういう事である。
今みたいに千百合を煽るような言い方をしては、千百合が許しても幸村が2人に物申すに違いない。
だから紫希も、多少気にしてはいても言い方には注意をしていた。
あくまで提案に止まるように。そうせよと強く勧めるニュアンスを持たせないように。
それからもう一つ。
千百合の事を考えた時の話。
おそらく千百合は。