「・・・ふう。」
ああやばかった。
内心ギクッとした。
此処に来る前、紀伊梨達と別れる直前に感じた「波」。
あれを未だ引き摺ってしまってるのかと思った。
1人で居る時は良い。
こうして周りに誰も居ないと、「あーあ、私何考えてるんだろ馬っ鹿みてー。」で済むのに、周りに人が居るともう駄目。
「おい、本当に大丈夫か?黒崎、呼ぶか?」
「だ、大丈夫・・・大丈夫です・・・」
(お。)
千百合が梯子を見上げると、とんでもなくおっかなびっくりの青い顔をした紫希と、続いて丸井が下りてきた。
「・・・って、お。妹の黒崎。」
「妹って呼ぶなっつってんだろ。」
「千百合ちゃん・・・」
「紫希、別に無理矢理捕まえようとか思わないから、ゆっくり下りな。」
取り敢えず、床に足を着けてからにしよう。
話はそれからだ。
そう促してくれる千百合が紫希には天使に見える。
「・・・っ、はあ・・・!ああ、良かった、地面、地面が近い・・・!」
「お疲れ様。」
下り終わるや否やへたり込む紫希。
逃げるどころか暫くこの場から動けなさそうである。
「でも悪いけど、捕まえさせて貰うわよ。」
「あ、うう・・・ですよね・・・」
「お前容赦ねえな。」
「容赦してる場合じゃないでしょ。っていうか。」
「?」
「・・・あんたはその気なら逃げても良いのよ。」
これはちょっとした賭けだった。
おそらく今はこれ以上逃げないであろう丸井に、敢えて逃亡を促してみるという。
「私はあんたよりは足遅いし。追いかけるのも怠いし。」
「春日は?」
「紫希は見捨てろって言ってんの。」
「ま、丸井君、それが通るのならそうなさって下さい!チームの為に・・・あ、でも、千百合ちゃんは良いんですか?後で何か言われませんか・・・?」
「いや、私が言い出してる側だし。怠いのは本当だし。」
真面目な話、もし本当に丸井が紫希を見捨てて一人で行ってしまっても、千百合は動かない。
千百合にはどうも出来ないと自分でも思うし、他の皆もそうだろう。
その上で聞いてみたくなったのだ。
ちょっと。
「で、どう?」
「・・・・んー、」
丸井はちょっと考えた。
千百合はこのタイプの嘘は吐くまい。
だから逃がしてくれると言うのは本当だろう。
そしてそれなら逃げるべきなのだ。
チームの勝利の為に。
「・・・でも良いや、俺も捕まる!」
「ええ!?」
「なんで?」
「普通に疲れてるからな。流石に今幸村君とか柳とか相手に回して、逃げられる気はしてねえだろい。五十嵐相手でもジリ貧位だぞ?」
「ああ、そういう事。」
それなら大人しく捕まって暫くジッとして居た方が、体力の回復にもなる。
「それに見捨てるのもなー。」
「あの丸井君、私の事はお気になさらないで、」
「お気になさらないでっつっても、お前が今逃げられない程くたくたなのは半分俺の所為だからな?」
「どうして、」
「あんな所で立てとか言っておいて、どうしても何もないだろい。」
「やっぱり言い出したのはあんたか。」
紫希が屋上で立っているのを見た時、あれは紫希がやると言い出したのか丸井がやれと言ったのかどっちなんだろう、と千百合はちょっと考えた。
紫希は危ない事程自分からやると言い出す傾向があるが、流石にあれは言い出すか微妙な所。
「あの、違うんです千百合ちゃん、」
「何が。」
「あの、高い所が苦手だと言いださなかったのは私の方で、」
「そら見ろやっぱり。」
そんなこったろうと思った。
「そうだ、それ!言えよ!俺ちゃんと話振ったろい、怖いもん無いのかって!」
「ご、ごめんなさいでも、でも・・・」
「「でも?」」
「・・・言うと、同行させて頂けないかと思って・・・」
(当たり前でしょ。)
可哀想だがそれは当然だ。
千百合が呆れて溜息を吐きかけた時だった。
「あのね紫希ーーー」
「違うだろい。同行する為に言うんだよ、そういう事は。」
(ーーーえ?)
千百合にしては珍しく、驚きそのものの表情になって丸井をみやる。
「・・・そう、なん、ですか?」
「そうなの?」
「なんだよ、お前まで。」
「いや、普通は苦手なら遠ざける為に気を使うもんじゃないの。」
「それはまた別の話じゃねえ?」
「何が別?」
「春日が高い所怖いのと、高い所に行きたがってるのは又別だろい、って事。」
紫希が掛け値なしに怯えているのは、見て居たら疑いの余地もなく分かる。
体育館の2階さえも怖いとかいうのも、本当だろう。
でも、紫希は下りなかった。
幸村に煽られても、決して下りなかった。
怖いけれど、それ以上について行きたい。
紫希の意思は其処にあると思ったから丸井は手を貸した。
降りろと促すのではなくて、自分の方へ引き上げてやった。
「良いか、お前GWの時もそうだけど!怪我だとかあれが怖いだとか、苦手だとかはちゃんと言えよ?」
「う・・・でも、」
「それを理由にして、あれするなとかこっちに来るなとかは言わねえよ。」
「・・・・・」
「じゃなくて、それをどうにかしてやるから言っておけよ、って言ってんの。オッケー?」
「それは「それは迷惑です、は却下。」どうしてですかあ・・・!」
「・・・・・・」
千百合はちょっと目を見開いた顔のまま丸井を見つめ続ける。
成る程。
成る程というかなんというか、こう来たか。
いつもこうしているのか、お前。
「ん?どうした、黒崎?」
「いや、あんたなんか。」
「?」
「新種ね。」
「新種?何が?」
今迄丸井は、紫希に対してただ甘い顔をしているのかと思っていた。
だが、それは違う。
ただ優しいばかりでなくて、時折頑張りを要求するのだ。
紫希は元来努力家な面があって、放っておいても何時も頑張っているから、
その上もっと頑張れなんて自分達は殆ど言った事が無いけれど。
「・・・ウィザードねえ。」
「前から思ってたけど、お前ら兄弟2人してそのウィザードってのはなんだよ?悪口じゃねえってのはなんとなく分かるけど。」
「ウィザードと言うのは、ウィッチの男性名詞で、魔法使いの事です。」
「へー!ん?って事は俺が魔法使いっぽい?って事?」
「まあ。」
多分本当の所のニュアンスは伝わって居なさそうだが、まあ良いだろう。
紫希が居る前でコンコンと説明するのもなんだかアレだし。
「ふうん。ま、悪かねえけど俺的にはやっぱヒーローとかって呼ばれる方が好きだな。」
「10年早い。」
「そんなにか?」
「ま、まあまあ・・・ヒーローになるのは、難しいですから。」
そう。
ヒーローになるのは難しい。
「せ・・・幸村位なんでも出来るようになってからにしたら。ヒーローになるのは。」
「オッケー、カナブンの1匹や2匹平気になってから出直して来いって事だな。」
「カナブン?」
(あ。)
しまった。
つい。
うっかり。
カナブンなんてピンポイントな単語を。
「・・・・・・」
「いやー、あの、その・・・なんというか、成り行きで?あ、見てないぜ?何も見てない、聞いただけだから!な?」
「あの!態とじゃなかったんです、でも出るに出られなくてというか、あの・・・本当にごめんなさい・・・!」
此奴ら、このゲームの間は絶対に逃がさん。
特に丸井は。
千百合は固く心に誓った。