「・・・・・・・」
なんとか逃れた。
逃れたが、これはちょっと予想外の話を聞く事になった。
「・・・プライド、か。」
薄々は真田も感づいていたが、千百合はダウナーな割にプライドはちゃんとある。
他者に対するプライドと言うより、自分に対するプライドと言う奴が。
こんな自分には成り下がりたくないと思う自分像があって、其処に落ちる事に強い抵抗を示すのは真田も同じだ。
その点は同じなだけに、余計に解せない。
こんな自分にはなりたくない、の、「こんな自分」の中に、千百合は何故か怠惰な自分が入らないのだ。
物事に対して面倒がるのは良し。
怠いと思って良いし、楽したいと思っても良し。
でも簡単に人に頼る自分はNG。
皆の前で幸村とベタベタする自分もNG。
その辺の境目が人それぞれの個性と言う奴なのだが、真田にはさっぱり分からない。
(なんというか、中途半端なのだ彼奴は!もう少し自分に甘いのか厳しいのかはっきりするなら、俺とて対応のしようもあるものを・・・)
甘い方にはっきりしても、真田から落ち着いた対応は得られまい。
と、見る人が見ればツッコミをいっぱい頂きそうな事を考えながら、真田は扉を開けーーー
「やあ弦一郎。」
ぎぎぎと音が鳴りそうな固い挙動で左手を見ると、まるで待ち合わせでもしてる風な爽やかな幸村が、にっこり笑って立っていた。
そしてその後ろから、紀伊梨がひょこんと顔を出し。
にいっと笑う。
「確保おおおお!」
「くそおお!」
これは辛い。
神の子とスピーカーのダブルコンボである。
(落ち着け!冷静になれ!先ずは・・・)
真田は角で右に曲がった。
そしてその先で、直ぐに左へ。
「うおっ!ととと、そっちかー!って、おう!?今度はそっち!?」
(流石弦一郎だ。開けた所では2対1でもこっちに引けを取らないね。)
直線距離に持ち込まれては、幸村のテニススナイプで終了である。
それを防ぐには、頻繁に角を曲がり見通しの良い所に行かない事。
加えて、単純なスピード勝負なら幸村と真田はほぼ同レベル。
そして紀伊梨は、足は速い方と言えど、流石にこの2人と何時までも並走を続けるのは厳しい。
(・・・仕方がないな)
「五十嵐、このまま弦一郎を追ってくれ。」
「およ?ゆっきーは?」
「俺は別のルートから行くよ。挟み撃ちだ。」
紀伊梨が追いつけなくても良い。退路を塞いでくれるだけで、ある程度方向が絞れる。
「捕まえなくても良いから、諦めないで追ってくれ。良いね?」
「はいよー!任されたー!」
(くそ・・・!)
流石というかなんというか、嫌になる位的確な指示。
真田がうんざりしている事にも気づかず、紀伊梨は追い続ける。
「待てーい!ごよーだ、どろぼーめー!」
「誰が泥棒だ!」
「えー!?今そっちが泥棒役じゃーん!紀伊梨ちゃん達は警察官なんですよっ!」
「言わせておけば・・・!」
これだから逃げる役と言うのは性に合わない真田だが、今愚痴ったって仕方がない。
余計な事を考えていたら紀伊梨に追いつかれてしまう。
(しかしどうする!このままでは幸村に回り込まれてジリ貧だ!今の内に振り切るなりしなければーーー)
「真田!」
その声に紀伊梨が振り向くと、真田を追う紀伊梨の、更にその後方に桑原が居た。
「おおう!桑ちゃん!え、ちょっと待ってよ、えーと、えーとお!」
これは困った。
追う対象が急に逆方向に増えた。
「どっちを追っかければ良いのー!真田っちー、桑ちゃん、いやでも・・・」
此処だ。
真田と桑原は顔を見合わせ、頷き合った。
「悪い、五十嵐!」
「え!?」
桑原を振り向くと、桑原はすぐ隣に有った部屋の扉を開けていた。
隠れるのか、と思いきや。
「えっ、ちょ・・・えええええ!?」
「すまん!謝る!でもこれも作戦なんだ!」
桑原は部屋に入らず、すぐさま反対側の部屋の扉を開けた。
これでは廊下が扉で塞がれてしまう。
「うっそお!って、ええええ!?ちょっとー!真田っちまでー!」
「勝つ為だ、許せ!」
「そんなー!」
慌てて逆方向に逃げようとした紀伊梨だが、そっちはそっちで既に真田が同じ作業をして、
ご丁寧にストッパーの家具まで置いてしまっていた。
紀伊梨は廊下のど真ん中で閉じ込められると言う異常事態になったのだ。
「ずーるーいー!開けてよー!っていうか閉じてよー!」
「開けるか!」
「本当に悪い!ゲームが終わったら迎えに来るからな!」
「遅いよ!?ねえちょっ・・・」
ぱたぱたぱた・・・と遠ざかって行く足音。
真田は逃げた。
桑原も逃げた。
紀伊梨は1人取り残されてしまった。
「・・・たあああすけてええええーーーー!」
敵の位置を知らせるスピーカーが、SOSに変わった瞬間だった。