部屋の扉を開けた。
そしたら其処に、偶々柳が居た。
すんごく嫌な展開だったが、避けるわけにはいかなかった。から。
「・・・あー!やなぎーが居る!お疲れー!」
「ああ、五十嵐か。」
(口がむず痒いのう)
仁王は今、紀伊梨に扮していたのだ。
今紀伊梨を閉じ込めた、という連絡が入ってきて、それから未だ「逃れた」という連絡が入って居ない。
しかもなんとなんと、桑原からの連絡に寄ると紀伊梨は携帯を扉の向こうに落としたらしいのだ。
つまり今紀伊梨は情報的にも物理的にも孤立していて、変装のターゲットとしてはうってつけなのだが、願わくばもっと演じやすい手合いのが良かった。
やなぎー、とか言う自分はどうも難しい。
一言一言に、いちいちこうか?こんな感じか?と自問自答しながら仁王は会話を続ける。
おお怖い。
でもお喋り好きな紀伊梨だから、自分から会話を切り上げてしまうと不自然極まってしまう。
「やなぎー、何やってたのー?誰か居たー?」
「いや、トラップの再確認を終えただけだ。此処にはおそらく誰も居ない。」
「おー、ごくろーさまです!」
(此処に居るぜよ)
こういうのが変装における面白さである。
この、自分だけが俯瞰で物を見ている様な感覚。
本当は此処で正体をバラして驚く顔が見たいのだが、此処はグッと我慢。
今はゲーム中。
「そっちはどうだ?誰かを見つけたか?」
「えーと、真田っちを見つけたよ!逃げられちったけどー・・・」
「そうか。まあ、相手が真田では多少分が悪いな。気にしなくて良い。」
これは本当である。
紀伊梨は真田を見つけたが、逃がした。
嘘を上手く吐くコツは、真実も入れ込んで置く事。
「やなぎーはー?誰か見つけたー?」
「春日を捕まえた。」
知っている。
さっき解放したのにもう捕まるという、余りにも早い逆戻り。
(この手のゲームは向いていない・・・と思っていたが、此処まで向いていないとは予想外だったナリ。)
「あり?紫希ぴょんって、千百合っちが捕まえたんだよね?」
「ああ。其処から逃がして貰い、俺が捕まえたのがおそらくその直後だったんだろう。」
「おー。」
あくまで何も知らないフリをしてそう言うと、柳は少し眉を下げて困った顔で笑った。
「・・・あまり気にしていなければ良いがな。」
「んお?」
「春日の性格上、捕まると足を引っ張ったとして気に病むだろう。だが、捕まえておいて言うのもなんだが、
そんなに落ち込まなくて良いと俺は思うんだ。」
「・・・・・・・」
「これは確かに真剣な勝負ではあるが、同時に親交を深めるゲーム。勝ったら喜び、負けたら次こそと奮起すれば良いのであって、誰のせいだとかそういう責任が発生するような事じゃない。」
(・・・まあ、それは確かにそうじゃが。)
しかしそれはそれとして意外な意見である。
柳はこういう事は、意見を仰がれない限り特別言わないタイプだと思っていた。
「・・・そだね!紫希ぴょんは気にし過ぎだよー!って思うけど、でも紫希ぴょんの性格ですからなあ。」
「リーダーである仁王と柳生がもっと言っても良いのかもしれないがな。勝っても負けても楽しんでいるから、そんなに勝敗に拘り過ぎるなと。」
「・・・・」
「どうした?」
「・・・やーぎゅって楽しいのかなあ?」
「?それはどういう意味だ?」
「うーん、だってだって、私達ってそもそもはさー、ニオニオとテニスして欲しくって今日を企画したわけですよ!果たしてせーかは出ているのか!?なんて思っちゃったり?」
(・・・今のはちょっと、五十嵐っぽくなかったかもしれんの。)
でもこれはちょっと柳の意見を聞いてみたかった。
ビードロズが催してくれたこの企画は、果たして日の目を見ているのだろうか。
「ふむ・・・そうだな、あくまで俺の意見だが。」
「うんうん。」
「・・・もしかしたら柳生はもう、仁王とダブルスを組んでも良い。そう思う所まで来ているかもしれない。」
うっかり地声が出るかと思った。
それぐらいの衝撃。
本当か。
本当なのか。
丸一月アプローチし続けて、そこまでして欲しかった結果が実は今、もう目の前まで来てたりするのか。
「・・・そ、そーなの!?」
「まあ、元々柳生はテニス部やビードロズに対して、それ程悪印象を抱いていたわけではない。それは仁王に対しても同じだ。あの歓迎会の日、仁王に食い下がってシナリオの説明を求めたのも「してやられて悔しい」という・・・いわば負けず嫌いな部分があったからなのであって、碌でもない奴らだとか思っていたわけではなかったさ。」
それは仁王も分かっていた。
あの日柳生と二人で話をした時も、怒りとか憎しみとか嫌悪感とか、そういう感情は伝わってこなかった。
だからこれはいけると踏んで勧誘したのに、袖にされ続け。
「じゃーどーしてテニス部に入ってくんなかったのかなー?」
「・・・ふっ。今言ったじゃないか。」
「え?」
「負けず嫌い精神。つまり柳生は、このままはいと言って二つ返事でテニス部に入ってしまったら、まるで仁王に対して全面降伏の白旗を掲げた気になってしまう。仁王自身と言うより、それが何より気に入らないんだろう。」
(おおおお・・・)
いけない。
頬が緩みそうだ。
なんだそれ、良いぞ。
そのくらいの負けん気が無いと、このテニス部で一緒にレギュラー目指そうなんて言えないからな。
「他にも理由としては、まあ当然の事だがテニス部そのものに対する理解の乏しさというのもあるだろうな。テニスという競技そのものに対しても造形は深くはないようだし、それはそれとして部の雰囲気はどうかというのもある。」
「そっかー。確かにライブの時は紀伊梨ちゃん達の為に皆頑張ってくれてたから、テニス部っぽい感じの事とかって見せらんなかったもんねー。」
仁王もそれは分かっていたから、せめて見学位と思って呼んでみたのに結局それも来てくれた事が無い。
逆に呼んでいないクラスの女子が自分の名を呼んで手を振っているのを見て、人生ってままならないなあ、なんてちょっとらしくない事まで考えてしまったりもした。
「後は・・・まあこれは柳生としてはほぼおまけのようなものかもしれないが、単純に時間の問題もあるだろうな。」
「にゅ?それって掛け持ちの話?」
「ああ。生徒会の活動にもゴルフ部の活動にも、柳生は魅力を感じて参加しているわけだから、其処が覆る時どうなるかだ。生徒会は部活の時間とはズレる事が多いから良いとしても、ゴルフ部の方は恐らく退部せざるを得ないだろう。」
そう、その問題もある。
幾らイリュージョン出来たって、神の子だって誰だって、人間体は1つしかないのだから同じ時間に違う部活を同時進行には出来ない。
ただ、これに関しても柳生は其処までゴルフに根を詰めているわけではないし。
寧ろ活動が温くてちょっと物足りないなくらいに思っていると調べはついているので、後は愛着を吹っ切ってこっちに来てくれるかどうかだ。
「そっかー・・・んでもでも、なんだかそー言われると悪い気がしちゃうなー!テニス部には入って欲しいけど、ゴルフ部辞めさせたかったわけじゃないしー。」
(・・・と、まあ、五十嵐ならこんなもんじゃろう。)
より紀伊梨らしく振舞うために紀伊梨になりきって言ってみたが、仁王の本心としては良いぞ良いぞそんな所辞めてこっち来い、である。
別にゴルフ部に恨みは無いし、両立できるなら両立してくれて一向に構わなかったが、どうしてもどちらか取らねばならないのならそれはもうしょうがない。
「それはそうかもしれないが、そうだとしてもお前が心配する事じゃない。」
「そーお?」
「柳生は最終的には自分で決めるさ。それは誰が強制したわけでもない、柳生がそれを良しとして選んだ結果なんだ。」
今日が終わった果てに柳生が出す結論。
それに関して、誰かが「自分達の所為で」と思う事なんてしなくて良いし、逆に「自分達のおかげだ!」なんて胸を張る事もおそらく出来ない。
最後に決めるのは何時だって自分。
それを柳生は、よーく分かっている筈だから。
「さて、ではそろそろ行こうか。五十嵐、今はプランCだぞ。分かっているな?」
「・・・・・・」
「忘れていたのか。」
「で、でもでも!今思い出したから、もーだいじょーぶだよ!」
プランCってなんだろ。
仁王は適当な返事をしながら考えた。