「あなーたがくーれた眼差しはー♪今もー♪心ー♪照らしーてーるー♪」
紀伊梨は大の字になって廊下に寝転がっていた。
最初はパニックになり、そしてLINEで助けを・・・と思ったらポケットに入っていない事に再パニックになり。
誰か近くに居ないかなと助けてと暫く大声で叫んでいたが、それももう疲れて、今絶賛1人カラオケ中である。
仰向けになった姿勢と言うのは腹式呼吸が楽で、知らず知らずのうちに段々歌声が大きくなっていっており、その所為で紀伊梨は近づいてくる足音が聞こえなかった。
「約ー束をー、守れなかったー♪あなたはそう言ーって、」
「気持ちよさそうだね、五十嵐。」
紀伊梨はがばり!と上体を起こした。
「ゆっきー!ゆっきーだー!」
「そうだよ。大丈夫かい?怪我はしていない?」
「うん!」
姿は見えないが、声で分かる。
幸村が助けに来てくれた。
「やれやれ。待ち伏せしていたのに弦一郎も五十嵐も来ないし、そうかと思ったら歌が聞こえて来るし。何事かと思ったよ。」
「うお!ご、ごめんちゃい・・・」
「ふふっ。俺に謝らなくても良いけど、言われた事は覚えておかないと。柳生が言っていただろう?トラップを張るのはお互い様だ、って。」
「うにゅ~・・・はーい。」
そう言われたら思い出すが、追っている間は完全に失念していた。
「でもでもー!流石にろーかに閉じ込められるとは思わなかったよー!」
「確かにね。こういう着眼点のトラップは、流石建築に詳しい仁王と言った所、かな、」
ズズズ、と少し何かを引きずる音がする。
幸村がストッパーの家具をどかしているのだ。
「あ、そーだ!」
「うん?」
「えーと、ゆっきーだいじょーぶ?」
「何が?」
「重くなーい?」
「ふふふっ。どうしたんだい、いきなり?」
幸村は思わず笑ってしまう。
「確かに力がとびきり強いとは言わないけれど、そんなに弱くも無い事は知ってるだろう?」
「知ってるけどー。」
「けど?」
「この間、クラスの子に言われちゃってさー。幸村君にあんまり迷惑かけるんじゃないわよーって。力仕事とか荒っぽい事とか、させちゃ駄目よーって。」
「あっはっはっはっは!」
もう笑うしかない。
それこそ力仕事している時に力の抜けるような事を言わないで欲しいのだが。
「それは何かな?俺にそういう事は出来ないだろうから、って事かい?」
「うん!あんたは甘えたなんだから、幸村君にそーいう事ばっかりさせちゃいけないのよーだって!だから、いちおーね?」
「成程、一応か。」
幸村はその外見や立ち居振る舞いから、フィジカルがやや弱い病弱気味の美少年と思われる事が多々ある。
実際は身体能力抜群だし、風邪も引かない超健康優良児なのだが、どうしても良く知らない人はイメージで物を言うので、ちょくちょく「力仕事出来ない」「荒事に対応出来ない」人扱いされるのだ。
「その場で否定してくれて良かったのに。別に進んではやらないけれど、特別出来ないわけでもないしお気遣いは不要ですよって。」
「したよー!ゆっきーは力強いし、見た事ないけど喧嘩とかもきっと勝つよーって!でも誰も信じてくれないんだもん!」
「それもおかしな話だけれどね。五十嵐達の方が、その人たちより遥かに俺の事を知ってるだろうに・・・と。」
ド、と鈍い音がした後、頑として動かなかった扉が漸く傾いだ。
「やあ。お待たせ五十嵐。」
「ゆっきー!」
涼しい顔を覗かせる幸村だが、一応これでもタンスを動かしてのけた直後なのである。
やっぱり幸村に今の様な気遣いは要らないな、と紀伊梨は認識をし直した。
「ありがとー!もー暇で暇で、ほんとーにゲームが終わるまでこのまんまかと思っちゃったよー!」
「ふふっ。流石にその可能性は低いけれど、確かに事と次第に寄っては後回しにされる場合もあったかもしれないね。」
「おおおう!セーフセーフ!」
真面目に、1人カラオケももう5分もしたら飽きそうだなと思っていたのだ。
誰も助けに来てくれないでいつまでも1人と言うのも寂しいし。
「ああ、そうだ。それからこれは、五十嵐のだろう?」
「けーたい!そーそー、落としちゃったから助けてコールも出来なかったんだよー!何処にあったの?」
「重しになってたタンスの上に置いてあったよ。」
「桑ちゃんだー!」
桑原らしい優しい気遣いである。
相手が相手なら、ゲームの為にと持って行ってしまってもおかしくはなかった。
「じゃあ行こうか。」
「うん!って、およ?」
ブー、と紀伊梨と幸村の、各々のポケットの中で振動するスマホ。
このゲームでは音が出るのが致命的なので、今は皆バイブ設定である。
「・・・千百合?」
「おおおう!?千百合っちが捕まっちゃったー!」
なんて事だろうか。
自分がようやっと助け出されたと思ったら、今度は千百合が捕まるなんて。
「小ホールか・・・」
「小ホールですな!早くきゅーしゅつに・・・って、あり?其処って、こっちチームの罠があるとこじゃなかったっけ?」
「うん、その筈だ。」
でも千百合は捕まっている。
つまり、トラップ返しに遭ったのだ。
「まー良いや!兎に角、捕まってるのは間違いないんだかんねっ!よっしゃゆっきー、此処は早く千百合っちを助けにーーー」
「いや、待ってくれ。」
「え?」
「柳生から助けるなの指示が飛ぶかもしれない。」
紀伊梨は大きくて丸い目を更に真ん丸に見開いた。
何故だ。
どういう事だ。
「な・・・なんでなんでー!?!?どーして!?そんなの助けるよう!助けるに決まってーーー」
「時間だよ。そろそろラストスパートだ。今から時間をかけて助けても、得は少ない。だから敢えて無視する。そういう判断が下らないとは限らないんだ。」
「えええええ!?そんなのありー!?」
紀伊梨からしてみれば、仲間だと言うだけで助けるには十分過ぎる決定打である。
時間がどうとか、得だから損だからとか、そういう理由は二の次三の次だが、それはあくまで紀伊梨の話。
そういった手を取る事もれっきとした作戦の一つである。
「・・・・・・」
「どーすんの!?じゃー、助けに行かないの!?」
「いや・・・」
幸村が言いかけた時、幸村の携帯が再度鳴った。
個人LINE。