時間切れだと。
嘘だろ。
いや、本当なんだろうけど。
でもちょっとまだ、心の準備がだな。
「ちょっと、」
「ごめん。出来れば納得して貰いたかったけど、そんな時間はなさそうなんだ。取り敢えず、そっちへ行くから。」
(そうよね。あんたこっちへ来られるもんね。)
今迄幸村が間仕切り向こうから説得に当たってくれてたのは、幸村の厚意なのである。
幸村が間仕切りを越えて千百合側に来る物を阻む物は何もないのだから、幸村はその気になれば、千百合の言動をオール無視して作戦開始する事も可能だったのだ。最初から。
その内そこから姿が見えるであろう、間仕切りの上部に目を遣っていると、散乱した家具を足掛かりにしているガコ、という音が微かに聞こえた。
「よっ・・・よし。」
何の苦も無さげに、隙間を通り抜けてすとんと着地する幸村。
「・・・・・」
「千百合、大丈夫だった・・・千百合?どうかしたかい?」
「ううん。精市って重力にも好かれてるのかと思って。」
「?重力?」
幸村が跳んだり、高所へ上り下りする時、果たして万有引力は本当に働いているのか千百合は偶に疑問になる。
挙動に重さを一切感じさせないというか、今だって結構高い所から飛んだのに、どうしてそんなに涼しい顔なんだろう。
「さて、次は上の方の窓から出ないと。窓は何処かな?」
「あれ。」
「ふふふっ。」
「・・・何よ。」
「有難う。探しておいてくれたんだね。」
此処は小ホール。
天井にはそれほど多くないとはいえ各種機材が付いていてごちゃごちゃしているし、元々あった家具や舞台装置等が散乱していて、窓があるよと言われてもすぐには見つけづらい。
だから千百合は見つけて置く所まではやったのだが、それもちょっと恥ずかしい。
なんだかんだ、最終的には従う気がある事を察されてしまうし。
いや、これは柳生の言う事だから。
リーダーの指示には従う義務があるから、と自らに言い聞かせても、何処か白々しく響くのはきっと気の所為だ。
「うん、でも・・・」
幸村は周りをザッと見回した。
(窓があそこ。という事はあそこまで自力で上らなくてはいけなくて、その為に使えそうなのはあれと、あれと、でも・・・)
「・・・・・」
「精市?」
「いや、何でもないよ。じゃあ行こうか。」
「・・・まだ行くとは言ってないんだけど。」
自分の発言ながら往生際悪いと思うが、許して欲しい。
もう抗うなら此処が最後のポイントなのだ。
「でもね千百合、俺達は此処から出ないといけないんだ。」
「・・・別に出なくても良いパターンあるんじゃないの。」
「それはそうだよ。もしも俺達が居なくても泥棒が捕まえられるなら、そんなに無理して出なくても良いさ。ただ、現状あまり上手くいっていない。真田は辛うじて捕まえられそう、との事だけど、真田1人に対して、今柳も五十嵐も取られているようだし。春日は捕まっているけど、いつ逃げるか分かったものじゃない。」
「・・・・・・」
「柳生は「千載一遇のチャンス」と言っていたけれど、俺もそう思うよ。これは千載一遇のチャンスだ。此処から出て、第二の作戦が上手く行けば、一気に逆転できる。」
そう。
此処からバルコニーに出て、解放されましたお終い、ではない。
出る所までは、第一の作戦。
其処から更に、泥棒を捕まえる為の第二の作戦が始まるのだ。
だからつまり、恥ずかしいからなんて理由で嫌だ出たくないと駄々をこねていては、真面目にチームの敗北へと繋がってしまう可能性がある。
分かってる、それも分かってるのだ。
千百合は決して馬鹿じゃない。
全部わかってる、ここで何時までもグズグズ言ってはいられない事も。
結局は我慢するしかない事も。
千百合が分かってる事を幸村も分かっているから、悠長に説得なんてしてくれてたのだ。
でももうそれも終わり。
デッドラインの時間だ。
「行こう、千百合。」
「・・・分かったわよ。」
「ふふっ。良かった、じゃあ行こうか。」
そう言って、幸村は綺麗な右手をス、と差し出した。
「・・・ちょっと。」
「うん?」
「何この手は。」
「危ないじゃないか。」
「いや、今は危なくないでしょ。」
「何を言うんだい、危ないよ。」
「危なくないから。確かに多少不安定だけどさ。」
傾いているとはいえ、と思いながら千百合は倒れた大きい戸棚を見やった。
元々高級品だっただけはあって、しっかりした作り。それに揺らしたって、別にぐらつきやしない。
と。
思ったのだが。
「・・・千百合、思い違いをしてないかい?」
「思い違い?」
「あっちだよ。俺達はあそこから、そっちのぐるりを通って行くんだ。」
「・・・は?」
幸村が指差したのは戸棚ではなくて、もうサバゲー会場として存分に痛めつけられて半壊した瓦礫の山であった。
其処から小ステージの天井上に上る。
いや。いやいやいや。
「待ってよ、なんであんな所通らないといけないわけ、」
「あっち以外に道が無いんだ。例えばそこの戸棚や、若しくはそっちの脚立を使うルートもあるけれど、どちらもあの窓までは届かないよ。あの高さまで上ろうと思うなら、安全性は多少劣るけどあのルートを行くしかない。」
「そ・・・」
そうか?と思う千百合だったが、確かに良く良く目で追ってみると、安全そうなルートはそれほど高い所までは続かない。
「・・・行けんの?紫希じゃないけど、あんなに不安定だと私も結構普通に怖いんだけど。」
「あっちにキャットウォークがあるから、あそこまでの辛抱だよ。あれに乗れれば、位置は高いけれど足場は安定するから。」
そう言われるとそうかもしれないのだが、落ちたらどうするんだ的不安は拭えない。
別に高所が怖いわけじゃないけれど、ある程度高い上に足場の頑丈さが保障されていないとなると話は違う。
キャットウォークだってある事はあるが、あれだって如何程使えるか。
「何はさておいても、一先ずあの瓦礫の上まで行こう。その先は俺に考えがあるから。」
「・・・そうなの?」
「うん。まあそうは言っても。」
「言っても?」
「千百合が俺を信じてくれるなら、が大前提なんだけど。」
再び差し出される右手。
「どうかな?俺を信じてくれる?」
阿呆かな、と千百合はちょっと思ってしまった。
幸村にこんな風に手を差し伸べられて。
信じてくれるかと問われて。
それで手を取らない人なんて居るんだろうか。
いや、居るのかもしれない。
でも少なくとも自分には出来ない、逆立ちしたって出来ない。
例えこの後恥ずかしい思いも怖い思いも存分にする事が目に見えていても。
「・・・・うん。」
結局こうなる。