「行ける?」
「十分さ。」
幸村に手を引かれながら、千百合はどうにかこうにか今、ステージの天井部まで辿りついていた。
件の窓はちゃんと開いたが、そんなに大きくは無いので一人づつしか通れない。
だから幸村に受け止めて貰うには幸村に先に下りて貰うしかないのだが。
「・・・ねえ。」
「ん?」
「やっぱり私が先に下りちゃ駄目?」
「ふふふっ。ねえ千百合、千百合は俺が何のために此処に居ると思ってるんだい?」
「・・・作戦の為。」
「残念、ハズレ。それなら俺は隣の部屋から行っても良いんだから。俺は千百合を守る為に此処に来たんだよ。だから守らせてくれないかな。」
恥ずかしい。
恥ずかし過ぎる。
聞くんじゃなかった。
ダメ元で一応、とか思って提案してみたけど、食い下がる気も起きなくなった。
「・・・・・・」
「ふふふ。じゃあお先に。」
気をつけて、という呟きは、果たして幸村の耳まで届いて居たかどうか。
いや、別に届いてなくても何一つ困りはすまい、と千百合は思う。
見ろ、あの軽やかな跳躍。10点、10点、10点、なんて千百合は恥ずかしさを散らす為に態と関係ない事を考えた。
「よっ・・・・と。よし。」
幸村は鮮やか且つ涼しげにバルコニーに着地すると、サッと状況を確認する。
隣のバルコニーまで、距離大凡2m。余裕。ラケット設置有。良し。
上の窓から此処までも大凡2m。
正面に見える、向こうの部屋の窓までの距離、大体10m。
「良いよ、千百合。」
「・・・・・・」
「千百合。」
自分の眼下で、幸村が両腕を広げて自分が飛び込んでくるのを待っている。
もうこの光景だけで既に飛び降りる気ダダ減りなのだが、作戦の為にはあまり悠長にここに居るわけにも行かない。
でもやっぱり恥ずかしいから、其処から退いて欲しいのだが。
幸村の様に華麗な着地は出来なくても、ほら、其処の飾りランプに足とかかけたらゆっくり降りられるからさ。
そんな過保護にしなくて良いから、本当だから。
って、思うのに。
思うのは本当なのに。
「千百合、おいで。」
あああ、どうしてそんな柔らかな笑顔でこっちを見るんだ。
甘い声で名前を呼ぶんだ。
ゲーム中だぞ分かってるのか、という内心での可愛くない悪態は、果たして幸村宛なのか自分宛なのか。
「・・・行くわよ。」
「うん。」
「腕の骨が折れても知らないからね。」
「ふふっ、おかしな事を言うね。そんな事になると思ってるのかい?」
思ってない。
思ってない事も見透かされてるんだろうなーなんて思いながら、千百合はとうとう小ホールという檻から脱出した。
バルコニー床まで2m。人の身長1人分抜いておつりの来る距離。
飛ぶとなるとちょっと怖い。
まして何処かを伝ったりなどしないで直接飛び降りるとなると、よっぽど上手く着地しない限り、まあ足に痛い思いはする。
ふわ、と浮遊感を感じた直後にグン、と近づくバルコニー。
その光景と感覚に、体は本能で次に襲ってくるであろう重力に対して構える姿勢を取る。
そんなの要らないのに。
ドサッ
「大丈夫?」
「・・・人の台詞取らないでくれない。」
上から落ちてくる女子中学生を受け止める方が明らかに大丈夫じゃないと思うのだが、幸村は何時もとなんら変わりない穏やかな微笑みで千百合を腕に抱いている。
恥ずかしい。
頼むからその端正な顔を他所へ向けてくれないだろうか。
「さて、これで1つ目の作戦は終了だね。」
「・・・2つ目は?」
「あっちだ。まだ大丈夫。」
幸村が顔を向けた先。
バルコニーの更に向こう側、向こうの棟の廊下が窓越しに見えている。
その窓に、見られているとも知らず無防備に背を向けている赤い髪の泥棒が1人。
「はい、千百合。」
「・・・何よ。」
「此処のバルコニーにはラケットが無いから、俺のを使ってくれないかな。俺はあっちのバルコニーに行って、あの備え付けられてるラケットを使うから。」
「自分のじゃなくて大丈夫なの?」
「ふふふっ。」
幸村は可笑しそうに笑った。
「自分のラケットじゃないからってこの位のことが出来ないようじゃ、立海テニス部を動かす立場なんて名乗れないよ。」
「・・・あ、そう。」
弘法は筆を選ばず。
とは言うが、そもそも弘法になるのが早過ぎはしないだろうかと千百合は思った。