「ふうん・・・・」
桑原は立ち読みしていた。
さっき寝室で紫希は立ち読みしていたが、此処は書斎。
これだけ本だらけだと、読書好きでなくても1冊か2冊はちょっとだけぱらぱら捲ってみようかと言う気になる。
大体の人は。
紀伊梨は児童書が見当たらずパスしているが。
「・・・ん?」
「桑原君、どうかしましたか?」
「ああ、柳生。ちょっと、この言葉の意味が分からなくてな。どういう意味だ?」
「そういう事ですか。どれです?」
桑原の指の先には、「敷衍」という単語が古ぼけた字で印刷されている。
「これは、見覚えはあるのですが・・・すみません、失念してしまいました。」
「そうか。」
「他に分かりそうな方は・・・ああ、丁度良い所に。春日さん。」
「はい?」
同じく立ち読みしていた紫希は、不意にかけられた声に顔を上げた。
「すみません、お邪魔をしてしまいまして。」
「いえ、そんな事は。何か、ご用でしょうか?」
「この言葉の意味が分からないんだ。知ってるか?」
「これは・・・」
知ってる。
「敷衍(ふえん)です。押し広げる、詳しくする、といった意味があります。夏目漱石に出てきますよ。」
「ああ!そうでした、確かに其処で読みましたね。」
「へえ・・・じゃあこれは?」
「瑰麗(かいれい)です。優れて美しい事を言います。」
「これは?」
「鼎(かなえ)です。意味は色々ありますが、此処で言う「鼎の軽重を問う」という場合は王位、引いては指導者の立場を指します。その軽重を問うという事はつまり、指導者の良し悪しを見つめ直すとか、追及すると言うニュアンスになりますね。」
「流石だな。」
齢12にして、何の苦も無くするすると答える紫希を桑原はちょっと尊敬する。
日本語に慣れてない云々以前に、日本人だって同じ年で同じことが出来る人間がどれだけ居るか。
「いえ、それほどでも・・・」
「謙遜なさる事はありませんよ。色々な所から聞いていますが、成績も優秀なのでしょう?特に国語は満点を取ったとか。」
「あ、あまり褒めないでください、私なんてまだまだ・・・」
どんどん引いていく紫希。
「つくづく真逆ですね、ビードロズの皆さんは。」
「え?」
「それは俺も思ってた。お前ら、皆それぞれ全然違う考え方してるよな。」
「ふふっ。良く言われます。でも、それはきっとテニス部の皆さんも同じだって、私は思うんですけれど・・・」
「ああ、それも確かに。」
「え?そうか?」
「「そうです。」」
そうかなあ・・・と桑原は考え込んでいるが、紫希と柳生からすればテニス部程癖の強い集団も珍しい。6人居るけど、6人共皆霞まない個性を持っていて、それぞれ輝いている。
千百合が偶に、「存在が煩い」と言っているのは黙っておこう。
「まあ、私からするとテニス部の皆さんとビードロズの仲がよろしいのも頷けますよ。類は友を呼ぶ、個性は個性を呼ぶ、と言った所でしょう。」
「いや待ってくれ!俺はそれほど個性が強いわけじゃ、強いて言うならハーフってだけで・・・」
「私も自分が個性的だとは思いませんけれど・・・」
「いえいえ。無個性も又個性、本当に個性の無い平凡な人間などこの世には居ません。良かれ悪しかれ、誰でも何処かは非凡な物なのですよ。」
「そう言われると確かに・・・」
「そんな様な気も・・・」
顔を見合わせる紫希と桑原に、柳生はクスッと笑った。
「分かりますよ。」
「「?」」
「今お2人とも、良かれ悪しかれの「悪しかれ」の部分でご自分の非凡さを見出しているでしょう?」
「えっ!桑原君にそんな所ありますか・・・?」
「あ、いや、その・・・」
主に家庭状況的な意味で、とは言い辛い。
今自営でやってるブラジル料理屋の採算が火の車だとか、転職しようにも目処が立たないとかとかとか。
「いや、俺の話は良いんだ。春日こそ、ちょっと自信が無い所以外、別に欠点らしい欠点なんて、」
「そんな事ありませんよ!私、悪い所のオンパレードで・・・」
「まあまあ、その辺りに致しましょう。兎に角、これでお分かりいただけましたね?万事に於いて平凡な人間など居ないものですよ。」
確かに説得力はある。
あるけど。
「・・・でも、裏を返すと今勧誘されてるお前も、同じく個性が強いって事にならないか?」
「そのようですね。強いと言いますか、一方的に適した性格とみなされていると言う方が正しいですが。」
(いやあ、でもな・・・)
(柳生君と仁王君は、その気にさえなればとっても良いコンビになると思いますけれど・・・)
ただ、暫定柳生はまだ仁王に心を許してはいない・・・というか、目下張り合い中なので「お前彼奴と良いペアになるよ」と言われても、そう素直には受け取れまい。
「ま、まあその辺はこれからだな!」
「そうですね。その為に今こうしてゲームしているわけですし・・・」
「では、探索に戻りましょうか。」
「ああ。」
この本も、勉強にはなったけど何の変哲も無くて、結局探索には役立たなかったな・・・と思いながら桑原は手で本を弄ぶ。
「というか。」
「はい?」
「此処の本は、難しいのが多いよな。」
「私もそう思います。非常用漢字が其処彼処に出て来るような本が沢山で・・・」
「・・・そうなのですか?」
柳生が問い返すと、紫希と桑原は大きく頷いた。
「それに結構、日本文化の濃い話題が多いよな。」
「はい。寝室ではそんな事無かったんですけれど・・・あれは、たまたまあの寝室の住人の女性の趣味がそうだった、という事でしょうか?」
「・・・・・・」
「柳生君?」
「ああ、いえ。なんでもありません。お気になさらず。」