Solicitation:Final game 1 - 2/6


紫希は誰にも見られない一角で座り込んでいた。

「・・・・・・・」

手が小刻みに震える。
物が上手く持てない。

ここ最近、キーボードで酷使していた反動だ。
指に限界が来たのだ。

(持てない、ラケットが・・・どうしましょう、どうしたら・・・・)

試しにラケットを持ってみても、もう握るだけでいっぱいいっぱいだ。
振ってボールを打ち返すなんて、とても出来ない。

「・・・どうしましょう・・・」

どうしましょうも何も、どうしようもない。
持てない物は持てない。

棄権か。

(・・・嫌です、)

そんなの嫌。
そんなの嫌だ。

折角今日一日、此処まで皆と頑張ってきたのに。

「・・・・」

紫希はラケットを持って物陰から出た。

まだ手はあるかもしれない。

「ええと・・・・あ。あ、あの、丸井君・・・」

「それでさ・・・ん?」

丸井は桑原や仁王達と談笑していた。
邪魔して悪いとは思うけど、今差し迫った問題があるので謝るのは後後で許して欲しい。

「あ、あの、聞きたい事が・・・」
「おう。何?」

「・・・ラケットって、両手で持っていて良いんですよね・・・?」

紫希の考えた苦肉の策。
それは、ラケットを片手で持つのを完全に諦めるという事であった。
バックハンドでなくっても、それこそサーブだって両手で打てれば。それならなんとか打ち返せる、かも、しれなくもない。

駄目って言われたらその時に諦めよう。
先ず聞こう。

紫希はラケットを両手で抱えながらそう尋ねた。

「・・・・・・」
「・・・あの、丸井く、」

パシ。
と右手が取られる。

「えーーー」
「黒崎!黒崎居ねえの?兄貴の黒崎?」
「あ、あの、丸井君、」

丸井は紫希の右手を引っ張って棗を探し始める。

まずい。
どうしよう。
もしかして、見抜かれたか。もう自分は片手ではとてもラケットを使えないという事に。

「はいはいw此処に居ますよ、なんでしょうw」
「救急箱ねえの?」
「あるよ、え?何?どうした?怪我した?」
「そうじゃねえけど。何?怪我してねえと使っちゃ駄目な奴?」
「いや、良いけど・・・」

棗が救急箱を出す傍ら、周りも何だ何だ何事だと集まってくる。
超恥ずかしくて紫希は小さくなった。

「はい。」
「サンキュ。えーと、包帯包帯・・・あった。」
「包帯?」
「春日、右手。貸して?」
「もう持ってるだろ、いい加減にしろw」
「あ、そうだった。」

(え、え、)

紫希の右手に包帯が重ねられる。
迷いの無い手つきでぐるぐると、甲を通り平を通り、又甲を通り。

「おー!すごーい!」
「・・・ちょっと。」

「・・・と。よっし、完成!」
「・・・・・!」

紫希の右手は、包帯でラケットと完全に固定されていた。
ラケットを握ったままの手の形でがっちり固まっており、指に力が然程入らなくても十分持てる。

「振って?」
「・・・・えい。」
「どう?」
「振れます・・・!凄いです丸井君!」
「そ?ま、俺って天才だし?」

丸井はもう、見た瞬間分かった。
震える利き手。
両手持ち希望。

分かる、分かるさ。
自分だって似たような事が何度もあったもの。

力は無いし、体力無いし、でももっとテニスしたくて、それなのにもうラケットも持てなくて。

そんな丸井が自分で自分の為に編み出した応急処置。
それがこの包帯固定法だ。

まあ最も長くは持たない。
所詮包帯は包帯でしかないし。

「良いか?基本的に両手持ちでいけよ?片手じゃないと駄目なのはサーブの時!それからドロップの処理の時とか、体が変な方に曲がるなと思ったら片手にしろい。オッケー?」
「はい。」
「いや、待てよ。はいじゃねえわ。」

千百合がとうとう待ったをかけた。

「あのね、こんな状態で次のゲームする気?」
「おう。」
「おうじゃなくて、」
「千百合ちゃん、千百合ちゃんあの、私、やりたいんです。我儘なのは重々分かっているんですけど・・・・」
「・・・紫希。」
「足を引っ張るって思います、ただでさえ下手なのに、フォームも本来の物を取れなくなるなんて話にならないですけど、でも私、私最後まで・・・」

(・・・あーあ。)

千百合は思わずため息を吐いた。

そうだった。
紫希はこういう時にこそ思いも寄らない事を言いだす。

そして言い出すと基本曲げない。

「おろー?どこやったかな・・・あ!あったー!ねーねー紫希ぴょん!お手手を出してー!」
「へ?」
「頑張る紫希ぴょんにおまじないだよー!」

紀伊梨は油性ペンで紫希の手の甲にお得意の星マークを書いてみせた。

そして一言添える。
ねばーぎぶあっぷ!

「おい、五十嵐。」
「うにゅ?」
「貴様よもや、Never give upと英語で書けないわけではあるまいな。」
「ギク!」
「ギク、ではないこのたわけが!次の期末考査はどうするつもりだ!」
「あーん、言わないでよー!もー、今ゲームしてるんだから、テストの話は無し!無し無し!」
「五十嵐の言う通りだぞ、真田。」
「やなぎー!」
「今は止そう。話は明日からだ。」
「む、それはそうだな。」
「ちがーう!」

「油性ペンですね。」
「裏写りするじゃろうな。」
「まあ、そういうのも又良い物でしょう。」
「まあな。」
「・・・・・」
「なんじゃその吃驚顔は。お前さんが話題を振ったんじゃろう。」
「いえ、仁王君はもっとドライな性格かと思っておりまして。」
「心外じゃき。」
「ええ、失礼いたしました。・・・五十嵐さん、仁王君も書いて欲しいと。」
「待て。」

「桑原。」
「幸村?どうした?」
「あれは、丸井もああやって練習してるのかい?」
「ああ、あれか。まあ、昔の話だよ。ブン太は昔から力は無い方だったから、春日みたく持つに持てないような事もあったんだ。」
「彼奴意外と根性あるわね。」
「ははっ!まあそうだな、根性があるようには見えないよな、普段からすると。」
「ふふっ。そうだね、根性というか・・・努力はしているけれど、そんなに泥臭い様な事までやるようには見えないね。」

ラケットがもう持てないと言うのは、非力なテニスプレイヤーには往々にしてある事。
だが、だから包帯で固定して無理矢理持つ、までやる人はなかなか居ない。

効果の程は置いておいて、其処までやるか的な所までやるというのはまあ、丸井の普段からは伺えない所であり。
部を纏めるものとしては嬉しい誤算でもあり。

「わあ・・・・」

手の甲に書かれたねばーぎぶあっぷ!の文字が嬉しくて、紫希はとても励まされる。
そう、諦めなければきっと、

「・・・なあ紫希?」
「はい?」
「お前マジでやるの?出来るの?」

棗だけが、唯一事を正確に知っている。
ここ最近の、紫希の指の酷使具合。

酷使と言っても、普段やってない人が急にやるから、というレベルなので大した事無いと言えば大した事無いけれど。
でも、今迄何もやって来なかった紫希が熟すにしては、十分大した量なのだ。

ガチでやる?
俺なら止めるよ間違いなく、という意を込めて棗は聞くが。

「や・・・」
「や?」
「やり、たい、です、出来るかどうかはわからなーーー」

「出来るよ。」

お前に聞いてるわけじゃないよ?
というツッコミをうっかり忘れる程、自然にさらりと丸井は答える。

「あのねえ、ブンブン君ねえ・・・」
「上手く出来るかって言ったらそりゃ難しいけど。」
「なら、」
「でも最後までやれるかって言ったら出来るぜ。やるもん、此奴。」

例えば、あそこ狙って当てて見ろとか。
幸村より早く走って逃げ切れとか、そういうのは紫希は出来ない。無理。

でも、最後までやりぬくと言うのは純然たる意志の問題。
それなら紫希はやれる。出来る。

丸井はもう何度も見た。
友達になってと言ってきた時も、ライブの時も、テニス教えた時も。
無理、出来ないと言いながら、なんだかんだ紫希は絶対、最後までやる。

「な?出来るだろい、最後まで。」
「・・・・・が、頑張ります。」

「良いじゃーん!何が駄目なのー?」

あああ、と棗は息を吐いた。
駄目だ。
これはもう詰み。

「紫希ぴょん、頑張るんっしょー?」
「が、頑張るだけなら、」
「なら良いよ良いよ!一緒にやろー!リーダーが許可しますっ!ねっ!」

ぱあ、と紫希の顔が明るくなるのを見て、棗は全てを諦めた。
あかん。
このリーダーがGOサインを出したら、もう励まされるしかない。

「分かったよもー・・・」
「なっちん、なんでそんな嫌そうなのー?」
「お前はもう少し人体の限界って奴を見極めるクセをつけてよ・・・」
「大袈裟だろい。」
「まあ、これは大袈裟だけどさー。」

まあ、もう此処まで来ると今更ぐだぐだ言ってても仕方がない。

ラストゲームの始まりだ。