「再開するよー!プレイ!」
棗の声と同時に、紫希のサーブから。
「えい!」
「よっ。」
「ふっ!」
「ハッ!」
いつだったかもう忘れたけれど、幸村は自分に言った事が有る。
一緒にテニスをすると、その人の性格や考えてる事が分かると。
基本に忠実だったり、型破りだったり。
何時も新しい技に挑戦していたり、自分の戦い方を梃子でも止めなかったり。
クールな者、熱い者、諦める者に諦めない者。
どんな自己紹介をされるより、一度試合する方が、殊テニスプレイヤー同士ではずっと話が早いんだ、と幸村は話してくれた。
目の前の紫希はとても良い例。
いつもおどおど大人しい親友だけど、ああ見えて芯は凄く強いんだよ、なんて。
どんな言葉を尽くして言うより、今のへとへとの紫希を見て貰った方がきっと早いに違いない。
「40-30!」
「ああ・・・!」
「春日、顔を上げろ!次だ!」
「は、はい!」
そしてそれは、きっと自分達も同じ。
今、テニスを通して何を考えているのか、きっとお互いにお互いを感じている。
敵である真田の事も、味方である桑原の事も。
だから。
「ゲームAチーム!5-5!」
「おい黒崎、タイブレークは・・・」
「知ってる。」
だから嫌だった。
幸村と同じタイミングでコートに入りたくなんか無かった。
この心の内をもしかしたら知られるかもしれない。
そんな危険を冒したくなかったから。
今、コートに幸村は居ない。
相手チームは紫希と真田。
ああ、願っても無い。
なんて楽な光景だろうか。
「ゲームAチーム!6-6!タイブレーク開始!」
「ふん!望む所だ!」
「はあ、はあ・・・」
「春日、やれるな?」
「はい・・・!最後までやります!」
「よし、そうだ!」
「ああは言ってるけど、春日はもう辛いだろうな。このまま粘ったらこっちの勝ち・・・黒崎?」
「聞いてる。」
「あ、ああ・・・」
いけない。
自分も疲れてる。
頭が余計な事ばっかり考える。
こうして打ち合っていたら、自分の考えてる事、紫希には伝わるのかな、とか。
そしたら紫希は、なんて言うだろうか。
慰めるだろうか。
励ますだろうか。
千百合ちゃんがそんな子だとは思いませんでした、なんて言うのかな。
「2-2!Aチーム!」
そう言われたとしても、まあ無理もない。
自分だって、自分がこんな性格だとは思いもしなかった。
普段人に向かって、ハッキリしないのは嫌いとか、言いたい事あるなら言えよとか、話が遅いのは嫌だとかあんなに言ってるのに。
それなのに自分は、親友の紫希にも兄弟の棗にも言えない事があるなんて。
まして紀伊梨には絶対言えない。
幸村にはもっと言えない。
口が裂けたって言うものか。
「6-5!Bチーム!」
「春日?腕は痛むか?」
「い、いえ!まだ、大丈夫です!」
「ならば良し!行くぞ!」
「はい!」
「まずいな。」
「ああ、後1ポイント取られたら終いじゃき。」
「おおおう、マジで!?そーなの!?」
「お前さん、タイブレークは知らんのか?」
「たいぶれ?」
「・・・・」
いいや。後で棗辺りに押し付けよう。
「想定より春日は粘れているが、流石にジリ貧だ。このまま負ける確率、87.94%。」
「こっちに真田が居るとはいえ、体力自慢の桑原と黒崎相手に勝てっちゅうんは厳しかったか。」
「・・・・・・」
「まあ、こう言っては何だが、春日はほぼ何も出来ていない。ついていくのでもういっぱいいっぱいだ。」
「そうじゃな。試合が終わるのと春日が倒れるのと、もうどっちが先かっちゅう所まで来てーーー」
「あーーーーーーー!」
突如耳元で響く大声に、仁王と柳は同時にビクついた。
「もー!もー!もー!何さ何さ何なのさー!ニオニオの馬鹿!やなぎーの馬鹿!おたんこなす!あんぽんたん!」
「なんじゃ、」
「何だじゃなーい!真田っちも紫希ぴょんもあんなに頑張ってるのに、どーしてそんな話ばっかりするのさー!応援もしないで、もー!」
「五十嵐、」
「もー良いよもー!2人共そこで、難しい話ばっかりしてれば良いんだよ!紀伊梨ちゃんは最後まで!応援しますっ!」
憤懣遣る方ない思いで紀伊梨はコートの方を向いた。
紀伊梨は、先読みというのがとても苦手である。
勝率はとか。作戦がとか。
でも、勝率が低かろうと高かろうと、今目の前で頑張っている仲間を応援しない理由になんて繋がるだろうか。
いや、無い。そんな事が理由になって堪るか。
大きく息を吸って。
1人でも、渾身の力で叫ぶのだ。
「紫希ぴょーーーーん!真田っちーーーーー!頑張れーーーーーーー!」
「喧しいな。」
「ふふふっ。でも、心強いですよ。励まされませんか?」
「・・・まあな。」
「くそ、彼奴良いタイミングで声掛けするな。」
「・・・・・・・」
桑原の、そんな何気ない一言すらも今はキツい。
紀伊梨はムードメーカー。
それはステージに立ってない時でも同じ。
どんな時でも明るくて。
皆を導く力があって。
それはこんな時も同じ。
良いな。良いな。自分の欲しい物、全部持ってる私の親友。
「6-6!Aチーム!」
「一本取られたな。」
「ああ。ちいと癪じゃが。」
「今回ばかりは言える立場じゃない。さあ、俺達も声出しと行こう。」
「およ?2人共おーえんする気になった?」
「ああ。すまなかったな、任せてしまって。」
「うんうん!紀伊梨ちゃんはやさしーので、許してあげますよっ!」
「さ!ニオニオも声出してこー!」
「張り上げるのは任せたいナリ。」
「もー!」
何時だって皆の中心に居る貴方。
それは良いんだ。
別に自分は何時も皆に注目されたいわけじゃない。
音楽の才能だって、貴方に劣るけど別に気にした事無い。
友達の数だって、華やかな見た目だって、貴方より持たないからって落ち込んだ事なんかない。
勉強は貴方より出来るけど、別に成績抜かれたって良い。
運動が貴方より出来ないのは、頑張って我慢する。
真田と打ち解けるのが貴方より遅いのだって耐えるから。だから。
だから。
「ああいう方が、チームに1人居るとリーダーは楽ですね。」
「そうだね。五十嵐は、優秀なムードメーカーだから。」
ああ、だから。
だから私の事を誰かぶん殴ってよ。
たかだかこれしきの事で、親友を妬んでいる私。
こんなにこんなに恵まれているのに。
それでも尚、親友の方が彼に近いと思ってしまう。
大好きな親友なのに、大好きな恋人なのに、妬んで疑ってしまう私を。
「黒崎、そっちだ頼む!・・・?おい、黒崎!」
「・・・!え、あ、」
「春日、チャンスだ!」
「え、え、あ、え、え、」
紫希は俄かにパニックになった。
真田の指示する声。
ボール。
コート。
今、極限状態だった自分の世界には、その3つしか無かった。
だが、今。
(千百合ちゃん・・・?)
千百合の苦しそうな顔が、ランナーズ・ハイ状態だった紫希を一気に現実に引き戻した。
「・・・・う、あっ!」
急激に襲い掛かってきた疲労に、ショットと同時に足が縺れて紫希は倒れ込んだ。
「黒崎、チャンスボールだ!」
「ああ、うん、」
そう、チャンスボールだ。
チャンスボールなのだが、千百合は未だ半分意識がテニスに戻りきっていなかった。
だからと言って良いのかどうか微妙だが、この場合効果的な返球箇所は、紫希の所。
もう動けない紫希の所へ返球すれば確実にポイントが取れるわけだが、千百合は全然別な方向へ返してしまった。
紫希の居る所じゃないとすれば、後はもう決まっている。
真田の返球範囲内だ。
「・・・ふうっ!」
凄い勢いで返ってくる打球。
危ない。
これは危ない。
「黒崎、下がれ!俺が返す!」
「え、私のが近いじゃ、」
「良いから!」
これは下手に返そうとすると怪我する奴。
幾ら出来る方とはいえ、テニス部でない千百合に相手はさせられない。
「・・・ファイヤー!」
・・・カン!カラカラカラ・・・・
乾いた音と共に、桑原のラケットが数メートル先に落ちた。
弾かれたのだ。
「くっそ・・・・!」
「ゲームセット!ウォンバイAチーム!7-6!」