「あー良かった。」
丸井は呟いた。
仁王と試合しているのに、棗になったりならなかったりすると集中が削がれるのは、相手側とても同じである。
仁王だ、仁王だ、そこに居るのは仁王雅治なんだ。
そう頭では分かっているし、何度も自分に言い聞かせているのに。なのに自分の感覚の方は仁王がイリュージョンすると、反射的に「黒崎!」と思ってしまって、一瞬動きが固まる。
それでも何時もより動いている。かなり無理矢理動いている。
動かねばならないと言う意思もそうだが、それ以上に引きずられている感がある。
柳生に。
「有難う御座います、丸井君。」
「ん?」
「先程のボレーです。私なら、あんなに綺麗には決まらなかったでしょう。流石です。」
「そ?サンキュ♪」
などと。
こうして話してハイタッチしている時は和やかその物なのに。
「さて・・・あちらはどうやら焦りだしておいでのようですね。」
「・・・・・」
これ。
一度あっちに目を向けると、隠しきれず漏れ出すこの怒りのオーラ。
「・・・なあ、柳生?」
「はい?なんでしょうか。」
「お前、何怒ってんの?」
面倒なのが嫌いな丸井は、もうズバーッと聞いてしまう。
まさか、怒ってないなどとは言わせないぞ、この空気で。
「ああ、これは失敬。隠していたつもりだったのですが。」
「マジ?」
「ええ、一応。「つもり」としましては。」
全然出来てないけど、大丈夫?
な目で柳生を見ると、柳生は苦笑した。
「で?結局原因はなんなんだよ?」
「それは申し訳ありませんがお答え出来かねます。」
「は?」
「格好悪い話ですので。」
「えー。」
まあ、自分に怒っているわけじゃなさそうだ。だから、良いかな。
あんな怒りを向けられたら堪ったもんじゃないだろい、と独りごちる丸井は正解。別に柳生は丸井に怒っているわけではない。
どころか、紀伊梨は勿論、仁王にも別に怒っては居なかった。
柳生が怒っていたのは。
自分に、である。
「・・・はっ!」
「0-15!」
仁王の言いたい事はよーーーく分かった。
自分に求めている事も。最終的に、どういうテニスしたいのかも。
「えいや!」
「よっ!」
「30-30!」
その、仁王のしたいテニスに、柳生は正にうってつけだった。
能力、性格、どれを取っても正にぴったり。これ以上ない程嵌まるスペック。その持ち主が柳生だったのだ。
「ふっ!」
「40-40!」
そう、スペックの話。
仁王は最初からそうだった。柳生のスペック以外、此奴は見ちゃあいなかった。
有体に言えば、柳生は都合の良い奴だったのだ。
自分のテニスを完成させてくれるためのーーーまあ、明け透けに言うと道具。
「はっ!」
「てりゃー!」
「ゲームAチーム!4-5!」
別に、だ。
別に、なんだ自分と仲良くなりたかったわけじゃなかったのね、とか。
友達になりたいとか、そんな事一切思っちゃいなかったのかとか、そんなベタベタした事言う気は無い。
お互い男で、友達だ。
女子同士でもなければ、好きな女の子でも無い。
それにそういう、ある種冷たさまで感じられるロジカルなやり方は、変に情を持たれるより柳生には好印象である。分かり易くて、良いじゃないそういうの。
「おら。」
「はっ。」
「15-30!」
ただ。
それはそれとして、愉快かと言われると嘘になる。
というか、自分の事をツール扱いされて、気にしない人間は居ても殊更喜ぶ人間は居るまい。
ほお、自分の事を便利屋扱いしますかそうですか。
と言いたくもなる、男としてプライドを擽られる場面。
なのに。
「ハッ!」
「30-40!」
なのに。
「ふっ!」
「40-40!」
なのに。
なのに。
面白そうじゃんとか思ってしまったのだ畜生!
「・・・・はあっ!」
「ゲームBチーム!4-6!」
ドシュ!と音がして、柳生のスマッシュが紀伊梨の後ろに入った。
「はあ・・・」
「柳生!今の、良い感じだったぜ?」
「そうですか?それは光栄ですね、有難う御座います。」
ゲームは4-6。
今此方が2ゲーム差をつけている。
「このまま勝てれば話は早いのですが。」
「ま、流石に其処まで甘くないだろい。」
「でしょうね。ですが、其処を押し切ります。」
「え?」
皆、もう分かっているだろう。
柳でさえ分かっているに違いない、Sの結果は決まりきっている事を。
此れが事実上の勝敗の分岐点、なればこそAチームも必死であろう。
このままでは終わらないに違いない。
が、其処をねじ伏せる。このまま終わらせる、なんとしてもだ。
楽しくて、面白くて、良いじゃないかと思っていて。
それでいてとっても悔しい自分の、これを最後の八つ当たりにしよう。
「何が何でも勝ちます。」
「え、でも、」
「よろしくお願いします、丸井君。」
「・・・オッケー!」
何にも聞かないで、ただただ協力してくれる丸井の存在が心底有難い。
ごめんね。
これが終わったら、きっと仲間になって貢献するから。だから。