今日のお昼は2人で過ごしたいんだけど、どうかな?
たったこれだけの文を打つのに大いに悩んだ幸村は、良いよと返事が来た時かなり長い溜息を吐いた。
「良かった・・・」
中庭の一角、ベンチに座りながら幸村は千百合を待つ。
傍らには購買で買ったパンと飲み物と。
本当は千百合の分も準備したかった。
というか一緒に購買に行きたかったのだが、それは千百合から却下されてしまった。
多分一緒に選んだりとか、なんだか照れるからと思っているのだろうが。
(でも、こうしてただ待っている時間っていうのも、なかなか緊張するね・・・)
小学校の頃は、ずっと同じクラスだったからこうしてわざわざ昼食に誘う事なんてなかった。
だから勝手が分からなくて、ついつい何時来るかな、何買って来るかな、もしかして迷惑だったりしないかななんて考えてしまう。
意識の全部が今此処に居ない存在にのみ向かうものだから、多分今の自分の顔は、さっきとは違う意味で心此処にあらずな事になっているに違いない。
「ね・・・ねえ!」
可愛らしい、且つ聞きなれない声がした。
幸村が隣を見やると、全然見も知らない女子が1人。
・・・いや、3人。
(多分、後ろの子達も一緒だな)
話しかけているのは1人だし、近づいてきたのも1人だが、こっちを伺っている女子が2人、少し離れた所に見える。
此方へ来た1人もちらちらと、目が其方を見たそうに動いているし、おそらく間違いあるまい。
「あ、あの。幸村君だよね?テニス部の・・・」
「うん。確かに俺がテニス部の幸村だけど、俺に何か用事かい?」
「ええと、その・・・」
(精市、もう来てるかな)
レジのおばさんの有難うございましたを聞きながら、千百合は購買を後にした。
お昼一緒に、は良いけどまだ何も買っていないから待ってくれと返信したら、幸村から「それなら一緒に購買へ行かないか」と言われたが、千百合はそれを断った。
高確率で奢ってくるだろうし、それになんだか恥ずかしくないか。
一緒に食べる約束しているのにその前からしてもう一緒だとか、どれだけ一緒に居たいんだよ、なんてセルフツッコミしてしまってもうダメ。
と、思って別行動で買いに来たわけなのだが。
(・・・失敗したかな、これはこれでなんか恥ずかしい。)
此処は学校で、今は昼休み中だ。
でもそんなの関係ない。
これは待ち合わせなのだ。
2人で過ごそう、とお互いに約束して、決まった場所に相手に会いに行く。
そう思うと、もうなんだかそわそわしてしまう。
落ち着きがなくなる。
「・・・駄目ね。」
待ち合わせなんて、5人でする時や紫希に紀伊梨とする時はなんとも思わないのに、
幸村が相手になると途端にこの体たらく。
我ながららしくない。
しかし考え事をしている時に限って時間はさっさと進んでしまうもので、ふと気づくと千百合はもう中庭を目前にしていた。
(精市、何処居るんだろ。ベンチって言ってたけど、ベンチ何か所かあるし・・・)
しばしきょろきょろと辺りに目を走らせる。
「・・・あ。」
居た。
居たけど。
(・・・あの子誰?)
始めに言っておくが、幸村精市という男は極めて優しく穏やかな性格の男である。
テニスが絡むことを除く、という条件付きであっても。
ただ、それと同時に彼は非常に頭も良い。概ね察しも良い。
だから、考えた挙句ついこういう返ししか出来なくなる。
「あの、あのね?ええと、」
「うん、聞いているよ。」
聞いているよ、とか言いつつその裏にあるニュアンスは本題にそろそろ入って欲しい、の意。
何の用事とは尋ねたけれど、正直、用事とかそういう事じゃないんじゃないかな、という事も感づいてはいる。
ただ確定ではないし自惚れる趣味は無いから、建前的に用事という体でいるだけで。
「その、あの・・・」
「うん。」
「・・・よ、良かったら、なんだけど!一緒に、お昼、」
其処まで聞いた時点で、幸村の頭にはやはりそういう話だったか、という確信。
それから、如何にしてスムーズ且つはっきりとお断りするかという、言い回しの思案が始まっていた。
しかしそれらを纏めるより早く、
誰の物より耳に心地良い声が幸村の耳を擽る。
「精市。」
振り向く前に口角が緩む。
やっぱり自分の恋人は凄い。
「千百合。」
「ごめん、待たせて。」
「良いんだ。千百合の事を考えながら千百合を待つのも、なんだか新鮮で楽しかったよ。」
久方ぶりに感じるドキドキだった。
そして千百合と関わって居る時しか感じられないドキドキでもある。
ああ、やっぱり自分は千百合が好きだ。
「・・・あの。」
幸村が元向いてた方を向くと、先程の女子が全てを察した悲しげな顔で此方を見ていた。
悪いとは思う。
でもこれは絶対譲れない事の一つだから。
「君の言いたかった事は分かったよ。でもーー」
「ごめんね。」
幸村は思わず言葉を失った。
その間に千百合は続ける。
「悪いけど、精市とお昼過ごす約束してるのは私だから、諦めて貰えない。」
幸村がベンチに座りながら見上げた千百合の顔は、あくまで淡々としていて何時も通りだった。
一方言われた方の女子は、俯き気味にうん、と呟いた。
まあこの場合気の毒だが、うん以外の返事のしようなどあるまい。
「ごめんね、邪魔しちゃって。じゃあ・・・」
それだけ言って駆けていく彼女。
そして合流する見ていた2人。
慰めて貰って居るのだろう、肩を叩かれて居るのが見える。
なんとも言えない気分で幸村がそれを眺めて居ると、千百合が隣に座った。
「・・・千百合「はあーーーーーあ・・・」
両手で顔を覆って俯く千百合。
「・・・・・・」
「・・・千百合。」
「・・・緊張した。」
「千百合。」
「何やってんだろ私。」
「千百合、俺の方を見てくれないかな。」
「馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの、別にあんな言い方しなくたってもっと言い様が、」
「顔を見せて。」
「ちょっ・・・!」
幸村に手首を捕らえられて、顔が隠せなくなる。
自分の表情を悟られてしまうばかりか幸村の顔も見てしまって、横を向いても耳まで赤くなってしまっては誤魔化せない。
そんな幸せそうにこっちを見ないで。
「・・・・・」
「嬉しかったよ。千百合があんな風に言ってくれるなんて、思ってなかった。」
「・・・馬鹿なんだから、今のは怒るとこでしょ。」
「怒る事なんて一つも無いさ。」
「あるわよ。どうしてもっと気の利いた言い方出来ないのとか、向こうの気持ちも考えろとか、」
「それなら俺も怒られないといけないな。あの子に悪い事したっていう気持ちより、千百合が俺の事を独占しようとしてくれたのが嬉しいっていう方が大きいからね。」
千百合は滅多に、嫉妬であったり独占欲であったりそういう思いを表に出さない。
我慢しなきゃと思う、というよりは自分が如何に幸村が好きかと周りに言いふらしているようで恥ずかしいのだ。
余裕が無いように見えてしまうのも癪だし。
ただ、今回は焦った。
(・・・紀伊梨と彼奴が悪いんだから。)
あの2人が煽り立てるような事ばかり言うからだ。その矢先にあの光景。
いけないと思ったのについ体が勝手に近づいてしまって、口がきつい事を言ってしまって、仮にも自分の彼女がそんな無様な事をしたのに目の前の幸村と来たら。
「・・・精市って趣味悪いわ。」
「何処から出て来た言葉なのかは大体分かるけど、そんな風に思うのは千百合だけだと思うよ。」
「絶対違う。」
「違わないけど・・・もしそうならそれでも良いよ。千百合を誰にも取られないで済むから。」
もうやだ、此奴、馬鹿、と内心で叫びまくる千百合。
恥ずかしい。
なんかもう色々と恥ずかし過ぎて此処から逃げ出したいけど、千百合の中にある、幸村と過ごせる喜びが千百合の足をこの場から動かさない。
「千百合?」
「・・・お腹空いた。」
強引な話題の逸らし方に、幸村はつい笑ってしまった。
「うん、食べようか。」
「ん。・・・精市。」
「うん?」
「・・・今度からはもう少し、目立たない所に居て。」
「ふふ。そうだね、そうしよう。」
そう言って幸村は、ちょっと温くなってしまったパックジュースを機嫌良く飲むのだった。