夜。
夕食も入浴も済ませ、パジャマ姿の紫希は階下で親にお休みを告げた。
兄は居ない。今は臨海学校で明後日まで帰って来ないのだ。
「あの・・・もう寝ますね、おやすみなさい。」
「えー?もう寝るのか?今日はどんな事が有ったのか教えて欲しかったのに!」
「え、」
父、真は口を尖らせるが、其処にタイミング良く母の雪乃が間に入った。
「もう、お父さん?我儘言っちゃ駄目だよ、紫希ちゃんだって沢山遊んで疲れてるんだから。ね?明日にしなさい。」
(う・・・)
「紫希ちゃん。お父さんは気にしないで良いから、今日はもう寝れば良いよ?ゆっくり休んでね、おやすみなさい。」
「は、はい、おやすみなさい!」
パタパタとスリッパの音を鳴らして、足早に紫希は2階の自室に入った。
パタン。と扉が閉まると、此処には自分しか居ない感が出てきてホッとする。
「ふう・・・・」
ふらふらふら、とベッドに横たわると、やっぱり疲れているから体が重い。
でも。
でも。
でも、今ちょっとそれどころじゃない。
「~~~~うううう・・・・!」
赤くなる顔を、紫希は両手で覆った。
今日。
帰りのバス。
紫希は完全に寝落ちていた。
寝るにしたって、寝ると決めて寝る姿勢になってから寝ればよかったのに、半ば気絶の状態になった。正に寝落ち。
その所為で、起こされるまで完全に丸井に寄りかかって居た事に全然気が付いていなかった。
目覚めたら凄く凄く丸井が近かった。
体温が伝わってきて、赤い髪が顔を擽って来て、でもそれが丸井の髪だと直ぐには分からなくて。
この綺麗な赤は何、と思ってちょっと顔を動かしたら、至近距離に寝顔があって心臓が止まるかと思った。
寝息が耳元で聞こえた時、叫ばなかった自分を全力で褒めたい。その位吃驚したし恥ずかしかった。
おまけに寄りかかり合いになっていたから、離れたかったけれど離れると丸井がバランスを崩すのでそれも出来ず。
桑原が色んな事を察してくれて、起きろ起きろと熱心に丸井を揺すってくれてなければ、どうなっていたか。
(あああああ・・・・・!どうしよう、どうしよう、やってはいけない失敗をしてしまいました、本当に恥ずかしい・・・!)
降りる直前、漸くちゃんと目覚めた丸井は、こう声をかけてきた。
良く眠れたか?と。
それってつまり、丸井は自分が寝落ちたのをちゃんと確認していたのだ。
其処で寝るな起きろと起こしてくれて良かったのに。
邪魔だ重い、凭れるなら窓にしろと言ってくれて構わなかったのに。
ああもう嫌だ、恥ずかしいしとんだ迷惑をかけてしまったし、どう謝ったら良いのか見当もつかない。どうしよう。
(・・・本当は明日、朝一番に謝りたいですけど、でも、でも・・・)
でも今の心理状態で顔を合わせたら、恥ずかしくて真面に謝れない気がする。
お前迷惑かけておいて恥ずかしいとか言ってる場合じゃないだろ、と思う自分も居るけれど、恥ずかしい物は恥ずかしいのだ。
今迄あんなに男子の近くに居た事なんてない。
皆で遊びに行く時だって、帰りに皆でうとうとする事はあっても、棗や幸村に寄りかかった事なんか無かった。
しかもぶつかったりとか、そういう事故的な一瞬の話じゃなくて、結構暫くあの状態でずーっと居た筈。
「ああああ・・・・・」
ああもう駄目だ。
もう駄目だ。
こんなにどうしたら良いのか分からないのも珍しい。
取り敢えず明日、何はさておいて謝ろう。
とっても努力が必要だけど、最低限それはやらないと。
ああ、お母さんお父さんごめんなさい。
帰りのバスでどんなだったかは、明日になっても話が出来ません、と紫希は懺悔しながら寝る努力を始めるのだった。