Solicitation:Epilogue 2 - 3/6


勿論例外はあるが、戸建の住宅と言うのは意外に階と階の間で音が筒抜けである。
特に住宅街なんかだと夜は静かで、環境音がぐっと減るから尚更。

だから、ベッドで横になる千百合の耳には、真下のリビングで兄と母の純子が話しているのが割とはっきり聞こえてくる。

『風呂上がったおwあれ?妹は?』
『千百合寝たよ。お前ももう寝たら、しんどいでしょ。』
『俺は兎も角、彼奴はしんどくねえよwバスであんなにぐっすりさんだったのにw』
『え、難しくない?千百合はバスでぐっすり寝られるタイプじゃないでしょ。』
『寝られるよw幸村が居るものw』
『ああ。』

(ああじゃねえし!)

くそ。
くそ。
くそが。
余計な事言うんじゃねえよ、あの要らん事言いのくそ兄貴。
母さんも母さんだよ、何がああだよ。其処納得ポイントなのかよ、何なんだよ。

腹立ち紛れに寝返りを打つと、ボフ、と布団の音がする。
扉に背を向けると、ちょっと恥ずかしさがマシになった気がした。

「・・・・・・・」

違うんだ。
あそこまでちゃんと眠るつもりじゃなかったんだ。

というか、今階下で母が言った通りだ。
基本、自分はああいう状況では熟睡出来ない。うとうとはするかもしれないけど、知らない人ならいざ知らず、周りに友達とあの兄が同時に居て、気を張るなと言っても無理。
そう、無理なのだ本来は。どんなに疲れていたって。

でも、幸村が。
大丈夫って言うから。
寝なさいって言うから。

俺が居るからって、言うから。

「~~~~~~~!」

ああもう恥ずかしい。
あんな事言われて本当に熟睡して、それはもう完全に甘えてる以外の何物でもない。

起こされた時、起き抜けは眠くて何が何やら分かっていなかったけど。
でも段々はっきり目が覚めて来た時、幸村の優しい微笑みと共に投げかけられた言葉。

『おはよう、ぐっすりだったね。』

ああそうだよ、ぐっすりだったよ。
はたと自分を見ると、思い切り幸村に寄りかかってて。肩に頭とか乗せてて。
せめて苦笑いでもして、重いからそろそろ退いてくれないかな的なオーラの一つでも出しててくれれば良いのに、幸村ときたらそういう事は絶対にしない。

ただ穏やかに笑って、もうすぐ着くよ、なんて耳に心地良い声で囁いて。
ああそう、とか有難う、とか、重かったでしょ、とか、今になってみればそういうコメントは出て来るけれど、あの時は無理だった。

何か言おうと思って、無理やり軽い会話を始めて誤魔化そうとしたのに、至近距離で見上げたあの幸村の表情。
自分を見る、あの甘い眼差しがそれを許してくれなかったから。

(・・・・あああああもう!馬鹿!馬鹿!馬鹿が!)

布団を皺になる程握りしめて、千百合は自分を落ち着かせる作業に入る。

忘れるんだ。若しくは、深く考えるのを止めよう。そうだ、そうすべき。
あんな恥ずかしい事、覚えていたって良い事なんて。

良い事なんて。

「~~~~~」

何度目か分からない寝返りを打ちながら、千百合は目をきつくきつく瞑るのだった。