キーン・・・
コーン・・・
「きゃー、鳴っちゃった♪」
「サボり決定やな。」
屋上に居ても、チャイムというのは聞こえてくる。
今のは昼休みお終いのチャイム。
此処は屋上。いや、今からは自分達の「家出先」。
「あーあ。とうとう私も不良少女になってしまったわ、なんてね♪」
「そういえば、サボるのは違反にならへんの?」
「?何の話?勿論校則違反よ?」
「校則やなくて。網代家の鉄の掟とやらに引っかかるんちゃうか、いう意味で。」
奢られるのはご法度だった筈。
あるのか無いのかもはっきりとは分からない掟だが、忍足がそう聞くと網代は一瞬目を丸くして・・・その後笑った。
「そうよ、御明察です!「彼氏とのデート以外で、授業をエスケープしてはいけない」っていうのもあるのよ、ちゃんと。」
「へえ。それやのに良かったん?」
「ね、侑士君?それは既に一度、掟を破らせてる人の台詞じゃないと思わない?私は思うなー。」
「・・・せやったな。」
そうだった。
前の時は、網代が守ろうとしたのを自分が破ったんだった。
確かに自分の台詞じゃない。
「勿論、今度も一緒に怒られてくれるんでしょう?」
「嫌やて言うたらどないするん?」
「え~、そんなのないわ!もう私、こうして破っちゃってるんだもの。男の子でしょ、責任は取ってよ、ね?」
「責任なあ。」
まあ取れると思うけど。
こういうので怒られた時、逃れるのは得意である。
元々頭が回る方なので、体の良い成り行きとか考えたりするのは、忍足にとっては然程難しい事じゃない。
入学式の時もそうだった。
可憐と一緒に電車を間違えて、ほんのちょっと間が悪かっただけだもん、俺達そんな怒られるような事してないもん、なんて言い包めて逃れたっけ。
「・・・フッ、」
「?何笑ってるの?」
「いや、思い出し笑いやで。」
「へえ~。何を思い出したの?」
此処で可憐の名前を出すほど、忍足は馬鹿じゃないしふざけても居ない。
可憐がどうとかじゃなくて、女の子とデートしてる時に他の女の子の名前出すのがアウト。
空気読めないどころの騒ぎじゃない。
「従姉妹の事。」
だから忍足は、しれーっとそう言ったのだが。
「ふうん?」
それについてくる聡さを持った女の子、それが網代茉奈花。
網代はすすす、と忍足の隣に来ると、腰を下ろして下から覗き込むように見上げる。
忍足は、最近ちょっと分かってきた。
この仕草は、網代がこちら側を推し量っている時の挙動。
「本当、かな?」
「嘘言うてるように見える?」
「うん、とっても♪」
忍足は苦笑しか返せない。
これはそんな事ないで、と否定しても信じてくれないやつだ。網代の中でもう結論が出ている。
「ま!でも、その嘘を吐こうとする姿勢は誠実だから、許してあげても良いわよ?」
「ものごっつい矛盾やな。字面として。」
「あら?もしかして中身も矛盾してるの?」
「いいえ?」
ちょっと気取った返事と同時に伸びてきた忍足の右手が、網代の髪を撫でた。
サラサラ、と自分の茶髪が掬われるのを見て、此処で頬を撫でない辺りが忍足らしいと。
内心でちょっと、そんな注文と愚痴が半々づつのような事を言ってみるが。
でも、実際そんな事をされても弱る程度には網代だって恥ずかしい。
忍足はこういう所がずるいと思う。
ああ、ああ、良いですねー、ちょっとした動作が絵になる男は。などと、自分の事は丸っと棚に上げ。
「・・・まあ、それはそれとして。従姉妹の話っていうのは興味があるから、それは聞きたい、かな。どんな人?男?女?年は?侑士君に似てる?」
「めっちゃ聞くな。」
「興味があるもの♪」
「せやなあ、先ず性別は男で、年は同い年で、似てるか言われたらまあ、全然似てへんわ。」
「ふふふっ!そう、似てないんだ?」
「せやな。似てる所言うたら、医者志望な所とテニス好きな所くらいやろか。」
「へえ!テニスするのね!同い年で男なら、ライバルか・・・中学はどこ?」
「四天宝寺中学。」
「む!浪速の名物校ね?」
「やっぱり有名なんやな。」
可憐も四天宝寺の名を出した時、あそこも強いとすぐ反応した。
自分は殊更相手校のデータに関して敏感では無いから「ふーん」という感じだけれど、やはりマネージャーだと、あそこか!とピンとくるものがあるのだろう。
「そうね、名は通ってるわよ。中学男子テニス強豪校の1つで、公立校で設備は私立より劣っているけれど、其処をカバーして渡り合ってくる。」
「へえ。大したもんやな。」
「そうね。『勝負は勝ったもん勝ちや!お笑いは笑かしたもん勝ちや!』を合言葉に、部員達は一致団結して「待って。」え?」
待ってくれないだろうか。
ちょっと待ってちょっと待って。
今何かおかしくなかったか?
「勝負は勝ったもん勝ち?」
「ええそうよ。まあ当たり前と言えば当たり前だけれど、こういうスローガンは勢いが大事よね!私は素敵だと思うわ。」
「ああ、おん。それは俺もええねん。その次やねん。」
「次?」
「お笑いは笑かしたもん勝ちや、て何?」
聞き返すと、網代はキョトンと目を丸くした。
「ええと・・・お笑いは、観客を笑わせたら演者の勝ち、っていう、」
「それは分かるねんて。それはテニスと関係あんのかいな、っていうとこが聞きたいねんて。」
「さあ?でも、合言葉にしてる以上、何らかの関係はあるんじゃないかしら?」
(彼奴、どんな学校通ってんねん・・・)
大阪の方は色々癖の強い学校が多いとは聞いていた。
でも、これって何というか、癖とかそういう話だろうか。なんか違う気がする。
中学上がってからお互い話は電話でちょくちょくするし、その時も学校生活めっちゃ楽しいで!テニスも楽しいで!としか言わないから、さよか、お互い順調で何よりやなあ、なんて思って居たのに。いや、順調なんだろうけど。
従姉妹自身は、毎日楽しいんだろうけど。
「お笑いとテニスの融合技・・・リサーチのしがいがあるわね。如何せん遠いから、どうも情報が手に入りにくくてやりにくいんだけれど。」
「その辺は正味、話半分に探っといたらええと思うで?」
「そうかしら?」
「そうやて。そんな深い意味ないで、絶対。お笑い好きの浪速人て、そういう人種やねん。」
これは偏見ではなくて、経験である。
実際そうなのだ。少なくとも謙也はそう。謙也の父もそう。
ぶっちゃけ、自分の父もその気はある。京都人である自分の母と滋賀人である謙也の母とはやっぱり何かが違う。
テンポと言うか、面白そうな事に対する良く分からない熱意と言うか。
「へええ!やだ、なんだかテニス云々抜きで興味が出てきちゃった。会ってみたいなあ、侑士君の従姉妹さん。とっても楽しいお話が出来そう♪」
「へえ?」
「?何?駄目?」
「いや。そういうわけやないけど。」
「?・・・あああ!ふふふっ。」
そうか。
そうね。
忘れてた。
貴方は嘘ついて、私に誠意を見せてくれたのだった。
「どないしたん?」
「いいえ、何でも!それから、さっきのは撤回するわ。」
「さっきのて。」
「従姉妹さんに会いたい、って言ったの。やっぱり、会わなくて良いかな。」
「何や急に。」
「良いの。侑士君が居るから、それで良いわ、私。」
口先で態度を翻す網代に、忍足は満足そうに微笑んだ。
「嘘吐きやなあ。」
「誠意、っていうのよ。」
チャイムがまだまだ鳴らない、屋上。
秘密の家出は、まだ続く。