今日は、ステージに訪れる事になると思っていなかったから楽器が無い。
手ぶら。
なーんにも持たないで紀伊梨は1人舞台に立った。
こうなると、出来る事はアカペラになる。
ダンスのスキルは紀伊梨にはまだない。
(何の曲が良いかなー!出来ればあずあずの知ってる曲が良いよねー。楽器が無くてもカッコいい歌はー、)
脳内検索を始める紀伊梨。
紀伊梨はこういう時、抜群のセンスと言うか、勘のような物を発揮する。
脳内の引き出しという引き出しを開けて、最適解を見つけ出す。
「・・・おし!決めた!」
「紀伊梨さんは、何かお芝居などしておいでなの?」
「いや。普段は私らロックバンドしてる。」
「今日は楽器無いんだけどねw」
「ごめんねっ!持って来てもらえば良かったかな、」
「いえ、どの道ドラムは簡単には運べませんから・・・」
「あっ!そっか、そうだった、」
「aーーーmazing graceーーーーー・・・♪How sweetーーー・・・the soundーーー・・・♪」
「あっ!この曲っ!」
(・・・amazing grace。)
「良いですね!アカペラが映える曲です。」
「彼奴こういう時は英語出来んのにね。」
「あれは英語が出来てるんじゃないでしょw音で覚えてるだけだよw」
「でも、発音は綺麗ですよ?」
「発音まで含めてトレースしてるんだってw」
「That savedーーー・・・a wretchーーー・・・ like meーーーーー♪」
『I once・・・was lost・・・』
『梓、良い子にしていなさい。』
『梓、おじいちゃんの言う事を聞くんだ、頼むから。』
『but now・・・I’m found・・・』
『・・・梓ちゃん?』
『amazing graceか。』
『良いのよ、梓。』
『貴方は何にも悪くないのよ。』
『悪いのは、おじいちゃんとおばあちゃん。』
『梓は良い子よ。世界一の良い子よ。』
『Was blind・・・but now・・・』
『ふざけんな!』
『なんで、梓がやらなあかんねや!』
『大丈夫やで、梓。』
『俺が助けたるからな。』
『それまで、大人しゅう待ってるんやで。』
『I seeーーー・・・・・』
「わあああ・・・・!すごい!凄いね梓ちゃ・・・梓ちゃんっ!?」
「え・・・?」
梓は、目からぼろぼろと大粒の涙を零していた。
「あら・・・?ご、ごめんなさい、私そんなつもりでは、」
「え、何々何?何が起きたの?」
「お、お具合悪いんですか?」
「ごめんあそばせ、違うの、違うのよ・・・」
「うおおお!?あずあずどーしたのー!?」
舞台から戻ってきた紀伊梨はそりゃもう驚いた。
誰か拍手の一つくらいくれても良くない・・・と思ったら、それどころじゃない事態。
「どしたのどしたの!?紀伊梨ちゃんそんな下手!?あ!嫌いな曲だった!?」
「違うの、そうじゃないのよ。誰も悪くないの、歌も綺麗だったの、ただ・・・」
ただ、泣きたいの。
泣きたくなったの。
「・・・良く分かんないけど!泣きたい時はわーっと泣くのが良いっすよ!」
「そうですね。無理に我慢しても良い事はないですから。」
「そういう時もあるよねっ!」
「よしよし、泣け泣けw酒はないけどw」
「誰も居ないし、泣くなら泣いて良いんじゃない。」
「・・・・う”ん”・・・!」
目の前の紀伊梨にしがみついて、わっと泣き出す梓。
晴れた日に公園で騒ぐ6人を、太陽だけが見ていた。
「皆様、本当に今日はごめんなさい・・・」
夕日に照らされて、駅に向かって歩く6人。
日傘を畳んだ梓はしゅんとしていた。
「折角紀伊梨さんに良い公演を見せて頂いたのに、一人で取り乱してしまって。」
「良いよ別に。」
「気になさらないで下さい。」
「そーそー!あずあずがすっきりしたんだったら、それで良いんですお!」
「です「お」?」
「此奴の日本語は摩訶不思議だからw気にしないでw」
「理由はないけどしんどい時ってあるよねっ!」
「・・・・有難う御座います。そう言って頂けると、ホッと致しますわ。」
漸く笑顔を見せた梓に、一同もホッとした。
何があったのかは知らないが、泣いて気が晴れるなら幾らでも泣けばいいと思う。
むやみやたらに泣くな、我慢しろなどと言う気はこの場の誰にもない。
「あれ?」
聞こえた声に振り返ると、ビードロズも可憐も知らない男の子が居た。
同い年だろうか、
「やっぱり、こーーー」
「あああああ!」
「え?」
「あ、梓ちゃんっ?」
梓はさっとその男子に駆け寄っていくと、何事か言い始めた。
距離があるので、具体的な言葉は聞き取れないが。
「ど、どうしたんでしょう・・・?」
「彼氏とかじゃないのw俺らにバレるの恥ずかしい的なw」
「ああ、あるかもっ。梓ちゃん、可愛いもんねっ!」
「??彼氏いるのが恥ずかしいの?なんで?」
「居るのが恥ずかしいんじゃなくて、鉢合わせるのが嫌なんでしょ。」
勿論確証はないが、他に可能性が高くて妥当そうな理由が見当たらない。
一同は、「彼氏かあ・・・」と思い思いの事を考えて、梓が会話を切り上げて戻ってくるのを待った。
やがて、2人は何事か話して頷きあい、手を振って別れた。
梓は駆けて戻ってきた。
「はあ、はあ、ごめん遊ばせ、」
「別に急がなくて良かったのに。」
「寧ろ俺達を放っておいて、デートに行ってくれても良かったのよw」
「いえ、そんなわけには・・・デート?」
「およよ?彼氏さんじゃにゃいの?」
「ああ、いえ違いますわ。彼は不二周助君と言いまして、隣のクラスの友人ですの。」
「でも、そうだとしてもお話する時間を取って良かったのでは・・・」
「いえ、良いんですのよ!ちょっと、そのう・・・紹介したいのは山々なんですけれど、今のこの場では少々障りがありまして。申し訳ありませんわ。」
障りって何だろう。
と、思いはすれど、そこはまあそれ。
人の事情は色々あるから。
「じゃあ、いつかきっと、大丈夫になったら紹介してねっ。」
「ええ!彼はとっても良い人ですし、いつか必ず。」
そのいつか、は来年の夏。
思いがけず、機会に巡り合う事となる。