さあああああ・・・・・
なんとも言えない音がする。
水の音と流れの音と、粒子の音が混ざった音。
そう、今日は雨。
しとしと降る、と言って差しつかえない梅雨の雨である。
音のカーテンに囲われた昼休みの音楽室で、紀伊梨は叫ぶ。
「と、いうわけで!紀伊梨ちゃんはアイドルになりやす!」
ふん!と鼻息荒く言う紀伊梨だが。
「というわけでも何もね。」
「俺達、お前はアイドルになるんだってずっと思って来たのにw何を今更w」
「そーだけどー!」
「決意を新たにした、という事ですよ。ね?」
「あ、そうそれ!そーなんだよ!」
紀伊梨は早速、皐月と話した事、その上での自分の事をビードロズに話した。
アイドルになる。
ずっと言い続けていた夢は、今や紀伊梨の芯にぴったり寄り添える形を伴うようになった。
「そいでねー。おかーさんに教えて貰ったんだけど、アイドル候補生?って言うのにまずなるんだって。其処でれんしゅーしてー、ちょっとづつお仕事増やすんだって言ってた。」
「ああ、いきなりお仕事というわけではないんですか。練習させて頂けるのは良いですね。」
慎重派の紫希は、他人事ながらついホッとしてしまう。
が、リアリストの千百合の意見は違う。
「それって、練習下手糞だったら何時まで経っても仕事貰えないって事じゃないの?」
「まあそうなるよねw」
「そ、そうなんですか・・・!?」
「頑張るもーん!」
そう、候補生と言うのは文字通り「候補の生徒」の事。
この時点ではまだ、アイドルではない。
仕事をして初めて、まだ駆け出しとしても「アイドル」の肩書を名乗れるのだ。
「えーとそいでねそいでね!アイドル候補生になるには、早い方が良いんだって言われてー。」
「どのくらいですか?」
「んー、早い子だと小学校から!だから紀伊梨ちゃんも、もう候補生になっても年的には大丈夫だよ!って言われた!」
「マジか。」
「まー、話聞いてたら成長を見守るってのがコンセプトみたいだからな。年齢層低いのは当然っちゃ当然だな。」
「うん!でもねー、やっぱり練習と学校とってなるとしんどいから、
だからもしやるんだったら、ビードロズはもう出来ないと思いなさいねって。」
ああ。
と、全員が胸中で呟いた。
幸いと言うかなんというか、紀伊梨以外の3人は比較的頭が回る。
だから、紀伊梨が「アイドルになりたい」と公言している時点で、いつかこうなるのを覚悟はしてた。
どんな事にも終わりはある。
ビードロズというバンドだって、例外じゃない。
もし紀伊梨以外のメンバーも芸能界を目指していたのだったら、話は別だ。
その時はこのメンバーで固まってチャレンジすれば良いだけの話だが、今回はそうじゃない。
紫希も千百合も、ビードロズは好きだ。
でも、メジャーデビューしたいなんて思っていない。2人の夢は其処には無い。
「だからね、おかーさんと相談したんだけど、中学校の間は候補生には!なりません!」
「・・・それは、中学の間は、ビードロズを続ける?って事ですか・・・?」
「うん!」
「良いの?」
「良いのって?」
「いや、社会だと大体何でもそうだけどさ。こういうのって早い方が有利だろ、って話。」
ある意味では、時間との戦いになるのだ。
スタートを切るなら早い方が、場に早く慣れられるしファンの数も多くなるだろうし、考えたくないが芸能界が駄目だった時、取戻し易い。
迷ってるとかなら兎も角、やると決めてるのにスタートダッシュを遅らせるのはどうかと思う。
「ん・・・?」
「あの、紀伊梨ちゃん。私達に気を使ってくれなくても大丈夫ですから、」
「やるんだったらさっさとやったら。」
「寂しいけどしょうがないからさwお前は早く候補生になって、ちょっとでも早く」
「ちょっとちょっとちょっとー!ちょい待ちちょい待ちーーー!!なんで!?なんでそんな話になんの!?」
今しがた、中学の間はやると言ったばかりなのに。
まるで皆、今すぐ始めろと言いたげではないか、と思う紀伊梨だが、言いたげではない。言ってる。
「ねえ皆、紀伊梨ちゃんの話聞いてた!?高校からだってば!中学の間はビードロズやるんだもん!!」
「いやでもね、」
「でもじゃなーい!」
「やっぱり、早い方が・・・」
「早い方が良いって事くらい分かってるyo!おかーさんも早い方がって言ってたもん!」
「なら、そうしたら。」
「しないよ!ビードロズでやりたい事、私まだまだいーーーっぱいあるんだから!皆で青春出来ない内に、アイドル活動だお仕事だなんてやってたって、ぜーったい途中で嫌になるに決まってるよ!」
まだレインボーフェスタにも出ていない。
夏休みも文化祭も修学旅行も、冬休みや体育祭だってまだだ。
一学生としてやりたい事をまだまだ全然消化出来ていないのに、バンドを解散して?学校を減らして?
冗談じゃない、そんな事しなくちゃアイドルになれないのなら、アイドルなんてならなくて良い。
「ハッ!?もしかして皆あれなの!?紀伊梨ちゃんの事嫌い!?一緒に学校行きたくないの!?!?」
「そんな事ありません!私達皆、紀伊梨ちゃんと中学生でいたいです、いたいですけど、」
「あんたの為にはそっちのが良いんじゃない、って言いたかったの。」
「まあでも、お前が本当にそれで良いんなら、俺達もそれで良いよw」
3人共寂しいのは同じだ。
頑張って平静を装っているけれど、紫希も千百合も棗も、内心では多かれ少なかれ動揺している。
いつかはね、いつかはね、と思っていたいつかが、俄かにくっきり決定してしまったのだ。
ぶっちゃけ紀伊梨の話を聞いている間に、3人はもう、紀伊梨との中学生活にさようならする気持ちを固めていた。
アイドルになるんだと紀伊梨はずーっと今迄言っていたし、ビードロズだって紀伊梨が音頭を取って始めた事。
今はもう皆の大切なものだけど、紀伊梨が抜けてしまったらビードロズはもうバンドとして成り立たない。ギターもボーカルもリーダーも居ないんだもの。
でも親友が夢を追うと言うのなら、笑って背を押すのが友達の務めだと思うから、3人共頑張って腹を括ってた。
「もー!最初からそー言ってるじゃーん!紀伊梨ちゃんは!中学生の間は!アイドルやりません!」
「はいはい、分かったわよ。」
「じゃあ、まだ一緒に活動出来るんですね。」
「良かった、練習が無駄にならなくてw」
普段の練習もそうだけど、今はサプライズも控えてる。
文化祭になったら、紫希はステージに立つのだ。
「てわけで!よてーにへんこーはありやせん!これからもしくよろ!」
「はい!」
「はいはい。」
「よろしくねw」