放課後になっても、尚雨は止まない。
流石梅雨だね、なんて思いながら生徒たちは思い思いの放課後を過ごす。
そんな中で、紀伊梨は教室の机で項垂れていた。
「あー・・・・」
今日は雨。
何時もは外で活動しているけど、今日は無理だからという事で、音楽室を吹奏楽部に明け渡している為、ギターが弾けない。
折角ギター持って来たのにと思いつつ、まあこういう事もある。
まあ、よしんばそれは良いよ。
吹奏楽部だって活動したいだろうし、元々ビードロズだって、「練習!練習!練習!」なストイックなバンドじゃないし。
雨なら雨で、皆でカラオケでも行こうよ!と遊びに洒落込めば良いんだから。
でもさ、でもさ。
「もーーーーー!やだよー、終わんないよー!」
紀伊梨は英語の書き取りの宿題が終わらないので、何処にも行けないのだった。サボっていたツケだ。
普通の勉強なら兎も角、書き取りばかりは人に手伝って貰えない。
もうやだ。
飽きた。
気分転換したい。
「雨、まだ止まにゃいかな?」
そう呟いて、スッと席を立つ紀伊梨は、流石の勉強に対するやる気の無さ。
窓に近づくと、相変わらず雨はざあざあ降っている。
イメージから良く誤解されるが、紀伊梨は雨が嫌いではない。
雨は雨で面白いと思う。
何時も見ている物がなんだか違う風に見えるし、雨音も好き。
というか、紀伊梨は電気さえ点いていれば、どちらかというと台風でテンション上がるタイプの性格である。
非日常って楽しいじゃん?
「あーめあーめふーれふーれかーさんがー♪じゃーのめーでおーむかーえうーれしーいなー♪・・・じゃのめってそういえばなんだろー?」
「傘の事です。」
振り向くと、其処には紳士が。
「やーぎゅ!」
「お疲れ様です、五十嵐さん。」
「うん!どったのやーぎゅ?部活は?」
「本日は中止です。こう降っていると、流石に屋外コートは使えませんので。」
かといって、室内のトレーニングルームも塞がっている。
元々今日使う予定では無かったから、もう他部に抑えられているのだ。
「へー!じゃーやーぎゅ、今は暇なのー?」
「ええ。日直の仕事だけ終えたら、帰宅しようと思っていたのですが。」
「ですが?」
「職員室に立ち寄った際、五十嵐さんの様子を見てくれと上里先生に頼まれまして。」
「おおう、のおう・・・」
そして来てみたら、本人は進捗半ばの所で宿題を放りだし雨降りの歌なんて歌っていたわけだ。
担任もそんな用事で柳生を寄越さなくても良いのに。
どうせだったら、そろそろ五十嵐が飽きてるだろうから遊んでやってくれないか?とかの理由が良かった。
「進んでいますか?分からないのなら、人に聞けば良いんですよ?」
「分かるとかじゃないよー!写すやつだから!」
「悩んでいるわけでないのなら、尚の事です。さあ、席に戻って下さい。」
「うー・・・・」
「無いと思いますが、一応サボらないよう、終わるまで隣に居ますからね。」
「あ!じゃあお喋りしよーよ!」
「何のために私が居るのか、今話したでしょう・・・」
サボらないようにと言ってるのに、あろう事か返事は「一緒にサボろう」である。
柳生は、紀伊梨が何を考えているのか、これから先友達付き合いを重ねたとしても永遠に分からないだろうと思う。
でも、紀伊梨としてはお喋りの方が楽しいからそっちを優先したい。
優先順位?何それ美味しいの?
「むー・・・なんかやーぎゅ、厳しいとことかゆっきー達に似てきてない?ハッ!テニス部のえーきょー!?って、あ!そーだやーぎゅ!テニス部に入ったんだよね!どお?楽しいー?」
「ええ。非常にやりがいを感じます。」
先日の作戦の翌日、柳生はサッサッと転部届を出してあっさりテニス部の一員になった。
やると決まれば行動が早い紳士。
幸村から転部届を受理したとの連絡を受け、作戦成功だー!とビードロズ全員でハイタッチしたのは、ついこの間の事だ。
尚、仁王からお礼と称して紀伊梨が貰ったのはホラー漫画であった。
漫画は好きじゃろう、と言ってにやにやしていた仁王は、絶対自分がホラー嫌いなのを知っている。
鞄に入れるのも嫌だったから、棗に頼み込んで棗伝いに蓮にあげた。お礼を貰った気が全くしなかったっけ。
「ニオニオも、もーちょっと良い物くれても良かったのにー!」
「どうしました、唐突に。」
「聞いてよー!この間さー、作戦のおれーとか言って、ニオニオってばホラー漫画くれたんだよ!?酷くない?」
「ああ、仁王君らしいですねえ。」
しょうがないな彼奴、と柳生は思う。
人に感謝する時くらい、ちゃんとしろよと思わないでもないが。
「ただ、その件は逆に考えても良いかと。」
「んお?」
「もしも仁王君が、有難うと言って五十嵐さんの好きな物を・・・そうですね、例えば角の洋菓子屋さんでスフレなど買って来たら、どう思われます?」
仁王が。
あの仁王が、有難うと言いながら、自分に洋菓子をお礼と称して渡してくれるの図。
ある意味では仁王は気遣っているのかもしれないと柳生は思った。
本当にただのお礼かも・・・いや、仁王の事だから、何か裏があるに違いない、でも、いや、でも、という不自由な二択を迫るよりは、まともにお礼なんてする気はありませんが何か?な態度全開で居た方が一周回って安心だろうという。
ただ。
「紀伊梨ちゃんはあんまり気にしないかなー!スフレ食べたいし!」
「ですか。」
そんな気遣いは紀伊梨には無用。
不自由な2択作戦と言うのは、基本紀伊梨のような人間には効かない。土台、よっぽどの事でない限り悩むようなタイプじゃないからだ。
悩んでもどうしようもない事は、悩まないでなるようになれである。
「そーだ!思い出した!ねえやーぎゅ?」
「はい?」
「やーぎゅって、もう何かなっちんに頼んだの?」
「?」
「けーひんだよー!ほら、ゆっきーと交換こしてたでしょ?」
「ああ!この券の事ですか。」
柳生は、スマホのカバーのポケットに何時も入れて持ち歩いている。
こういう物は、今です!となった時にサッと出せないようでは使えない。
「あれー?まだ使ってないのー?」
「こういう物は、私は簡単には使わないタイプですね。本当に必要になった時、もう使ってしまっていました、では話になりませんから。」
「へー。」
「五十嵐さんは使われるタイプですか?」
「うん!だってあの時使ってれば良かったー!ってなるのやだもん!紀伊梨ちゃんは!ラストエリクサーをあるだけ使っちゃう派です!」
そうして、ラスボスの時に足りなくなってひいひい言う事になる。
ある意味では紀伊梨の生き方そのものだが、紀伊梨はリアルラックがとても強いので、現実でのラスボス的な物にそんなに苦労した事は無い。
今はまだ。
「E缶も最後まで取っておかないしねー!いつもステージで使っちゃうよー。」
「E缶?とはなんですか?」
「およ!やーぎゅはロ/ック/マ/ンを御存じない!」
「ああ、その単語は聞いた事が有りますよ。TVゲームでしたね、確か。」
「うん!あー、何かやりたくなってきたー!もー直ぐデ/ジモ/ンワ/ールドの新作出るんだよねー!」
「直ぐとは何時ですか?」
「え?えーとね、7月の真ん中!位!ちょージャストタイミングだよねー!夏休み中めーいっぱい遊べちゃうよー!」
今もう6月の下旬に差し掛かっているので、7月の中旬なんてもうあっという間である。
早く来ないかな夏休み!なんて呑気な紀伊梨だったが。
「寧ろ、タイミングとしてはバッドかと思いますが。」
「え?」
「お忘れですか?長期休暇の前に、期末テストがありますよ。」
「ハッ・・・!?!?!?」
そうだった。忘れてた。
結構素で、意識の中からスポーンと抜けてた。
「結果によっては、ゲームどころではなくなりますね。」
「い・・・いや!前もなんだかんだ教えて貰って、赤点は回避したかんねっ!そーなんですよ、前も赤点は・・・赤点・・・は・・・」
確かに、回避はした。
回避はしたけど、其処に至るまでのスパルタ詰め込み教育を思い出すと、あれを又やるのか感に襲われて今から怖い。
「さあ、少しでも楽になるように書き取りを再開しましょう。」
「それも嫌ー!」