“暇ならちょっと来て!”
と、丸井からLINEが入ったのは、放課後少ししてから、図書室での事だった。
何か手伝いだろうかと思い、持参する物はありますかと聞いた時の返事。
“じゃあ、期待?”
(何を期待したら良いんでしょう・・・?)
なんて考えながら家庭科室に行くと。
「あ・・・」
扉を開けてないけど、分かる。
とてもとても慣れ親しんだ香り。
チョコレートとバタークリームの香りだ。
「こんにちは。」
「お!来た来た♪」
(わ・・・・!)
家庭科室の机の上には大皿。
其処にチョコレート掛けクッキーが、山の様にこんもり乗っていた。
丸井はコンロの前に居て、傍らのビニールを何やらごそごそしていた。
「これは・・・?」
「食おうぜ!ちょっと待ってろい、今紅茶淹れるから。」
「・・・私、お手伝いじゃなかったんですか?」
てっきり、何がしかの手伝いだと思っていたのに。
すっかり焼きあがっていて、何をこれ以上するべくもないクッキー達を見て、紫希が呟くと丸井は吹き出した。
「手伝いに呼ばれたと思ってたのかよ?」
「はい。」
「ははは!期待持って来いって言ったのに、持って来れてねえじゃん?」
「だって、何に期待して良いのか分からなくって・・・」
期待って、此れの事だったのか。
しかし、期待持参の事、と言われると。
(凄い・・・とっても綺麗です。流石・・・)
クッキーは簡単だ簡単だと言われているが、それは成功とみなされるゾーンが広いだけの話である。
実際、美味しいクッキーとより美味しいクッキーというのはちゃんと2種類存在しているし、これは間違いなく後者の方であろう。
「どれが良い?」
「え?」
「紅茶。アールグレイとダージリンとアッサムがあるけど。」
「あ、それなら、あ・・・・や、やっぱり良いです、お任せします・・・」
「?どした?」
「な、なんでも、」
「言えって。」
「うう・・・」
言い難い。結構言い難いぞ。
ああでも、我慢しないとと思えば思う程。
「・・・アッサム、で。」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・牛乳から?」
何故分かった。
ピタリで当てられた動揺が顔に出る紫希に、丸井は又笑い出した。
「言えば良いだろい、別に悪い事でもねえのに。」
「あの!良いです、普通のアッサムで!」
「大丈夫だって、牛乳あるから、」
「じゃなくて!ふ・・・」
「ふ?」
「・・・ふ、とるので・・・」
「・・・プッ、ははははは!あっはっはっはっは!」
アッサムの茶葉を牛乳から煮出した紅茶。
人はそれをロイヤルミルクティーと言う。
凄く濃くて凄く贅沢な味がするが、カロリーは普通の紅茶より牛乳の分だけ高い。
「諦めろい、これからチョコレートクッキーを山ほど食うんだぜ?」
「それはそうですけど、でもせめて抵抗をというか、」
「そーいうのを無駄な抵抗って言うんだよ。」
「そんな・・・!」
「大体、言う程太ってねえだろい?」
「知らないだけですよ・・・」
どんなに周りから見たら微々たる差でも、本人にとっては大きな差。
思春期の女子のウェイトにかける情熱とはそういう物である。
まあでも、諦めて貰おう。そっちのが楽だ。
自分も同じのを飲むつもりでいたから。
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湯気を立てる温かそうなロイヤルミルクティー。
山盛りのクッキー。
そして雨の音。
ああ贅沢。と思いながら、紫希は手を合わせた。
「頂きます・・・」
「どうぞ?」
そろりと一枚。
そういえば、人にお菓子を作って貰ったのって、母親以外だと何時ぶりだろう。なんて考えながら、凄く良いバターの香りのするそれをサクッと一口。
「・・・!」
「どう?」
「美味しい!美味しいです!」
「だろい?」
食感が軽いのに、味は濃厚。甘さが丁度良い。チョコレートがちょっとビターなのが又憎い所。
自分で食べてても美味いと丸井も思うけれど、こうして他人から美味しいですの太鼓判を貰うのはやっぱり嬉しい物だ。
「テニスボール柄、可愛いですね。」
「今日は時間あったしな。見た目も手かけられて助かったぜ。」
「時間と言えば、急にどうなさったんですか?部活は・・・」
「それが、雨で中止になっちまったんだよな。朝練は一応出来たけど、放課後は他の部活が屋内使ってて埋まってたし。急に暇になったら、何か久しぶりに作りたくなったんだよ。」
「分かります。私も偶に、理由は無くても作り始めちゃったりしますから。」
「何か、定期的にやりたくなるよな?」
「はい。」
人は、それを趣味と言う。
作るのが趣味だから、作り終えてから「さあて誰に食べて貰うかな・・・」なんて考え出す事なんてザラ。
「他には、誰がいらっしゃるんですか?」
「ん?」
「え?」
「誰って?何の話?」
あれ。あれあれあれ。
「私の他に、こうして御呼ばれされてる人は・・・」
「居ない。」
「え、」
「ジャッカルも呼ぶかと思ったんだけど、彼奴家の手伝いあるからな。持たせることは持たせたけど。」
「・・・じゃあ、」
「ん。2人だけ。」
こんな贅沢な時間を2人占めだと。
いや、丸井は作った人だから実質独り占め。
何か申し訳ない様な・・・いや、それより。
「・・・どうして私だけ?」
「さあ?」
「さあ・・・!?」
「おう。なんとなくって奴?」
「そ、そうなんですか・・・」
作りたくなったから作り始めて、オーブンに突っ込んだ段階になって、さてどうやって誰と食べようかなと考え出して。
ふい、と。
紫希の事が思い浮かんだから。
(丸井君って、良く「なんとなく」って仰いますよね・・・)
いや、紫希だって気分で物事を決める事はあるから、それは良いんだけれど。
でも、丸井は何か聞くと「なんとなく」と返事してくる率が異様に高い気がする。
ライブの時に助けてくれた時も「なんとなく」助けたかったから。
先日のゲームで、名前を呼ぶのに自分を選んだ時も「なんとなく」呼びたかったから。
紫希はどちらかというと、なんとなくというのは言葉にし辛いだけで、何処かに何かしら理由があると思っている派なので、「なんとなく」のご指名に預かる身としては気になってしょうがないのだが。
(なんなんだろう・・・別に、意地悪されてるわけじゃないので構わないんですけれど・・・やっぱり、しっかりしてない癖に言い出さないから面倒見ないと、とか思われてたりするんでしょうか・・・)
「・・って、」
「?」
紫希は手を止めた。
まずい。
待って。
今何枚目だ。
あんなにあったクッキーは、まだまだあるとはいえかなり順調なペースで減ってる。
丸井も食べているとはいえ、決して自分が食べてないとは言えない。
駄目だ。
美味しい上に軽いもんだから、ぼーっとしていると幾らでもいけてしまいそう。
「どうした?」
「あ、あの。私、お皿を取ってきますね!」
「へ?なんで?つうか、何に要るんだよ?」
「と・・・取り分け用に・・・」
「・・・取り分け?」
「お皿に幾つか分けて、私はその分だけ食べる、という事で・・・」
「だからなんでだよ。直接取れば良いじゃん?」
「それじゃ駄目なんですよ!私放っておくと、いつまでも食べてしまいますから・・・!」
大皿から取っていると、どうしても今どれだけで残りどれだけというのが考えづらい。特にお菓子は。
真っ赤な顔で立ち上がりかけている紫希の目は、丸井に「もう行って良い?」と頻りに訴えて来る。
その必死さがおかしくて、丸井は又吹き出してしまう。
「あははははは!」
「・・・取ってきますね、」
「良いじゃん、別に!ほら、座って好きなだけ食えって♪」
「止めて下さい!離して下さい!私には節制が必要なんです!」
「はいはい、そういうのはお菓子の前では要らねえもんなの。」
「離して下さい、行かせて・・・!」
「ダーメ。」
皿を取って来るとか宣言しないで、さっさと行けば良かった。
紫希の左手は机越しに丸井にがっちり捕まえられて、こうなるともう離しては貰えない。力で敵う筈がない。
「そんなに気になるんだったら、後でその分動いたら良いって。」
「動けないんですよ!私体力も無いのに・・・」
「別に走ったりとかしなくてもさ。あ、カラオケとか良いじゃん!一曲で大体30kcal位?」
「私そんな大声は出せません・・・精々15kcal位で。」
「ボウリングは?あれも走らねえし。」
「ボウリングって、そんなに運動になりますか・・・?いえ、プロの方というか、真剣に日々練習してらっしゃる方は、体力が次第についてくるんでしょうけど、」
「確かに遊びでボウリングだと、動いた気がするかって言われると割と微妙な所あるな・・・」
「ですよね?」
「じゃあテニスする?」
「・・・丸井君。」
「ん?」
「丸井君がやりたいんですよね?」
「ははは!バレた?でもこう雨だと、何かスカッとした事してえんだよ。」
「雨はお嫌いですか?」
「特に好きじゃねえなー。好きなの?」
「嫌いじゃないです。雨の日は、なんだか静かで。」
「え?すげえ雨音してねえ?」
「ふふっ。ようく聞いてみて下さい、雨音は聞こえますけど、雨音以外はあまり聞こえなくなりますから。」
「へえ・・・どれどれ。」
なんて、お喋りしてる間に紫希はいつの間にか又椅子に戻ってしまっている。
そしてその事に気が付かないまま、会話に気を取られながらお茶を飲んで一息吐いてしまうのだった。