千百合は、ロッカーから雨合羽を出して着ていた。
傘じゃない。雨合羽。
周りから、「合羽・・・?」「傘忘れたのかな。」なんて囁かれてるのがぼんやり聞こえる。
中には聞こえよがしに「うわ、あの子合羽着てるwださw」とかいう奴も居る。まあ良いけど。どうでも。
スマホを見ても、新規の通知は無し。
さっき真田から、今日の部活は中止になったと連絡は貰った。
だから何だよ、それを私に言ってどうするんだよ、お前は何が言いたいんだどうしてほしいんだよ、と言うのはまあ今日は止めにして。
「・・・行くか。」
長靴履いて、出発。
雨降ってて良かったと思う事。
それは人の声が雨音でマスキングされる事。
傘無し、合羽に長靴スタイルで、ざぶざぶ水溜りを踏み抜いて外を歩く千百合。
その姿に、他の傘を差してスニーカーやローファーで水溜りを避けて歩いてる生徒達は、何あの子・・・な顔で千百合を見る。
しかし千百合は今そんな事気にしてる場合じゃない。
それよりも、思っていたより降ってる事のが問題だ。
所によっては長靴履いた足が足首まで浸ってしまう雨量。
(一番やばいのどこだろ。屋上庭園はまあまだマシかな。中庭か裏庭か。どっちかっていうと裏庭の方か。)
なんて考えながら裏庭まで歩いていく。
千百合は今、手ぶらである。
鞄一つ持っていない。ロッカーの鍵だけ。
なあに、大丈夫。
必要な物は多分もう其処にある。
確信を持って裏庭に行くと。
ほーら。
「・・・・千百合?」
合羽。
長靴。
それからスコップという出で立ちで、幸村はしゃがみ込んでいた。
足元にはバーミキュライト。
そんな事だろうと思った。
「どこまでやった?」
「いや、それよりもどうして、」
「部活無くなったって真田が言ってたから。」
「それだけでその格好をして、此処まで来れるのかい?」
「倉庫行ったらバーミキュライト無かったから。」
バーミキュライト。
これは小さい小さい石で、園芸に使われる。
大雨が降ると、土に植わっている花達は枯れてしまう事が有る。
原因は、雨粒で跳ね返った少量の土。土の雑菌で病気にかかるのだ。
屋根の下に移動出来れば良いが、そうも言ってられない時頼りになるのがこれである。
石を上に敷く事で、土の跳ね返りがなくなる。
千百合は、今日本降りになり出した時からずっと、やばいなやばいなと思っていた。
そしてバーミキュライトくれよと用務員さんに言うと、あれ?おかしいな無くなってると言われた。
もうその時点で、幸村がやってるんだというのはお察し。
「スコップ貸してよ。やっとくから、あっちの鉢移動させて。」
「・・・甘えて良いのかい?」
「さっさとしろ。長引くの嫌い。」
「・・・有難う。」
幸村は、自分の恋人を世界一愛しいと思う。
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雨に降られながら、合羽を着て庭の世話する生徒が2人。
結構珍妙な光景かも、とか思いながら千百合はざかざかバーミキュライトを敷き詰めて行く。
本当は最初から敷いておいた方が良いのだが、まあできなかった物は仕方がない。
「千百合、休憩して良いよ。」
「それさっき聞いた。」
自分は休憩しないくせに、何を言ってるのかあの男。
過保護も大概にしろよ。
「ていうかさ。」
「?」
「言えよ、手伝ってって。別に私ら、今〆切に追われてるわけじゃないし。毎日の事でも無いでしょこんなの。」
幸村は微笑んだ。
そう言ってくれるのは有難い。
「皆も予定があるしね。それに、雨の中のガーデニングは結構体力を使うから。」
「そうでもなくね。」
「千百合は慣れてるからだよ。俺が慣らしてしまったのかもしれないけど。」
「別に慣れてるって程でも・・・」
と、言いかけたけれど。
この、合羽越しに雨粒を受けてる感覚。
長靴越しに伝わる、雨の冷たい感じ。
雨の匂い。雨に濡れてる土と植物の匂い。
濡れてる軍手で掴むスコップ。
ああ。
そう言えば昔は、自分もこういう事の全てを鬱陶しいと思って居たっけ。
「・・・慣れたわ。」
「あはは。そうだろう?濡れるっていうだけで、人は結構疲れる物だよ。合羽を着ていてもね。それに、女の子はこういうのが苦手だし。」
「?ガーデニングが得意な女子って多くない?」
「泥とか、水溜りとか、雨に降られながらの花壇のお世話を厭わない女の子は少ないよ。男でも多くは無いけれど。」
「ああ。それはそうかもね。」
大体、この合羽に長靴と言うファッションからして女子はダサいと思いがちである。思春期の女子は特に。
でも両手を空けなきゃいけないから傘なんて差していられないし、濡れるの嫌だとか泥が嫌だとか、そんな事でガーデニングは出来ない。
ちょっとした鉢植えとかなら兎も角、学校の花壇が相手ではもう絶対無理。
「まあ面倒くさくない事とは言えないわね確かに。」
「ふふっ。いつも有難う。」
「何時もっていう程何時もしてないけど。」
「そんな事はないよ。」
懐かしい。
千百合は小学校の頃からこうやって手伝ってくれていた。
面倒面倒と言いながら怠ける事は無かった。
「小学校の頃。」
「は?」
「花係があったよね。花壇に如雨露で水を撒いたり、逆に雨の日皆の鉢植えを移動させたりする係が。」
「ああ。あったわね、そんなの。」
「あの頃から、千百合は良く手伝ってくれて居ただろう?俺はその事が凄く嬉しくて有難かったんだよ。」
面倒だからとか、単に忘れててとか、理由は様々だが係の活動をすっぽかす人間は一定数居る。
千百合はそういう生徒を見ると、何も言わないでスッと代わりをやっていた。
幸村も同じ事をしていたので、良く花壇で鉢合わせになった。
自分が先に来ていたり、千百合が先に来ていたり、それは色々だったけど。
一度、花が好きなのか聞いた事が有った。
特段千百合にそういう印象を抱いた事は無いけれど、花が好きなの?だからこうやって係でもないのに水やりしたりしてるの?と。
『別に。好きだって程じゃない。嫌いでもないけれど。』
『じゃあどうして?』
『だって、あんたは枯れるの嫌なんでしょ。』
自分は花なんてそんなに興味が無い。枯れたら「あーあ。」って思って、それで終い。
でも、幸村がそれは嫌だと言うんなら自分もちょっとは気をつけよう。友達が嫌な目に遭うのは嫌だから。
その外弁慶具合にクスッと笑ったら、何笑ってんだと睨まれたのも今は昔。
「千百合はあの頃から愛らしかったよね。」
「あんた花が好きなんじゃなかったの。」
スコップ持ってる時に手元が狂うような事を言うのは止めて頂きたい。
お前の大事な花々に傷がついても知らないぞ。
大体愛らしいってなんだ愛らしいって。
こんなに愛らしさから程遠い自分を捕まえて良く言う。
自分の事そんな風に言う男なんて、世界中探しても多分幸村位の物だろう。
「千百合。」
煩い、話しかけるな。
「千百合、もうその辺りで良いから、裏庭は切り上げよう。」
「・・・・・ん。」
ちょっと入れ過ぎたバーミキュライトを見つつ、千百合は合羽のフードを被り直す。
「良いかい?じゃあ行こうか。」
「ねえ。」
「滑らないようにだよ。」
当たり前みたいに手を指し出して来る幸村。
良いからさそういうの、マジで。
と思ってはいるけれど、こういう時本意でもないのに恥ずかしがって断ると、余計恥かしい目に遭う事もあるので。
「・・・・・」
「うん。そうしたら次は、中庭へ行こうか。」
皆見てないよね。
この雨の中、外うろうろしてる人がそもそも殆ど居ないでしょ。
頼むから見られませんようにと願いながら、千百合はとっても目立つ合羽姿で中庭へと向かうのだった。