Gentle rain - 6/7


クッキーと紅茶を頂いて、これは余談だが、紀伊梨は今宿題を頑張っているからと持って行ったら、丁度出た所で教室は無人で。
片づけもしたし、雨も降ってるし、今日はもう帰ろうかと、紫希と丸井は下足に向かった。

が。

「あ。」
「?どうかしましたか?」
「あー・・・いや、忘れてて。これ。」

丸井は、綺麗に骨の折れてるビニール傘を差して言った。

「材料の買い出しの時折れちまったんだよな。」
「それなら、職員室・・・も、もう駄目でしょうか・・・?」
「多分な。こんな時間だし、売り切れてるだろい。」

職員室に行けば、傘貸して貰える。
貰えるけど、傘の数だって無限じゃない。早めに行かないと、もう無いと言われてしまうのは当たり前。
まして、今は放課後になってから随分経ってる。もう無理。

「・・・なら、私のを使って下さい。」
「お前のは?」
「確か、折り畳みがあった筈で・・・?」

と、ロッカーを覗くが。

(・・・無い!そうでした、この間図書館に忘れてきて、まだ取りに行けてなかったんでした・・・!)

「・・・あの。」
「?」
「私、探してから行くので、どうぞお先に帰って「ああ、はいはい。」

分かった。もう分かった。
全てを察した丸井は、紫希があれこれ言い募り出す前にもう、サッと右手を捕まえてしまう。

「いえ!あの、」
「ねえんだろい、傘?」
「・・・・・あ、ありま、す、」
「もう一回、俺の目見て言えたら、先に帰ってやるけど?」

本当か。
これはラッキー。
相手から条件を出してくれた。

後は目を見て「あります。」と一言言えば良い。

「わ、分かりました!」
「そお?じゃ、どうぞ。」

振り向く丸井は、実に遠慮の無い眼差しで真っ直ぐ紫希を見つめ返す。

(・・・なんだか、緊張します・・・)

いや。負けるな。此処で負けたらいけない。
一言で良いんだ。その時、目を見てればいいだけ。

「あ・・・」

あります。
言いかけた時。

丸井の左手が、紫希の右手をぎゅっと握り直した。

「・・・!」

心臓がドキ、と跳ねて。

あっと思った時にはもう遅い。
一瞬、紫希が手に目を走らせたのを見逃す丸井じゃない。

慌てて顔を上げると、丸井はニッと愉快そうに笑った。

「俺の勝ち♪」

あああ。
またやってしまったこのパターン。

「ま、待って下さい!もう一回、」
「ダーメ。負けは負けだろい?潔く諦めろって。」
「う・・・・」

そうなんだけど。

でもさ。
この場合、潔く諦めるってつまり。

「じゃ、帰るか。ほら。」
「・・・・」
「入れよ?」

ですよね。




ーーーーーーーーーーーー




紫希は自分が砂糖か何かで出来ていれば良いのにと強く思った。
そしたらこの雨が自分を溶かしてくれて、そのまま水溜りの一部になれただろうに、なんで自分は人間なんだろう。

(恥ずかしいです・・・・)

さあさあと降りしきる雨の中、丸井が持つ雨傘の中で、紫希は縮こまりながら家路を歩く。

これ、相合傘だろ。お互いに他意は無くても、他所から見たら間違いなくそうだろ。

「どうした?さっきから黙って。あ、濡れてんの?」
「ち、違います!大丈夫です・・・」

丸井は逆にさっきから平気そうである。
分からん。紫希にはこの神経が。

「あの・・・丸井君って。」
「うん?」
「緊張しないんですか・・・?その、女の子と1つの傘に入ったりとか・・・」

千百合は良く幸村をして、恥の概念が無いとか外人だとか言うが、丸井だって大概じゃないかと紫希は思う。
それとも自分が意識し過ぎか?皆、こういう事異性の友達相手でも普通なのか?

「んー、言いたい事は分かるけどまあ別に良いじゃん?友達なんだし。」
「友達ですけど・・・」

そりゃあな。
友達だからって言われればそうかもなんだけどさ。

「恥ずかしいの?」
「正直・・・あ、あの!丸井君が嫌だとかそういうわけじゃないです!そうじゃないですけど、私、男子に対しては結構パーソナルスペースが広い方で・・・」
「待て、パーソナルスペース?って、何?」
「ええと・・・人にどの位なら近づかれて平気か、という個人個人の距離みたいなものです。小さい人ほど、他の人が近いのが気にならない方で、」
「へー。逆に大きいと、近いのが気になる人か。ま、確かに俺も大概近いのは気にならねえ方かも?男子でも女子でも。」
「じゃあ、きっとその境目が今みたいな距離なんでしょうか・・・」

つまり、だから、今の距離と言うのは、紫希にとっては恥ずかしい距離。且つ、丸井にとってはまだ許容出来る距離。
許容出来る距離近いな。うん、やっぱり近いと思う。

「つうか、近いって言うんならこの前のバスの時のが近かったじゃん?」
「あ!れ、は、事故ですすいません、本当に・・・!」

今思い出しても恥ずかしい。
あれはもうなんか、近いとかそういうレベル余裕で越えてた気がする。

「良いって、お互い様だろい。」
「だ、駄目です!誤解の元ですよ!」

(ん、)

誤解の元。

いや、言ってる意味は分かる。
友達同士だけど、誰かが付き合ってるんだとかそういう類の誤解をしかねないでしょ、そうすると困るから控えますね、と言ってるわけだ。
うん、それは分かる。理解できる。

でも。

「ですから本当に、もう二度とあんな事が無いよう気を付けますので、」
「嫌なの?」
「え?」
「誤解されんの。」

いや。
何言ってるんだ自分。

丸井は今、自分で自分の声を聞いて思った。

嫌なのって、嫌に決まってるだろ。
どんな事であれ、人の誤解を招いて愉快になる人間なんか普通は居ないぞ。

でも、今何か。
何かは分からないけど、何か自分の中に引っかかったと思った時には、もう口が勝手に喋っていた。

「悪い!」
「え?」
「今何か、すげえ変な事言ったな俺。言っといてあれだけど、そんな気にすんなよ?」
「え、ああ、ええ・・・?」

返事する前に質問を切り上げられてしまって、紫希は戸惑う。

「い、良いんですか?今のお話は・・・」
「おう。行こうぜ。」
「はい・・・あ。」
「?」
「丸井君、外・・・あの、傘の外が。」
「ん?・・・おお!」